第13話『天羽祭』

「じゃあ、全員揃ったので、天羽女子に入りましょう。僕のわがままになってしまいますけど、まずは美来のクラスのメイド喫茶に行ってもいいですか? 最初の接客担当時間が10時までらしいので」

「もちろんだよ、智也君。今の智也君の提案に賛成の人は手を挙げて!」


 有紗さんがそう言うと、みんなすっと手を挙げてくれた。


「ありがとうございます。じゃあ、まずは1年2組のメイド喫茶に行きましょう」


 ついに、僕は有紗さんや羽賀達と一緒に天羽女子の敷地に足を踏み入れた。


「ここが天羽女子か……」


 美来が現在通っている高校なんだ。月が丘も立派だったけれど、天羽女子はそれ以上に立派な気がする。私立高校は本当に施設が充実している。僕や羽賀、岡村が卒業した高校の何倍の規模だろうか。

 そして、文化祭だけあって色鮮やかな景色が広がっている。外でたくさん屋台があるからか、さっそく美味しそうな匂いがしてきた。


「いい匂いがする。腹減ってきたぁ」

「まずは美来さんのいるメイド喫茶に行くんだぞ、岡村。ちなみに、氷室、そこのメイド喫茶では何か食べられるのか?」

「料理担当の子とか言っていたから食べ物もあると思うよ」

「だそうだ、岡村」

「分かった。じゃあ、そこまでは我慢しよう。ただ、その後に屋台で食べまくるぜ! かわいい女の子が関わっているお店には、たくさんお金を払う主義だからな!」

「いい主義だと思うが、生活に困らないよう気を付けるのだぞ。私にも助けられる範囲があるからな」

「分かってるぜ!」

「いいですね、男性の親友同士の会話は」


 何だかんだ、この3人っていいトリオな気がしてきた。ただ、この組み合わせだと、いずれは羽賀の胃がおかしくなりそうだけど。


「トモ君と羽賀さんっていうイケメンがいるからか、周りからの女性の視線が凄いですね」

「仁実ちゃんもそう思った?」

「キャーキャー言われているね、智也お兄ちゃんと羽賀さん」

「そんな氷室さんと結婚を前提に付き合っているんだと思うと、美来ちゃんって凄いなって思う」

「そうだね、詩織ちゃん。氷室さんはもちろん素敵だけど、あたしは羽賀さんの方が素敵かな……」


 明美ちゃんはそう言うと、頬をほんのりと赤くして羽賀のことをチラチラと見ている。もしかして、羽賀のことが気になっているのかな。


「氷室さん。6月の事件で月が丘高校を捜査したときに明美さんと会ったのですが、そのときに彼女は羽賀さんに一目惚れしていました」

「へえ……」


 浅野さんがこっそりと耳元でそう囁いてくれた。

 羽賀はかっこいいし、彼と一緒にいた高校時代までの間、彼に一目惚れして告白した女の子がたくさんいたな。文化祭のときも「告白されたが丁重にお断りした」という話を何度も聞いた。もちろん、そのときは岡村がムカついていたな。

 明美ちゃんが一目惚れしているとは初耳だ。羽賀からもそれを匂わせるようなことは聞いていなかったし。羽賀も文化祭に行くことは有紗さんに伝えていたので、羽賀との距離を詰めるいいチャンスでもあると考えて一緒に来たのかな。

 それにしても、文化祭って黄色い女性の声が聞こえるようなイベントだったっけ? 結菜ちゃんは僕にキャーキャー言っていると言ってくれるけど、きっと、羽賀とか仁実ちゃんが一緒にいるからだと思う。

 受付でもらった来客用のパンフレットを見る。


「ええと、1年2組の教室は……あの教室棟にあるんですね。あと、一番良かったクラスと部活を投票できるみたいで。もちろん、自分が一番良かったところに入れてくれればいいんですけど、もし良かったら美来のいる1年2組と声楽部にお願いします」

「任せろ、氷室!」


 岡村は俺に向けて右手の親指をグッと立てる。本当に元気がいいな。岡村にとって、女子校はパワースポットのようだ。

 教室棟の中に入る。やっぱり、僕らの卒業した高校よりも遥かに綺麗で立派だ。ただ、今は文化祭の装飾がされているからか華やかな雰囲気。


「そこの帽子を被ったお兄さん。うちの患者さんになりませんか?」


 そう言ってくるのは、ナース服姿の女の子。『ナース喫茶』と書かれた看板を持っている。そういえば、パンフレットにナース喫茶って書いてあったな。患者さんというのはナース喫茶でのお客さんの呼び方なのかな。


「いやぁ、そう言われると一目惚れっていう病にかかっちゃうなぁ」

「どうして岡村が返事するんだよ。ごめんなさい、最初はメイドさんに会うと決めているんです」

「そうですかぁ。いつでも来てくださいね。精一杯に治療しますから!」


 ナース女子は立ち去っていった。治療というのは、普通の喫茶でいうおもてなしみたいなものかな。

 クラスによっては、なかなか個性的な宣伝をするんだな。きっと、1年2組の宣伝の子に会ったら、メイドさん風に言ってくれるのだろう。


「ねえねえ、そこのジャケットを着た茶髪のイケメンお兄ちゃん! 姉妹喫茶に遊びに来ない?」


 すると、今度は子供っぽい服装を着た女の子が。妹とは思えないスタイルのいい女の子だけど。その子は右手で『姉妹喫茶』と描かれている看板を持ち、左手で羽賀の着るジャケットの裾を掴んでいる。そういえば、そんな喫茶店もあったな。


「こんなにかわいい妹やお姉さんがいるなら、俺、そっちに言っちゃおうかな!」

「……なぜ、岡村が返事をしているのだ。お誘いしてくれるのは有り難いが、最初はメイド喫茶に行くと決めている。何かのご縁があったら、その姉妹喫茶というところに伺わせてもらおう。私達は明日も来る予定なので」

「はーい! じゃあ、明日でもいいからお家で待ってるね、お兄ちゃん! ばいばい!」


 元気に手を振る女の子に羽賀は落ち着いた笑みを浮かべて手を振っている。さすがは羽賀といった対応だ。

 それからも何度か勧誘にあったけど、「最初に行くのはメイド喫茶」という言葉を言って切り抜けていった。

 ついに、目的地である1年2組の教室の前までやってきた。教室側の壁には『メイド喫茶』と可愛らしく装飾されている。

 時刻は9時20分過ぎ。まだまだ、美来の接客担当の時間だな。ここは美来の恋人である僕が先陣を切ってお店の中に入ろう。

 ゆっくりと教室の中に入ると、美来や亜依ちゃん、乃愛ちゃんが僕らに気付いて、笑顔でこちらまで歩いてきてくれる。

 美来が小さな声で「せーの」と言い、


『おかえりなさいませ、ご主人様! お嬢様!』

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