第17話『おまじない』

 部屋着に着替えてリビングに行くと、桃花ちゃんは普段と変わらない様子だった。どうやら、聞き耳を立てて僕と美来の話を聞いていたり、僕と美来のキスをこっそりと見ていたりしていたことはないようだ。

 僕達は3人で夕食を食べ始めるけど、テーブルを挟んでメイド服姿の女の子2人と食事をするのは何ともシュールだ。僕と同じように過ごしている24歳の男性は、きっとどこにもいないだろう。


「美味しいね、美来ちゃん」

「そうですね。夏は終わりになりますが、暑い日はまだ続きますのでこういった料理はいいですよね」

「うん。私、お料理はあまり得意じゃないけど、美来ちゃんのおかげで上手に作れたよ」

「ふふっ」


 どうやら、このバンバンジーは美来と桃花ちゃんが一緒に作ったようだ。

 メイド服姿の2人が料理をする光景か。それを想像してみると、この家が豪華なお屋敷のように思えてくる。

 美味しい夕食を食べ終わって、後片付けは僕がやることに。僕が自主的にやっているにも関わらず、美来と桃花ちゃんは申し訳ないと思っているのか僕のことをじっと見ている。何だか落ち着かないな。


「……ええと、もう少しで終わるから、温かいコーヒーを淹れてくれると嬉しいな」

「分かりました!」

「私は美来ちゃんの分の紅茶を淹れるね」

「お願いします!」


 ようやく、2人からの視線を浴びずに済む。

 ただ、僕が後片付けをして、メイド服姿の美来や桃花ちゃんが紅茶やコーヒーを淹れるこの状況を第三者が見たらどう思うんだろうな。

 後片付けを終えたときにはコーヒーのいい匂いが香っていた。


「ふぅ、終わった」

「お疲れ様でした、智也さん。温かいコーヒーですよ」

「ありがとう」


 テーブルに置いてある温かいコーヒーを飲んで一息つく。家でコーヒーを飲むと気分が落ち着く。


「ねえ、お兄ちゃん。一つ、お願いがあるんだけど……」

「うん、何かな?」


 桃花ちゃん、顔を赤くしてもじもじしているけど。僕へお願いしたいことがそんなに恥ずかしいことなのかな。


「お兄ちゃん。私のことを抱いてくれる……かな?」


 真剣な眼差しで僕のことを見つめながら、桃花ちゃんはそんなことを言ってきた。そして、僕の手をぎゅっと握ってくる。


「桃花さん! 智也さんに自分のことを抱いてほしいってどういうことですか! 私のいる前でそんなことを言うなんて! あなたには仁実さんという想い人がいるのでしょう! それなのに、と、智也さんとえ、えっちなことをしたいだなんて! 私……えっちなことはいけないと思います!」


 しかし、すぐさまに美来は桃花ちゃんのお願いを阻止しようとする。抱くという言葉をえっちすると解釈したためか、彼女の顔は真っ赤だ。


「ち、違うよ! 美来ちゃんは誤解しているよ。抱くっていうのはハグ! H・U・G! それだけの意味だから!」

「そうなんですか? 本当ですか?」

「……うん。お兄ちゃんを寝取るようなことはしないよ」

「なるほどです」

「語弊がある言い方をして悪い気分にさせちゃってごめん」

「……そんなことはありません。むしろ、悪いのは勘違いしてしまった私です。申し訳ありませんでした」

「いえいえ……」


 すると、桃花ちゃんの方も顔を真っ赤にして俯いてしまう。何とも言えない空気に。ここは大人である僕が何とかしなければ。


「どうして、桃花ちゃんは僕に抱きしめてほしいってお願いするのかな? きっと、桃花ちゃんなら何か理由があるんじゃないかと思うんだけれど」


 桃花ちゃんの性格を考えると、何の理由もなしにこんなことは頼まないと思うんだ。美来が嫌がる反応を見せるかもしれないのに。


「昔、ひとみんと喧嘩したことがあったじゃない。なかなか謝る勇気が出ないときに、お兄ちゃんがおまじないだって私のことをぎゅっと抱きしめてくれて。それで、心が落ちついて……ひとみんに謝って仲直りすることができたんだよ。そのときもお兄ちゃんが側にいてくれたじゃない。忘れちゃった?」

「……そんなこともあったような気がする。でも、たまに喧嘩してもすぐに仲直りしていたのは覚えているよ」


 というか、小さい頃、桃花ちゃんは僕にべったりしていたし、抱きしめたことも何度もあったからな。


「それで、今回もひとみんに告白するから、勇気を出すためにお兄ちゃんにおまじないをかけてほしいの」

「なるほどね」


 謝ることも、好きだと告白することも、自分の想いを相手に伝えるという意味では同じことだからな。だから、桃花ちゃんは僕におまじないをしてほしいと。


「そういうことでしたか。今の話を聞いたら、えっちな方向に誤解していた自分がとても恥ずかしくなってきました。そのような理由でしたら、智也さん、桃花さんのことをぎゅっと抱きしめてあげてください!」

「わ、分かったよ」


 どうやら、まともな理由であれば、僕が女の子を抱きしめることを美来は許すようだ。美来の目の前で他の女の子を抱きしめるのは気まずいけれど、美来自身が抱きしめてあげてと言っているから、ここは思い切り抱きしめよう。


