第11話『目的地はあなた』

 8月29日、月曜日。

 今日もよく晴れている。快晴の予報なので絶好のお出かけ日和だ。

 私の夏休みは今日を入れて残り3日なので、できればその間に桃花さんと仁実さんが恋人として付き合うようにしたいなと思っている。桃花さんと一緒にいるのも楽しいけど、やはりあの家には智也さんと2人きりでいるのが最高だと思うし。


「ううっ、今から緊張するよ……」

「大丈夫ですよ。ずっと私がついていますし、今日は仁実さんと色々なことをお話しするだけですから」

「そ、そうだねっ!」


 気持ちを落ち着かせようとしているのか、桃花さんは「ヒー、ヒー、フー……」と呼吸している。それは赤ちゃんを分娩するときの呼吸法だと思いますけど。私も将来、智也さんとの子供を産むときのためにたまに練習しておこうかな。備えあれば憂いなしとも言うし。

 桃花さん、昨日はぐっすりと眠れたそうだけど、仁実さんと会う当日になったからか、今朝からずっと緊張しっぱなし。

 智也さんもさすがにそんな桃花さんのことを心配していて、会社に向かうために家を出発するまで、ずっと桃花さんのことを気に掛けていた。私達の様子を確認するために、仕事の合間に、メールやメッセージを送ってくれることになった。


「よし、じゃあ……ひとみんのところに行こうか! 美来ちゃん!」

「そうですね、行きましょう!」


 桃花さんがオーバーヒートしないように、私がしっかりとサポートしなくちゃ。

 午前10時半過ぎ。私は桃花さんと一緒に家を出発する。


「今日も暑いね、美来ちゃん」

「そうですね。夏はそろそろ終わりですが、熱中症には気を付けましょう」


 秋になった途端に涼しい気候になってほしいな。

 桃花さんから教えてもらった仁実さんの家の住所はスマートフォンに登録してある。アプリを使ってマンションからのルート検索をしてみると、やっぱり、駅を通過するルートが一番近いみたい。歩いて20分くらいで着きそうだ。


「とりあえず、まずは駅へと向かいましょう」

「うん、そうだね。スマホでルート検索もできるからまだいいけど、昔は道に迷ってばかりだったんだ。ひとみんやお兄ちゃんに助けてもらったなぁ」

「そうだったんですか」


 私は智也さんのことをを見守っているうちに道に迷うことはなくなったから、初めての場所でも地図さえあれば大抵は何とかなるかな。


「今日は2人ですし、きっと仁実さんの所まで辿り着けますよ。では、行きましょう」

「うん! しゅっぱーつ!」


 これから幼なじみのところに行くからか、桃花さんがとても子供っぽい。今の桃花さんを見ると、私がしっかりしなきゃいけないような気がしてきた。

 晩夏の陽差しが照り付ける中、私は桃花さんと一緒にまずは桜花駅まで向かう。


「ふぅ、暑い……私が住んでいるところよりも暑いよ。何だかんだ建物も多いし」

「暑いですよね。きっと、桃花さんの住んでいる地域は自然が多くて涼しいところなんでしょうね。いつか、智也さんと一緒に行ってもいいですか?」

「もちろんだよ。それに、結婚したら親戚になるんだし」

「そういえばそうですね! では、そのときはよろしくお願いしますね。さあ、駅まで来たので残り半分です。ここからは私も道は分からないので、スマホの地図を見ながら、仁実さんの家まで行きましょう」

「そうだね。あと、半分……頑張ろう」


 智也さんと私が住んでいるマンションとは反対側の方面に行く。

 幸いなことに、仁実さんの家が紅花女子大学に近い。その紅花女子大学までの道のりは大通りだけだったのでかなり行きやすい。おまけに大学のキャンパスらしき建物がずっと見えているし。


「あの建物って紅花女子大学のキャンパスかな?」

「きっとそうだと思います」

「そっか。さすが関東にある大学は、女子大でも立派なキャンパスなんだなぁ」


 郊外である桜花市だからこそ、しっかりとしたキャンパスを建てることができたのかもしれない。それに、文系の女子大学として人気の高い大学で、私もこれまでに何度か紅花女子大学の名前は聞いたことがある。

 大学の近くになると、学生さんらしき女性もちらほら見かけるように。夏休みでもサークルだったり、部活だったり、ゼミだったり。色々な理由で大学に行く人はいると思う。私もこの時期に智也さんを尾行した際、大学の入り口まで何度か行ったことがある。


