第37話『帰る日の朝』

 8月19日、金曜日。

 ゆっくりと目を覚ますと、部屋は薄暗いけど、カーテンの隙間から陽の光が差し込んでいるのが見える。


「おはようございます、智也さん」

「おはよう、美来」


 昨日とは違い、僕よりも先に美来は起きていたようだ。僕と眼が合うと、美来はニッコリと笑ってキスをした。

 昨日はイチャイチャしてそのまま眠ってしまったので、僕も美来もまだ裸だけど、ふとんの中に入っているからかとても温かい。


「今、何時かな?」

「午前6時ちょっと前ですね」

「そっか……」


 昨日と同じように、普段の休みのときも早い時間に起きたんだな。平日ならこのくらいだけれど。昨晩もお酒を呑んで、美来とたっぷりとイチャイチャしていたから、もっと寝ていたと思っていたんだけど。


「美来も起きるのが早いね。まあ、僕みたいにお酒を呑んでいないからかな」

「それもあると思いますけど、智也さんの寝顔を見ながら朝を迎えたかったので」

「そ、そうなんだ」


 確か、スマートフォンに僕の寝顔を写した写真があったはずだけど。あれはカウントされていないのかな。あとは、昨日は僕が先に起きたから、今日は自分が先に起きたかったのかもしれない。


「でも、目を覚ますと笑っている美来がいるのは凄く幸せなことだね」


 このままずっと休みが続けばいいのに。


「……りょ、旅行最終日でも智也さんは素敵なことを言いますね。もしかして、まだお酒に酔っていたりしますか?」

「ぐっすり寝たから、酔いからは完全に醒めたよ」


 二日酔いみたいな感じにもなっていないし、特に体調が悪くなっているということもない。これなら帰りの運転は大丈夫かな。

 あと、今の美来の言い方だと、まるで普段は美来にいいことを言えていないみたいじゃないか。ただ、思い返すと……酔っているときはなかなか恥ずかしいことを言っているので、美来がまだ酔っているのかと言ってしまう気持ちも分かる気がする。


「なるほど。酔っている智也さんも素敵でしたので、これからは白面のときでもそんな言葉を言ってくれると嬉しいかな……なんて」

「多分、そうなるかどうかは僕のメンタル次第だろうね。そういった言葉を言っても動じない心を持たないとなかなか言えないかも」

「なるほどです。そういったところが智也さんらしくて好きですけど。ただ、酔うとそういった言葉をさらりと言えるので、そのギャップに萌えてしまう女性が続出するかもしれません。私も有紗さんもいないところで、女性と呑むのは止めた方がいいかもしれませんね。仕事繋がりであれば仕方ありませんが」

「……分かったよ」


 旅先の朝に何ていう話をしているんだか。僕のそういったところ魅力があるのかどうかは分からないけど、美来が心配している以上、これからは気を付けることにしよう。


「智也さん。今日はどうしますか?」

「……全然決めていないなぁ。チェックアウトは11時までだから、ギリギリまでいるのも一つの手かもね。もちろん、どこかに行きたい場所があれば、2カ所くらいまでなら行けると思うよ」

「なるほどです。分かりました。では、考えておきますね」

「うん。もし、チェックアウトギリギリの11時ちょっと前にここを出発して、途中でお昼ご飯を食べて家に帰ったら……夕方くらいになるかな」

「そうですか。じゃあ、今日はどうするか考えておきます」

「分かった。朝食が終わったときに聞かせてくれると嬉しいな」

「分かりました」


 僕はチェックアウトギリギリまでここにいて、途中でお昼ご飯を食べて家に帰るっていう流れでもいいと思っている。レンタカーも今日中に返せば問題ないので、いくつか彼女の行きたいところに行ってもおそらく大丈夫だと思う。


「智也さん。昨日イチャイチャしたらそのまま寝てしまって、お風呂に入っていませんから……昨日と同じように大浴場に行きませんか?」

「うん、分かった」

「昨日みたいに水代さんが出てくるんでしょうかね」

「どうだろうなぁ……」


 昨晩の感じでは、一旦お別れという雰囲気だったけど。彼女の場合、突如として現れるので、今日もお風呂に入っていたら隣にいたという可能性はありそうだ。


「万が一、僕の方に来たらすぐに美来の方に行くように言うから」

「お願いしますね」

「それじゃ、仕度をして行こうか」

「はい」


 僕達は今日も朝風呂のために大浴場へと向かった。

 水代さんが現れるかどうかドキドキしながら温泉に入ったけど、結局現れることはなかった。

 誰もいない露天風呂で思いっきり脚を伸ばし、ゆっくりと温泉を堪能するのであった。

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