第16話『まったりお茶会』

 お化け屋敷を出ると、そこで羽賀達が待ってくれていた。


「おっ、氷室達も出てきたか。……あの、月村さんは大丈夫ですか? 顔が青白いですが」

「……天羽女子のお化け屋敷、月が丘といい勝負だったわ」

「なかなか怖かったよね、お姉ちゃん。私は好きだから楽しめたけど」


 明美ちゃんは頬を赤くして羽賀のことをチラチラと見ている。どうやら、お化け屋敷では羽賀達と一緒に楽しめたようだ。


「足元に息を吹きかけられたのは怖かったよね、亜依ちゃん」

「そうですね、詩織ちゃん。足元がおかしいと怖く感じてしまいますよね」

「あたしもあれは怖かったよ! 生温かくて、まるで誰かが直接吹きかけている感じだったよ」

「いや、あれは実際に誰かが息を吹きかけたんだよ、お姉ちゃん。もちろん、幽霊じゃなくて人間が」

「……な、なるほどね。いや、分かってたよ。今年で25歳だもん」


 有紗さん、まだ強がっているな。どうやら、お化け屋敷で息を吹きかけられたときは、やったのはお化けや幽霊だと思っていたようだ。


「お化け屋敷、楽しかったですね、智也さん。後で先輩に楽しかったって言っておかないと」

「僕も心霊系はあまり得意な方じゃなかったけど、美来達が一緒だからか僕も結構楽しかったよ。じゃあ、次はどこに行く? もちろん、美来や亜依ちゃん、結菜ちゃん達の行きたいところでいいよ」

「あの、私、茶道部に行ってみたいです! 知り合いの先輩もいますし、お抹茶がどんな感じなのか気になって」

「亜依ちゃんの提案に賛成。あたしも大学で茶道サークルに入っているし、茶道部のお抹茶は気になってた」

「亜依ちゃんの言うとおりお世話になっている先輩が何人もいますし、仁実さんの言うようにお抹茶も気になりますね。乃愛ちゃんの話だと和菓子も食べられるみたいです」

「和菓子を食べられるの、お姉ちゃん!」

「そうだよ。結菜は和菓子目当てかな? お姉ちゃんも興味あるけど」

「じゃあ、次は茶道部の方に行くことにしましょうか」


 僕らは茶道部の会場である特別棟の茶道室へと向かい始める。メイド服姿の子が2人いるからか、こちらを見てくる人が多い。そのうちの1人である美来は僕と腕を絡ませているし。

 美来や亜依ちゃんの話によると、特別棟というのは、音楽室や家庭科室、理科室、茶道室などの特別教室が集まっている棟らしい。本当に天羽女子って立派な女子校だなと思う。そういえば、僕が中学時代のとき、通うのに時間がかかりそうだけど、天羽女子に受験したいと言っていたクラスメイトがいたことを思い出した。


「お姉ちゃん、いい高校に転入したね。私も将来は天羽女子に行きたいなぁ」

「天羽女子はいい高校だよ。将来、結菜の行きたい高校に入学できるように頑張ろうね」

「うん!」


 未来の天羽女子高校の生徒候補がここにいたか。もし入学したら、美来みたいに人気が出そうだな。

 僕らは教室棟を出て、すぐ目の前にある入り口から特別棟の中へ。教室棟ほどじゃないけれど、生徒さんや来客はそれなりいる。

 事前にチェック用に印刷した紙を見ると、茶道室はこの特別棟の2階か。また、美来曰く、声楽部の活動場所である第2音楽室は5階にあるという。それにしても、私立だけあってこの特別棟も綺麗で立派なところだ。

 茶道室のある2階に行くと、そこには岡村と浅野さん、乃愛ちゃんが。向こうも僕らに気付いたようで、岡村と乃愛ちゃんが元気に手を振ってくる。


「おっ、氷室や羽賀達じゃねえか!」

「お抹茶と和菓子、美味しかったですよ」

「みんなも茶道部の方に来たの?」

「うん、そうだよ、乃愛ちゃん」


 浅野さんや乃愛ちゃんの話からして、3人はついさっきまで茶道部のお抹茶を飲んでいたようだ。


「さっきまでお化け屋敷に行っていてね。それで、今度は玲奈先輩とか知っている先輩がたくさんいて、お抹茶や和菓子も気になるから茶道室に来たの」

「なるほどね。あたし達は岡村さんや浅野さんの奢りで外の屋台で色々と食べて、お抹茶で口直ししようってことで茶道部にね。もちろん、和菓子やお姉ちゃん達に会うのも目当てだけれど」

「ふふっ、そうなんだ。今は玲奈先輩達っているの?」

「うん、いるよ。みんな和服姿になって可愛いよ!」

「可愛かったよなぁ、神山ちゃん! 和服の似合う女性もなかなかいいと思ったぜ! お抹茶も和菓子も美味しいし、外の屋台でも美味しいものがたくさん売っていたし、まったく女子校の文化祭は最高だぜ!」

「可愛い女の子もたくさんいますし、女子校の空気はいいですね。女性同士の妄想もいいかもしれません」

「本当に楽しんでいるな、岡村は。ただ、楽しすぎてハメを外さぬよう気を付けることだ。あと、浅野さんも」

「分かってるって! 羽賀達もこの文化祭を楽しめよ!」


 岡村は言葉通りの楽しげな笑顔を浮かべて、羽賀の背中をバシバシと叩いている。岡村が文化祭をとても満喫しているのは予想できたけど、浅野さんも結構楽しんでいるのは意外だった。

