第14話『麗しきメイド喫茶』

 ――おかえりなさいませ、ご主人様! お嬢様!


 メイド服姿の美来、亜依ちゃん、乃愛ちゃんが僕らのことを出迎えてくれた。

 美来が家で来ているメイド服よりも露出度が高いな。胸元も見えているし、スカートも太ももくらいまでだし。黒いソックスとスカートの間に露出している部分が何とも艶やかである……と、美来のメイド服姿を見て思った。


「もう、智也さんったら。私のことをじっと見つめて。本当にドキドキしてしまいます」


 美来ははにかみながらそう言った。メイド服は着慣れていても、学校という場所であり、一般人にも多く姿を見られる文化祭だから緊張しているかもしれないと思ったけど、今の美来を見て安心した。


「美来のメイド服姿がとても似合っていたからね。もちろん、亜依ちゃんや乃愛ちゃんも」

「ふふっ。それにしても、智也さん。いつもと違う雰囲気の服装ですから、本当に智也さんなのかと思ってしまいます」

「本物の智也だよ」

「そうですよね。いい匂いがしますし。ただ、いつもと違ってクールな感じがして素敵です! 似合っていますよ!」

「ありがとう、美来」


 美来にそう言われるのが一番嬉しいな。似合っていると言われると、この服装で良かったなと思える。


「やっぱり、彼氏さんの前だと一番いい笑顔になるな、美来」

「可愛いですね、美来ちゃん」

「ふふっ。ただ、ここは喫茶店ですから接客をしましょう。何名様ですか?」

「ええと、9人だけれど大丈夫かな?」

「2つのテーブルに分かれる形になりますが、それで良ければすぐにご案内できます」

「みんな、それでいいですか?」


 後ろに振り返ってそう訊くと、有紗さん達は笑顔で頷いた。


「では、ご案内します。9名様お帰りになりました!」

『おかえりなさいませ!』


 教室の中にいるメイド服を着た女の子達がそう言う。本当のメイド喫茶に来たような感じがする。

 美来と乃愛ちゃん、亜依ちゃんの案内で店内に入る。


「ただいまー!」


 岡村が元気にそう言いながらお店の中に入ったので、何人かのメイド服姿の女の子がクスクス笑っている。それでも岡村は楽しそうな様子。

 開始して20分くらいだけれど、お店の中にはちらほらとお客さんがいる。あと、教室もなかなか広い。外の景色もいいし。普段、授業を受けるにはいい環境だ。

 9人で来店したので僕、有紗さん、結菜ちゃん、仁実ちゃん、詩織ちゃんで1つのテーブル。羽賀、岡村、明美ちゃん、浅野さんで1つのテーブルに座った。その際、メニューを頼むのはテーブルごとにするということにした。


「失礼します。お水とメニューになります」


 美来は僕ら5人にお水やメニューを置いてくれる。


「美来ちゃん、スマートフォンで写真撮ってもいい? 智也君も撮りたいよね?」

「撮りたいですね。そのためにデジカメも持ってきましたし」

「ふふっ。もちろんいいですよ、お嬢様、ご主人様」


 僕らはスマートフォンやデジカメで、美来や亜依ちゃん、乃愛ちゃんのメイド服姿を撮影する。

 その後、何を注文するか決めるために、隣に座っている有紗さんと一緒にメニューを見てみる。コーヒーや紅茶などの飲み物はもちろんのこと、ホットケーキやクッキー、オムライスまで提供するんだ。なかなか本格的。きっと、食べ物を頼むと昨晩のように、美味しくなるおまじないをかけてくれるのだろう。あと、スマイル0円って。

 ホットケーキはプレーンにココアに抹茶、クッキーはプレーンにチョコレート味があるのか。思った以上にバラエティに富んでいるな。昨日の夜はプレーンのホットケーキを食べたから、それ以外のものを食べてみるか。


