エピローグ『アリア』

 美来と一緒に住み始めてからも僕らには色々なことがあった。それでも、彼女とは仲良く暮らしていて、順調に愛を育むことができている。

 同棲を始めたのは夏だったけど、時間はあっという間に過ぎていく。暑かった気候もいつしか涼しくなっていて、ついに今年も寒い冬がやってきたのであった。



 12月7日、水曜日。

 今日は全日本学生音楽コンクール・声楽部門・高校の部の全国大会が行なわれる。美来は独唱部門でエントリーしている。東京大会の9月の予選、10月の本選を突破して全国大会への切符を掴み取った。

 大会は一般の人も観覧できるので、有休を取得して僕は有紗さんと一緒に全国大会の会場へと来ている。

 午後0時半、会場が開場したので僕と有紗さんは一緒に指定の席へと向かう。


「小ホールだけれど結構立派なところなのね」

「500人くらい入りますからね」


 そういうところで1人で歌うとは。きっと、僕だったら緊張しすぎて声を出すのがやっとだと思う。


「美来ちゃん、本当に歌上手いものね。また、こういうホールで歌声が聴けると思うとワクワクしてくるよ」


 これまで、僕は有紗さんと一緒に予選と本選も応援しており、声楽部としての美来の歌唱力は実際に味わってきた。有紗さんの言うように本当に上手い。


「さあ、もうそろそろ始まるわね」

「そうですね」


 午後1時。声楽部門・高校の部の全国大会が始まる。

 全国から予選、本選を勝ち抜いてきた高校生が続々と歌唱していく。さすがに、ここまで来ただけあってみんな上手だな。


『続いては、私立天羽女子高等学校1年の朝比奈美来さんです』


 おっ、ついに美来の出番が来たか。歌うわけでもないのにこっちが緊張するな。


「何だか自分のことのように緊張してくるよ」

「そうですね。僕もです」


 有紗さんも緊張していたのか。

 大会ホームページで内容を事前に調べたら、予選では課題曲があったけど、全国大会では曲目の選定は自由。3分以上8分以内で歌唱披露する。

 ステージに美来が現れる。緊張しているからなのか、凜々しい表情で観客席の方を見ている。


「美来……」


 僕が小さく彼女の名前を口にした瞬間、美来と目が合ったような気がした。すると、彼女は急に柔らかい笑みを浮かべ始めたのだ。僕や有紗さんのことに気付いたのかな。


 美来は深くお辞儀をして、ついに歌唱し始めた。


 伸びやかで、美しく、力強く……1人で歌っているとは思えないくらいに、彼女の声には圧倒的な存在感があった。

 美来の声を聞いていると、これまで僕達が歩んできたことを思い出す。そして、色々なことを思う。たとえ、1人になっても……その想いを信じ続けて、声を出していけば誰かに想いは届くのだと。それが今、ここに繋がっているのだと。

 美来の歌唱が終わったとき、僕は拍手をしながら思わず泣いてしまった。本当によくここまでやることができたねと。


「良かったね、智也君」

「……はい」

「何泣いてるのよ、もう……」

「……色々と想うところがあって。本当に良かったなって……」

「……そう」


 有紗さんは僕の頭をそっと撫でてくれた。

 最初は緊張しているようだったけれど、段々と楽しそうに歌うようになっていく姿を見ることができたときは、本当に良かったと思った。



 その後も歌唱は続いていく。さすがに全国大会に出場するだけあって、どの生徒も上手だ。

 全ての生徒の歌唱が終わり、いよいよ結果発表に入る。1位から3位、そして特別賞が贈られる。

 特別賞、3位、2位と発表されるけれど、そこで美来の名前は呼ばれなかった。ということは、美来が1位だよな。僕はそう信じている。


『そして、第1位は……』


 その瞬間、会場は独特の緊張感に包まれた。


『私立天羽女子高等学校の朝比奈美来さん!』


 美来の名前が呼ばれた。僕の聞き間違いなのかどうか疑ったけど、ステージ上で喜んだ姿の美来があるから1位になったのは本当なんだ。


「美来ちゃん、やったね!」

「本当に良かったですよね。良かった……」


 喜びもあるけど、今は安心感の方が強かった。美来には今まで辛いことや大変なことがあったからかな。

 美来の優勝という最高の形で音楽コンクール全国大会は幕を閉じたのであった。



 午後4時。

 第1位となった美来へのインタビューが終わって、ようやく彼女と会うことができた。僕と有紗さんのことを見つけた瞬間の笑みは、第1位として自分の名前が言われたとき以上に嬉しそうに見えた。


「智也さん! 有紗さん! 私、1位になりました!」

「おめでとう、美来!」

「美来ちゃん、おめでとう!」

「ありがとうございます!」


 美来は僕のことを強く抱きしめる。僕も美来のことを抱きしめる。本当によく頑張った。この体であんなに素敵な声が出せるんだから、本当に凄い。


「智也さんや有紗さんが会場にいてくれたおかげです。あと……実はお守りとして婚約指輪をはめていました」


 そう言うと、美来は右手を見せてくる。彼女の右手の薬指には、僕からプレゼントした婚約指輪がはめられていた。


「全然気付かなかったよ」

「あたしも」

「ふふっ、そうですか。指輪をはめていると智也さんが一緒にステージに立っていてくれているような気がしました。これまでも、大事なときにはいつも智也さんがいてくれましたから。智也さん……本当にありがとうございます」

「……美来の頑張りや真っ直ぐな気持ちがあったからだよ。それが、みんなの心に響いて、美来の気持ちが届いたんだと思うよ。本当に……おめでとう」


 僕は美来の頭を優しく撫でる。

 10年前、1人で泣いていた小さな女の子が……ここまで大きくなるなんて。そして、これからもずっと僕の側にいてくれるなんて。僕は本当に美来に幸せをもらっている。たくさんな人達に支えられている。


「美来、有紗さん、そろそろ帰りましょうか」

「そうですね」

「そうね。ねえ、今日でも今週末でも、2人の家で1位になったお祝いをしようよ!」

「ありがとうございます、有紗さん。3人でゆっくりと過ごしましょう」


 美来と一緒に住み始めてからの4ヶ月の間にも本当に色々とあったけど、美来と有紗さんがこうして嬉しそうな笑顔を見せてくれて僕も嬉しい。


「智也さん」

「うん?」

「ずっと、ずっと一緒にいてくださいね。智也さんのことが大好きです!」

「うん。僕も美来のことが大好きだよ。ずっと、ずっと……一緒にいよう」


 そして、僕は美来にキスする。これからも数え切れないほどするんだろうな。


「まったく。智也君と美来ちゃんは、ラブラブなところを何度も目の前で見せつけてくれるわね」

「だって、智也さんのことが大好きなんですもん!」

「あらあら、そうですか。ふふっ、2人ともお幸せに」


 有紗さんは優しい笑顔を浮かべながらそう言った。

 美来が抱く10年来の恋心は結ばれて、僕と美来は遙か彼方に伸びている道を今も一歩ずつ一緒に歩んでいる。時には辛くて、苦しくても……お互いの存在があれば乗り越えられると思う。時には周りの力を借りながら。

 寒空の下、握っている美来の手からは確かな温もりと優しさが感じられるのであった。




本編-ARIA- おわり

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