第17話『想像力豊かなJKメイド』
お茶会が終わった後、美来がお世話になっている先輩ということで、和服姿の玲奈ちゃん、赤城さん、日高さんの写真をスマートフォンやデジカメで撮った。これでまた一つ文化祭の思い出ができたかな。
ただ、美来にとっては僕のそんな行動があまりいいことはなかったようで、
「智也さんは和服派ですか? それとも、メイド服派ですか?」
美来は不機嫌そうな様子でそんなことを訊いてきたのだ。
和服か、メイド服か。メイド服は美来のおかげで見慣れているけれど、和服もなかなかそそられるものがある。
「和服もメイド服もどっちもいいなって思うよ。美来はメイド服を着ることがとても多いけど、和服姿も見てみたいな。6月に2人で温泉旅行に行ったとき、美来の浴衣姿がとても似合っていたからね」
「……もう、智也さんったら」
美来は今日の中で一番デレデレした様子で、僕のことを抱きしめてきた。まったく、周りに多くの人がいるのに。知り合いだからいいけれどさ。
「でも、智也さんが一番好きな服装は何も着ていないっていう服装ですよね。またの名を裸……いたたっ」
僕は美来の両頬を軽くつねる。
「ちょうどいい、ここは学校という教育の場だ。美来、文化祭で僕と一緒にいることができるからテンション上がるのも分かるけど、そういうことは僕と2人きりになったときに言おうね。分かったら返事をしてみよう」
「ひゃ、ひゃい、分かりました……」
「……よろしい。あと、美来の頬は柔らかくていいね」
もうちょっとつねっていたいけど、有紗さん達もいるし、ここは文化祭の会場の一つでもあるのでこのくらいにしておこう。
「もう、お姉ちゃんったら」
「智也君、ちゃんと保護者もやっているのね」
「美来の一番近くにいる大人ですからね。恋人ですけど、こういうこともしていかないと」
「ふふっ、美来ちゃんが叱られるなんて。普段、学校ではそういうことはないので、何だか新鮮ですね。恋人である氷室さんの前だからこそなんでしょうね」
「家でも滅多に叱らないけどね、亜依ちゃん」
みんな、今の美来の態度にあまり嫌悪感を示していないようで良かった。今日は楽しい文化祭だから、説教はこれで終わりにしよう。美来の頭を優しく撫でる。
「玲奈ちゃん、日高さん、赤城さん。お茶会良かったよ。ありがとうございました。後でそれぞれのクラスの屋台に行ってみるね」
『ありがとうございます!』
3人ともいい笑顔をしているな。たまに、若い人から力をもらうという言葉を聞くけれど、こういうことを言うのかな。
僕らは茶道室を後にする。時刻を確認すると、午前10時50分か。
「美来や亜依ちゃんの2度目の接客担当が始まるまで時間あるから、まだ一緒に回れるね。次はどうする?」
「さっき、茶道部の人に屋台に行くと智也お兄ちゃんも言っていたし、外の屋台に行ってみたいです!」
「それいいね、結菜ちゃん。あたしも美味しいお抹茶を飲んで、練り切りを食べたらお腹空いてきちゃったよ」
「あたしもだよ、仁実ちゃん」
甘いものを食べてお腹が空くなんて。さすがは仁実ちゃんと有紗さん。
「明美さんや絢瀬さんはどうだろうか?」
「わ、私も屋台に行ってみたいです! メイド喫茶に行くときにいい匂いがしていて気になっていたので」
「私も明美先輩と同じです」
「分かった。私もこういうお祭りに来たら屋台は外せないと考えている」
「じゃあ、屋台にしよっか。美来や亜依ちゃんもそれでいいかな?」
「私はもちろんそれで!」
「屋台からの方がうちの教室が近いですからね。美味しいものを食べて、この後の接客のエネルギーにしましょう」
「じゃあ、みんなで屋台に行きましょう」
僕らは外の屋台へと向かうことに。もちろん、美来と手を繋いで。さっきの説教は引きずっていないようで、美来はいつもの楽しげな笑みを浮かべていた。
特別棟から出て屋台の方に向かうと、学校に来たときと比べて人が多くなっている。ただ、こういう光景を見るとお祭りに来ているんだなと思える。
屋台もたくさんあり、それぞれが行きたい屋台もあるので、ここで一旦別行動を取ることに。
僕は美来や有紗さんと3人で回り、まずは玲奈ちゃんと日高さんのクラスである3年3組のチョコバナナの列に並ぶ。また、美来の話だと、声楽部の部長さんである花音ちゃんもこのクラスだそうだ。
「ここは学校だけど、休日に智也君や美来ちゃんと3人で一緒にいると安心するよ。美来ちゃんは家とはデザインが違うけど、メイド服姿だし」
「そうですね。美来とこうやってしっかりと回ることができるとは思いませんでした」
「ふふっ。せっかくの文化祭ですから、2人と一緒に楽しく過ごそうと思っていましたよ。ただ、2時からは声楽部でコンサートがありますので楽しんでくださいね。特にJ-POPの曲を歌うときは、観客の方が歌うのも大歓迎ですから」