「よし、決まった。智也君達は決まったかな?」

「僕は決まりました」

「私も決まりました。結菜ちゃんと結城さんはどうですか?」

「あたしも決まったよ」

「あたしも。……トモ君、じゃあ、あの『みく』っていうメイドさんを呼んであげて。凄く興奮した様子でこっちを見ているから」

「分かった。すみません、注文してもいいですか?」

「はーい!」


 美来はとても楽しそうな様子でこちらにやってくる。


「ご主人様、お嬢様、ご注文をお伺いします」

「有紗さん達からどうぞ」

「じゃあ、あたしから。アイスコーヒーとココアホットケーキ。年齢順で頼もうか」

「となると、次はあたしか。ホットティーで」

「次は私ですね。アイスティーを」

「次はあたしですね。アイスティーとプレーンクッキーで」

「最後に僕ですね。ホットコーヒーと抹茶のホットケーキで」

「かしこまりました。でも、ご主人様。何かご注文を忘れていませんか?」

「……スマイル0円」

「それも頼んでほしいものの一つですけど」


 すると、美来はゆっくりと顔を近づけて、


「私・メイド『みく』のお持ち帰りです。ご主人様だけの特別メニューで、無料でご提供していますよ?」


 うっとりとした笑みを浮かべながら、僕にしか聞こえないような小さな声でそう言ってきたのだ。本当にブレることのない可愛いメイドさんだな。2人きりだったら可愛くてキスしていたところだった。


「分かった。じゃあ、それも注文するからちゃんと僕の家に帰ってきてね」

「はい。……では、注文を確認いたします。アイスティーが2つで、アイスコーヒー、ホットコーヒー、アイスコーヒーが1つずつ。プレーンクッキーが1つに、ココアホットケーキと抹茶ホットケーキが1枚ずつですね。そして、スマイル!」

「可愛いね、美来。注文はそれで大丈夫だよ」

「それでは、少々お待ちください」


 この調子なら、美来はしっかりとメイドさんをやっていけそうだ。

 羽賀達の方のテーブルを見てみると、そっちは乃愛ちゃんが応対していた。この前の練習が活かされているのか可愛らしい笑顔を浮かべつつ、落ち着いた対応だ。別のテーブルで接客している亜依ちゃんも同じだ。


「美来ちゃんのメイド服姿、本当に可愛いです。月が丘にもメイド喫茶はありましたけど、正直、こちらの方がレベルが高いと思います」

「恋人として嬉しいよ、詩織ちゃん」

「メイド服可愛いよね。……モモちゃんに着させてみたかったな」

「モモちゃん……ああ、智也君の従妹の桃花ちゃんのことか。彼女は可愛いから似合いそうだよね」

「智也お兄ちゃんにはそんなに可愛い従妹さんがいるんですか! 会ってみたかったな」

「この前、ひさしぶりに会ったからスマートフォンで写真を撮ったんだけど見てみる?」

「見てみたいです!」


 僕は桃花ちゃんの写真を表示させて、スマートフォンを結菜ちゃんに渡した。恋人の写真だからか、仁実ちゃんも一緒に見て可愛いと盛り上がっている。


「氷室さん」

「……青山さんですか。美来がいつもお世話になっております」


 メイド服を着ていたので、美来のクラスメイトかと思ったけど、担任の青山さんだった。名札を見てみると『店長 りな』と書かれている。担任だから店長なのか。顔が可愛らしいので、美来達と遜色ないな。天羽女子の制服も似合いそうだ。


「智也君、そちらの子は?」

「美来のクラス担任の青山里奈先生です」

「先生だったんですか! これは失礼しました。メイド服も似合っていますし、顔も可愛らしいので普通に生徒さんなのかと。世の中には可愛くて良さそうな先生もいるんですね」


 きっと、有紗さんは月が丘高校時代の美来の担任のことを思い出していただろうな。彼女は直接会ったことはないけど、クラスでのいじめを隠蔽するなどの醜態については話していたから。


「ふふっ、ありがとうございます。初めまして、1年2組担任の青山里奈と申します。文化祭中はメイド喫茶の店長をやっております」

「初めまして、月村有紗といいます。智也君とは仕事繋がりで知り合って、そんな彼を通じて美来ちゃんともお友達になりました。金髪の女の子が美来ちゃんの妹の朝比奈結菜ちゃん。黒髪の子は転入前の月が丘高校での親友の綾瀬詩織ちゃん。こちらの茶髪の子が美来ちゃんと智也君の住むマンションの近くに住んでいる結城仁実ちゃんです」

「朝比奈結菜です。姉がお世話になっています」

「絢瀬詩織です」

「結城仁実です」

「みなさん、よろしくお願いします。そっか、美来ちゃんには他の高校や年齢の違うお友達がたくさんいるのですね。美来ちゃんは凄い子です。転入してすぐに行なわれた期末試験でもトップクラスの成績を叩き出し、声楽コンクールの予選を通過し、何よりもこんなに素敵な方と結婚を前提に付き合っていて。天使と呼ぶ生徒がいるのも納得です」