 3人も茶道部は好評だったみたいだから、どんな感じなのか楽しみだ。


「じゃあ、僕らは茶道部に入ろうか」

「そうですね。乃愛ちゃん、また後で」

「うん!」


 岡村達と別れて、僕達は茶道室の中に入る。畳のお部屋ということもあって、他とは随分と雰囲気が違うな。

 また、部屋の中には着物姿の女の子が数人いた。その中の1人は僕も知っている玲奈ちゃんだ。水色の和服姿が可愛らしい。


「あっ、美来ちゃんや氷室さん達が来た。美来ちゃんと亜依ちゃん、メイド服姿可愛いね! 乃愛も可愛かったけれど」

「ありがとうございます」

「玲奈先輩達も和服姿可愛いですよ。あの、9人で来たのですが大丈夫ですか? あと、亜依ちゃんや私はメイド服姿ですけど」

「うん、今は空いているし9人でも大丈夫だよ。文化祭だからメイド服姿でかまわないよ。ただ、氷室さんの被っている帽子は外した方が無難かと」

「分かった。帽子は端の方に置いておけば大丈夫かな」

「はい。それでかまわないです」


 僕らは玲奈ちゃん達の指示で、一列に並んでいる座布団に座ることに。ちなみに、僕の両隣は美来と有紗さんだ。


「そういえば、美来。玲奈ちゃん以外にお世話になっている先輩ってここにいるかな? 何人もいるって言っていたけれど」

「玲奈先輩以外に2人います。まずは、正面にいる緑色の着物を着た黒髪の方が、日高栞先輩です。この茶道部の部長さんです。玲奈先輩とはクラスメイトです。乃愛ちゃんと玲奈先輩のことがあったときに出会いました。ちなみに、他の高校に同い年の彼氏さんがいるんですって」

「へえ……」


 別の高校に通っている男性と付き合っているのか。見た感じ、とても優しそうで、お淑やかな雰囲気もあるからそれも納得かな。

 あと、今の女子高生の世代って「しおり」って名前の子が多いのかな。


「もう1人は?」

「入り口近くにいる赤い着物を着た赤髪の方です。彼女が、例の告白の返事待ちをしている赤城美春先輩です」

「ああ、彼女が赤城さんなんだ。可愛らしい子だね」

「ですね。準備を通して、花園先輩との距離が縮まってきたと聞いています」

「そうなんだ。この文化祭中に恋が実るといいよね。実際に彼女のことを見たらより応援したくなったよ」

「ふふっ、応援してあげてください」


 赤城さんのことを見たので、告白した相手である花園さんの姿も見てみたくなるな。

 美来と僕が話している姿を見たのか、美来が紹介してくれた日高さんと赤城さんが僕らの目の前までやってくる。


「ねえねえ、美来ちゃん。隣に座っているこちらのかっこいい方が、例の結婚を前提に付き合っている彼氏さん?」

「そうですよ、赤城先輩。氷室智也さんです」

「初めまして、氷室智也です。美来がお世話になっています」

「いえいえ、むしろ、あたしの方が美来ちゃんにお世話になっているくらいで。この前も恋愛相談をしましたし」

「美来から聞いています。陰ながら応援しています」

「ありがとうございます。あっ、名前を言っていませんでしたね。3年1組の赤城美春といいます。クラスでは外で焼きそばを売っているので、そちらもよろしくお願いします!」

「もう、美春ちゃんったら。初めまして、3年3組の日高栞といいます。茶道部の部長をしています。玲奈ちゃんとはクラスメイトで、クラスでは外でチョコバナナの屋台をやっていますので、そちらにも行っていただけると嬉しいです。まずは茶道部によるお茶会をお楽しみください」

「はい。どんなお茶会なのか楽しみにしています」

「栞ちゃん、美春ちゃん。氷室さんのことが気になるのも分かるけど、そろそろお茶会やるよ」

『は~い』


 あとで屋台にも行くつもりだから、チョコバナナと焼きそばの屋台には行くことにするか。



 それから程なくして、茶道部によるお茶会が行なわれる。

 たまに、休日のニュースでカルチャーとしてお茶を点てる様子を見たことがあるけれど、実際に見るととても美しいものだと分かる。特に3年生の玲奈ちゃん、日高さん、赤城さんは。お茶を点てる手つきはもちろんのこと、一つ一つの所作がとても美しい。見惚れてしまうな。

 美来や有紗さんなども同じことを思っているのか、たまに「綺麗」とか「凄い」という言葉が聞こえた。

 肝心のお抹茶はとても美味しかった。苦味があって、深みもあって。コーヒー好きの僕にとってはとても好みの味わい。お抹茶をいただく前に食べた練り切りという和菓子も美味しかったな。

 ただ、お抹茶が苦いこともあって、美来や結菜ちゃんは何とも言えない表情を浮かべるときもあった。有紗さんはコーヒーを飲み慣れているからか普通に飲んでいて、茶道サークルに入っている仁実ちゃんは満足そうだった。

 あと、意外な反応を示したのは羽賀で、お抹茶を飲むと、


「実に美味しい。感動するというのはこういうことを言うのだろうか……」


 そう呟いてしみじみとしていたのだ。僕らの親世代……いや、祖父母世代の年齢が言いそうだ。てっきり、何も言わずに微笑むだけかと思ったんだけれど。そんな羽賀に明美ちゃんと何人かの茶道部の生徒さんがうっとりとしていた。

 文化祭はワイワイと盛り上がることが多いけど、こうして静かにまったりとした時間を過ごすのもいいなとお茶会を通じて思うのであった。

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