「桃花ちゃん、告白頑張ってね」

「う、うん」


 僕は桃花ちゃんのことをぎゅっと抱きしめた。

 実家で彼女に抱きしめられたときにも思ったけど、桃花ちゃん……本当に大きくなったな。でも、彼女の匂いや温もりは昔と変わっていないので安心する。


「想いをちゃんと言葉にすることができれば、きっと大丈夫だから」

「……頑張るよ」


 僕は桃花ちゃんの頭を優しく撫でる。

 美来のことをチラッと見てみると、彼女は僕達のことを優しい目つきで見ていた。さすがに、この状況には嫉妬しないようだ。


「ふふっ、じゃあ私も」


 美来も桃花ちゃんのことを抱きしめる。


「何だか、こうして抱きしめられているとお兄ちゃんの美来ちゃんの子供みたいだね」

「智也さんとの子供ですかぁ……」


 何を考えているのか、美来はニヤニヤと笑っている。


「男の子でも女の子でも智也さんに似て可愛いでしょうね。そういえば、黒髪の智也さんと金髪の私の間の子供だと、髪は何色になるんでしょうかね」

「黒か金髪のどっちかじゃない?」


 というか、美来の御両親だって黒髪のお父さんと金髪のお母さんじゃないか。ただ、美来も妹の結菜ちゃんも金髪なので、金髪の子供になる可能性が高いのかな?


「2人の子供がどんな子なのか楽しみだね」

「ふふっ。人妻JKというのも魅力的ですが、経産婦JKというのも魅力的ですね。智也さん、さっそく今夜トライしてみませんか?」

「……せめて、JKを卒業してからトライしようか」


 さすがに美来が高校生の間に子供を作るのはね。美来の体のことも考えなければいけないし、高校生活だって激変してしまう。


「智也さんがそう言うのであれば、子供はまだ先にしましょう」

「それがいいと思うよ。とりあえず、高校生の間は学生生活を楽しんで」


 人妻JKや経産婦JKが魅力的だと言う女子高生はなかなかいないんじゃないだろうか。そういうこと、僕のいないところでは絶対に言わないでほしい。


「……そういえば、高校生のときは楽しかったなぁ。ひとみんとずっと同じクラスだったし」

「そうだったんだ。今の大学生活も楽しめるといいね」


 社会人になってから学生のときは良かったと思うこともあるから。

 でも、社会人になった今でないと美来とは再会できず、一緒に過ごすこともなかっただろうから、やっぱり今が一番いいかな。ただ、美来と一緒に学生生活を送るとどんな感じなのか体験したかった気持ちもある。今の美来の通っている高校は女子校だけれど。


「ありがとう。もういいよ、お兄ちゃん、美来ちゃん。おかげで勇気がついてきた。明日、ひとみんに告白してみるね。そのときは美来ちゃん……側で見守っていてくれるかな」

「分かりました。明日、頑張ってくださいね」


 どうやら、僕と美来からのおまじないは桃花ちゃんにいい影響を与えたようだ。あの時のように、仁実ちゃんに想いを伝えて仲が深まればいいけれど。



 また、このおまじないは美来にも影響を及ぼしたようで、昨日までとは違って、ベッドでは僕が美来と桃花ちゃんに挟まれる形で眠ることになった。


「智也さん」

「お兄ちゃん」


 右腕には美来。左腕には桃花ちゃんが腕を絡ませてくる。左右どちらを向いても、年頃の女の子の可愛らしい笑顔がすぐ側にあるなんて。美来はまだしも、明日、仁実ちゃんに告白しようとしている桃花ちゃんと、こういう状態になっていていいのかな。


「何だか、こうしていると昔を思い出すよ」

「そういえば、仁実ちゃんと3人でこんな感じで眠ったことがあったよね」

「うんうん。特に夏は夜中にトイレに行くのが怖くて、お兄ちゃんやひとみんについていってもらったよね」

「ははっ、そうだったね」


 今から考えると、母さんの実家に帰ると桃花ちゃんや仁実ちゃんと一緒にいることが多かったんだなと思う。


「次々と女性にまつわる智也さんのエピソードが出てきますね」

「それは僕が小学生や中学生のときだから。ね?」

「そうですね。子供のときのことですし、桃花さんとは従妹ですもんね。でも、智也さんとのエピソードの数だったら私も負けていませんよ。特に夜の――」

「さあ、寝ようか、桃花ちゃん。明日は告白するんだから、しっかりと眠っておかないといけないよ」

「ええっ! 智也さんとのお話を聞いてもらって、仁実さんと恋人同士になってから2人きりになったときに何をするか。特にどうやって愛を育むのか参考にしてもらえればと思ったのですが……」

「もし、そういう状況になったら2人なりに考えるんじゃないかな。それに、美来との夜のエピソードは誰にも話してほしくないんだよな……」

「……もう、智也さんったら」


 美来は今の僕の言葉が嬉しかったのか、嬉しそうな表情を浮かべて僕の頬に何度もキスをしてくる。


「2人だけの秘密にしたいこともあるよね。ただ、気持ちはしっかりと受け取ったよ、美来ちゃん。ありがとう」

「はい。明日、告白を頑張りましょうね、桃花さん」

「うん。じゃあ、そのためにも寝ようか。おやすみ」

「はい、おやすみなさい」

「……おやすみ、2人とも」


 今日は仁実ちゃんに会いに行って疲れていたのか、それから程なくして2人から寝息が聞こえてきた。


「……頑張れ、桃花ちゃん」


 僕は仕事で桃花ちゃんの側にはいられないから、桃花ちゃんのことを頼んだよ、美来。僕は職場から応援しているから。

 桃花ちゃんと仁実ちゃんが仲良く寄り添っている姿を想像しながら、僕も眠りにつくのであった。

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