「……美来が天羽女子で楽しく過ごせているようで何よりです。これからも美来のことをよろしくお願いします」


 天羽女子に転入してからも色々なことがあるけど、美来はとても楽しそうに毎日を過ごしている。

 あと、美来のことを天使と呼ぶ人がいるというのは納得だな。僕にとってはスペックが高い未来のお嫁さんって感じだけれど。


「ところで、氷室さん。あちらのジャケット姿の茶髪の男性はどのような方で? 一緒に来店するところを見ましたが」

「ああ、羽賀という僕の小学生時代からの同い年の親友です」

「……恋人は?」

「いませんが」

「……そうですか。では、メイド喫茶も、天羽祭も楽しんでくださいね! 失礼します」


 すると、青山さんは隣のテーブルにいる羽賀達のところへ。まさか、羽賀のことを狙っているのか? 学校外でのプライベートな時間なら問題ないけど、文化祭とはいえ生徒の前でそんなことをしていいのだろうか。

 メイド服姿の青山さんを目の前にして、羽賀は落ち着いた笑みを浮かべている。それとは対照的に、隣に座っている岡村は興奮しているけれど。

 そういえば、ココアや抹茶の甘い匂いがしてきたな。もうすぐ来るかな。


「お待たせしました~」


 予想通り、美来が僕達の頼んだものを乗せたトレーを持ってこちらにやってきた。美来は誰がどんなものを頼んだのか覚えていたようで、手際よく置いていく。


「では、スイーツも頼まれましたので、美味しくなるようにおまじないをかけたいと思いまーす!」


 美来は両手でハートの形を作る。ついに、あのおまじないが来るのか。僕はスマートフォンを美来に向ける。


「美味しくなーれ! 美味しくなーれ! みっくみくー!」

『おおっ……』


 おまじないをかける美来が可愛かったのか、有紗さん達は拍手を送っている。

 あれ、みっくみくーは前夜祭限定だって聞いていたけど。知り合いがお客さんだからやってくれたのかな。


『美味しくなーれ! 美味しくなーれ!』


 そんな声が背後から聞こえたので振り返ってみると、羽賀の方のテーブルで、乃愛ちゃんと亜依ちゃんがおまじないをかけていた。


「ふふっ、あちらのテーブルでもおまじないをかけているのですね。こちらもおなじないでとっても美味しくなったと思いますよ!」

「確かに、このココアホットケーキが美味しくなったかも! じゃあ、いただきます!」

『いただきます』


 僕はホットコーヒーを一口飲む。苦味がそれなりに感じられて美味しいな。

 ナイフで一口サイズに切った抹茶のホットケーキを食べる。


「うん、美味しい」

「ココアのホットケーキも美味しいよ! 美来ちゃんのおまじないのおかげかな?」

「クッキーも美味しいよ、お姉ちゃん!」

「ふふっ、ありがとう。ただ、料理担当の子が上手に作ったからだよ。伝えておくね」


 さすがに、結菜ちゃんに対してはお姉さんの顔を見せるんだな、美来は。そこもまた素敵だと思う。


「こっちも美味しいっすよ! 神山ちゃんや佐々木ちゃんのおまじないのおかげかな?」

「チョコクッキーとプレーンのホットケーキを頼んだが、これはなかなかの美味だ」


 羽賀達のテーブルも盛り上がっているみたいだな。岡村が幸せな様子でホットケーキをモグモグと食べている。


「へえ、ホットケーキはそんなに美味しいんだ。良ければ一口ちょうだい、トモ君」

「昔からそういうところは変わらないね、仁実ちゃんは。はい、あ~ん」

「あ~ん。……うん、美味しいね」

「……ううっ、嫉妬です。美味しさが半減するおまじないをかけたいです」


 美来は不機嫌そうな様子を見せる。美来の気持ちも理解はできるけど、今の発言はメイドとしてあってはならないのでは。


「美来にも一口食べさせてあげるから。そんなおまじないはかけないで。はい、あ~ん」

「あ、あ~ん。……美味しいですね」

「智也君、ココアホットケーキを一口あげるからあたしにも!」

「あたしもクッキーを1枚あげますので、一口いいですか? 智也お兄ちゃん」

「みなさんが食べるのであれば、私も一口食べてみたいです。交換できるものがありませんが……」

「まあ、これから屋台などで色々と食べるつもりですからいいですよ」


 それからも、互いのスイーツを食べさせ合ったり、接客の合間にやってくる美来達と話したりしてメイド喫茶で楽しい時間を過ごすのであった。

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