「ここら辺のはずだけれど……あれかな?」


 桃花さんが指さした先にあったのは白くて綺麗な2階建てのアパートが。こういうアパートを見ると、智也さんが以前住んでいたアパートを思い出す。


「仁実さんのお部屋は103号室ですね」

「うん」


 103号室の玄関の前に行くと……ネームプレートには『結城』と書いてあった。


「ううっ、緊張するなぁ」

「アルバムやDVDで姿は知っていますが、実際に会うのはこれが初めてなので私まで緊張してきました」

「そうなんだね。よ、よぉし……インターホン、お、押しちゃうよぉ!」


 桃花さんは指を震わせながらインターホンを押した。

 ――ピンポーン。

 インターホンが鳴り、桃花さんは全身を震わせている。今からこんなに緊張していたら、仁実さんとまともに話すことができるのかな。

 しかし、そんな桃花さんとは裏腹に、仁実さんが中から出てくる気配が感じられない。


「あ、あれ?」


 すると、桃花さんは何度もインターホンを押す。


「……出てこないよ、美来ちゃん」

「そうですね。中から物音が全く聞こえてきません」

「も、もしかして……何かあったのかな?」


 どうしよう、と桃花さんの顔色が悪くなっていく。


「大学に用があったり、喫茶店のバイトに行っていたり、どこかに遊びに行っていたりしているのでは?」

「そうだといいけれど……」


 やっぱり、事前に電話やメッセージで会いに行くって伝えるべきだったのかな。突然行くと、今みたいに会えないこともあるし。


「仁実ちゃんの知り合いの子ですか?」


 そんな声が聞こえたので周りを見てみると、102号室の玄関から黒髪のロングヘアの女性が姿を現した。


「は、はい! ひとみん……じゃなくて、仁実ちゃんとは地元の幼なじみで。夏休みなのでこちらに遊びに来たのですが……」

「そうだったんですか。シフトはいつか分からないですけど、仁実ちゃん……桜花駅の近くにある喫茶店でこの夏休みからバイトをしているんです。あと、茶道サークルにも入っているので、大学に行っているかも……」

「そうですか。教えていただきありがとうございます」

「いえいえ」


 私達にお辞儀をすると、黒髪の女性は家の中に入っていった。バイトやサークルのことまで知っているということは、彼女は仁実さんのお友達なのかな。


「ここは仁実さんに電話を掛けた方が良さそうですね」

「そうだね。じゃあ……電話、掛けてみる!」


 スマートフォンを持つ桃花さんの手が凄く震えている。大丈夫かな。凄く不安。


「あっ、ひとみん! も、桃花だけれど!」

「落ち着いてください、桃花さん」

「……う、うん。あっ、え、えっと……じ、実はお兄ちゃんと結婚を前提に付き合っている女の子と一緒に、ひとみんの家の前まで来たんだけどね。うん、うん……」


 さっきまでとても緊張していたのに、電話越しでも仁実さんの声を聞いたからか、桃花さんは段々と柔らかい笑みへと変わっていく。


「分かった。じゃあ、大学でね」


 通話を切ると、桃花さんはほっと胸を撫で下ろしていた。


「今日はサークルの集まりがあったんだって。だから、大学で待ち合わせをすることになったよ。着いたら一言メッセージを送ってだって」

「なるほどです。では、大学の方へ行きましょう」


 仁実さんの住んでいるアパートから、紅花女子大学までは徒歩で3分ほど。大きなキャンパスが見えていたので難なく行けた。入り口の所で桃花さんがメッセージを送るために一旦立ち止まる。


「うわあ……」


 天羽女子高校も立派な校舎だけれど、さすがに大学になると天羽女子でも比べものにならないくらいの立派なキャンパスだ。


「ひとみんからすぐに来るっていうメッセージが来たよ。ここで待っていよう」

「はい」


 正門前で仁実さんを待っている間、何人かの学生さんが大学のキャンパスに入っていくけれど、大抵の学生さんはこっちの方を見てくる。


「何だかこっちを見てくる学生さんが多いですね」

「きっと、美来ちゃんが可愛いからだよ。背が高くてスタイルは抜群だし、顔も可愛いし、ノースリーブのYシャツもとても似合っているし」


 智也さんが腋フェチであることが分かってからは、暑い日は基本的にノースリーブの服を着るようにしている。それに、ノースリーブは涼しいから。


「桃花さんこそ可愛いですし、白いワンピースがお似合いですよ。仁実さんに会うから気合いを入れたんですか?」

「気合いを入れたというか……このワンピースがお気に入りだからね」

「ふふっ、そうですか」


 好きな服を着た自分を見せるというのは素敵だと思う。本当に可愛いから、一目見た瞬間に仁実さんもキュンときちゃうかも。


「お待たせ!」

「あっ、ひとみん!」


 すると、デニムにTシャツというとてもラフな恰好の女性が、手を振りながらこっちに近づいてくる。背が高いけれど、茶髪のポニーテールにあの顔つき……アルバムやDVDで見た結城仁実さんだ。


「モモちゃん、ひさしぶりだね。急にモモちゃんがあたしの家の前にいるって電話で言うからビックリしちゃったよ」

「ご、ごめんね。夏休みだし、久しぶりにお兄ちゃんに会いにきたんだよ。お兄ちゃんとこちらの彼女さんが同棲している家、実はここから歩ける距離なんだ」

「へえ、そうなんだ。じゃあ、さっき電話で言っていたトモくんの彼女さんって……うわっ、すっごく美人で可愛い!」


 すると、仁実さんは目を輝かせて私のことを見てくる。できれば、その目で桃花さんのことを見てほしいな。


「初めまして、朝比奈美来と申します。高校1年です。智也さんとは3ヶ月ほど前から付き合い始めて、半月ほど前から桜花駅近くのマンションで同棲し始めました」

「へえ、そうなんだね! 高校1年生で結婚相手がいるなんて。しかも、それがトモくんか。あと、凄く大人っぽいね。大学生でも通用するよ。……あっ、あたしは結城仁実。ここ紅花女子大学の文学部英文学科の1年生です。今日は茶道サークルの集まりで大学に来ているんだ。モモちゃんから話は聞いているかもしれないけど、彼女は幼なじみでトモくんとは小さい頃にお盆やお正月によく遊んでいたよ。これからよろしくね」

「はい、よろしくお願いします」


 仁実さんは私と握手をすると、爽やかな笑みを浮かべてくれるのであった。

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