「へえ、そうなんだ。どんなセットリストなのか楽しみだなぁ」
有紗さんは年代やジャンルを問わず、結構幅広く曲を聴くからな。ちなみに、美来が出場する来月の声楽コンクールの本選も有紗さんと一緒に観に行く予定だ。
そんなことを話していると、僕達の番に。
「いらっしゃいませ……って、おっ、美来ちゃん。メイド服姿可愛いね」
お店番をしているのは花音ちゃんだ。クラスTシャツなのか、『3-3』と刺繍された赤いTシャツを着ている。僕らの高校時代もクラスTシャツ作って、文化祭と体育祭のときに着たな。
「ありがとうございます。さっき、茶道部の方に行ってきて、玲奈先輩や栞先輩、赤城先輩の和服姿は美しかったです。智也さん、撮っていましたよね」
「うん。今見せるね」
僕はさっき撮った玲奈ちゃん達の和服姿の写真を花音ちゃんに見せる。
「みんな綺麗だなぁ。あっ、彼氏の氷室さんに月村さんもいらっしゃいませ! 天羽祭にようこそ。うちの屋台では普通のチョコバナナと、いちごのチョコバナナを売っていますよ。どちらも1本150円です!」
「へえ、いちごもあるんだ。せっかくだし、僕はいちごの方を1本ください」
「私は普通のチョコバナナを1本」
「あたしはチョコといちごを1本ずつ」
「はーい、ありがとうございます! 600円になります!」
有紗さんはチョコといちごを1本ずつ食べるのか。さすがだ。
「割り勘にしよう、智也君」
「といっても、有紗さんは自分の分だけを払うことになりますが。分かりました。美来の分は僕が奢るよ」
「ありがとうございます!」
「……はい、600円ちょうどいただきます! ありがとうございます! 2時からは体育館で声楽部コンサートもあるので、そちらもよろしくお願いしますね!」
さすがは声楽部の部長さん。こういうときにもしっかりとコンサートの宣伝をしてくる。あと、普段から声を出しているからか、随分と声が通るな。
屋台を離れて、僕らはチョコバナナを食べることに。いちごのチョコバナナは初めてなので、ちょっと緊張する。
「……おっ、いちごのチョコバナナも美味しいですね」
「そうだね、智也君。……普通のチョコバナナも美味しい」
「2人とも良かったですね。……あぁ、智也さんに買ってもらったチョコバナナ。立派で美味しそうです」
美来はうっとりとした様子でチョコバナナを見つめ、チョコの部分をちょっと舐めてから、一口食べる。なぜか、その姿がとても艶やかでそそられるな。
「甘くて美味しい。……智也さん、いちごチョコバナナってどんな味ですか?」
「甘さだけじゃなくて、いちごの酸味も感じられるよ。美来も食べてみる?」
「ありがとうございます。では、私の口の中にそのバナナを入れてください。あ~ん」
まったく、美来は。バナナで絶対に変なことを考えているな。ただ、目を瞑って口を開けている美来がとても可愛いので何も言わないでおくか。
僕は美来の言うように、いちごチョコバナナを口の中に突っ込んだ。
「んっ……」
美来が可愛らしい声を漏らし、メイド服を着ているからか、僕が変なプレイをさせているような気がする。有紗さんが側にいるから大丈夫……だよな?
「あぁ、智也さんのバナナ美味しい」
「いちごチョコバナナも美味しいよね」
「ええ。智也さんが食べさせてくれたからかより美味しいです。食べかけなのもいいのかも。先端に智也さんの液が付いていて……」
「……美来は本当に変な方向で想像力が豊かだね」
「ふふっ。今夜か明日の夜に……こ、ここから先はさすがに学校では言えません」
「……さっき、僕が言ったことを覚えてくれているんだね」
ただ、美来が何を言おうとしたのか容易に想像できてしまった。当の本人は顔を赤くして、僕のことをチラチラと見ながら自分のチョコバナナを食べている。
「あぁ、普通の方もいちごの方も美味しかった。スイッチが入ったよ」
「……メイド喫茶では抹茶のホットケーキを食べて、お茶会では練り切りを食べて、チョコバナナを2本食べてようやくスイッチが入ったんですか」
「甘いものと美味いものは別腹だからね、智也君!」
「……お腹を壊したり、お金がなくなったりしないように気を付けてくださいね」
これは2日かけて全ての屋台や喫茶店を制覇しそうだな、有紗さんは。体調を崩したりしないように気に掛けていった方がいいな。
「では、他にも行きたい屋台もありますし、一緒に行きましょうか」
「そうだね、美来ちゃん。智也君も行くよ」
「はいはい」
僕も2人につられて食べ過ぎないように気を付けないと。コンサートのときにお腹が痛くなってトイレに引きこもることになったらまずいし。
美来と有紗さんに手を引かれて、他の屋台に行くのであった。
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