第118話『続・親友と呑む』

 6月8日、水曜日。

 退職したけれど、厳密には退職日までは有休を消化している時期なので、僕は自宅で静養している。録画したけど、観ることができていなかったドラマやアニメを観る。勾留された時期があったからか、こうしている時間がとても楽しく思えた。




 午後7時。僕は羽賀の誘いで釈放祝いとして岡村と3人で呑むことになり、彼の家に来ている。そういえば、今の家になってからは今日が初めてだな。

 僕の釈放祝いということで、お酒とつまみは羽賀と岡村が奢ってくれた。


「とりあえず、釈放祝いで乾杯!」


 岡村のそんな音頭で僕等はそれぞれのお酒を呑み始める。ちなみに、僕はレモンサワー、羽賀は日本酒、岡村は生ビール。


「やっぱりビールは美味えな!」

「この日本酒もなかなか美味しい。今度、買い溜めをしておくか」


 本当に2人はビールと日本酒が好きなんだな。僕は色々なお酒を呑むけど。


「しかし、結局、会社からは離れることになってしまったのだな。懲戒解雇処分が撤回されたと考えればいいのかもしれないが」

「本当にあの諸澄っていうガキはムカつく奴だったな! 顔はイケメンかもしれないけど、心はブサイクな奴だったぜ! 氷室の人生をメチャメチャにしたんだから、アイツから賠償金をたっぷりと貰っちまえ!」


 岡村、さっそく酔っ払っているな。いつにも増して声がデカい。言っている内容はまともなんだけれど。


「氷室。例の事件について……諸澄司も、柚葉さんも、佐相さんも全員起訴された」

「ちゃんと起訴されたんだな」

「ああ。3人とも素直に供述してくれたからな。あと、佐相さんに協力した警察官が何人かいたことが判明し、彼らには懲戒処分が下る予定になっている」

「なるほどな。分かった」


 佐相警視に協力した警察官、そんなにいたのか。裁判所で逮捕状を発行するわけだから、裁判所の人間にも処分が下るんだろうな。


「事件に関わった人間を一通り洗い出し、事実確認が終わったので今日、氷室を誘ったのだよ。浅野さんが行きたいとごねたのだが、今日は3人でゆっくりと呑ませてくれと言っておいた。後日、浅野さんと4人で呑むことになるがそれでもいいか?」

「ああ、それはかまわないよ」


 浅野さんは浅野さんだなぁ。きっと、僕ら3人の昔話について洗いざらい質問して好き勝手に妄想するんだろうな。酷いと血をまき散らすかもしれない。


「ところで、氷室。昨日の話では、会社都合の退職ということだが……抗議をするつもりはないのか?」

「僕が釈放される前に、有紗さんを中心に僕のいた現場のチームが抗議してくれたし、さっき羽賀が言ったように懲戒解雇処分が撤回されただけマシだと思わないと。事件の影響もあって大変かもしれないけど、転職活動を頑張るよ」

「……そうか。氷室の言葉を聞けて安心した。まあ、何かあったら私に連絡してくれ」

「ああ。でも、早く転職したいよ。美来と結婚すると決めたし」

「何だとおおっ! おめでとおおっ!」


 イェーイ! と岡村は嬉しそうに叫んでいる。最近テレビで観たピン芸人みたいだな。やっぱり、岡村が過剰に反応したか。


「ほぉ、美来さんと結婚することに決めたのか。結婚式のときには私が仲人としてスピーチをしようではないか。それで、式はいつする予定なんだ? 有休を申請しなければ」


 羽賀……お前も酔っ払っているんだな。普段と変わらず爽やかな笑みを浮かべているけれども。


「まだ、美来は高校生だからね。早くても美来が高校を卒業してから結婚するつもりだよ。まあ、近いうちに一緒に暮らしたいとは思ってる」

「なるほど。それで、早く職を見つけたいということか」

「まあ……な」


 さすがに、何かしらの職に就かなければ美来の御両親が一緒に住むことを許してはくれないだろう。厳しい考えであれば、付き合うことさえも。


「共に人生を歩む人について決断できたのはせめてもの救いだな。主犯格3人には氷室の現状を知らせておくことにする。自分達のやったことでどれだけ迷惑を掛けたのかを分かってもらうために」

「……頼んだ」


 美来が側にいてくれることもそうだし、有紗さんや羽賀、岡村達が僕のことを支えてくれているからこそ、退職となってしまった今でも何とか気持ちを保てている。


「しかし、今まで考えたこともなかったが、今回の出来事を通して、愛する人が側にいるというのはいいものだと思えるようになった」

「へえ、そうなんだ」


 僕や美来、有紗さんのことを見てきてそう思ったのかな。ただ、羽賀がそういうことを言うとは意外だ。


「何だ、羽賀。お前、もしかして浅野さんのことが気になっているのか? 一緒に捜査していたそうじゃねえか」

「……浅野さんは仕事では真面目だが、どこで妄想の引き金を引くことになってしまうのかが恐ろしい。悪い人でないことは分かっているが……」

「俺も浅野さんはタイプじゃねえな。月村さんの方がタイプだし……って、あれか! 氷室が朝比奈ちゃんと結婚するってことは、月村さんはフリーなのか!」


 再び岡村は「イェーイ!」と叫ぶ。本当にいちいちうるさい男だな。

 まあ、有紗さんは岡村のことには全く興味がなさそうだったし、僕と美来が別れたらすぐに僕の彼女になると宣言したし、しばらくは誰かと付き合うことはないんじゃないかな。よっぽどの出会いがないかぎり。


「まさか、氷室が最初に結婚を決めるとはなぁ。絶対に俺が最初だと思ったんだけど」

「しかし、氷室は美来さんと10年前に出会い、プロポーズされていたではないか。氷室が最初なのは当然の結果かもしれない」

「ということは、俺と羽賀はその重要な場に居合わせていたってことか!」

「忘れていたくせに何を言っているんだか。貴様、あのときは早く次のアトラクションに行きたいと不機嫌そうだったではないか」

「まあ、それはそれ! これはこれだ!」

「まったく、貴様は大人になっても調子のいい男だな。それもお前らしいが」


 羽賀は静かに笑いながら日本酒を呑む。

 まあ、気は早いけど、結婚式の時には僕と美来の出会いの場に居合わせた羽賀と岡村にスピーチしてもらおうかな。いや、羽賀だけの方が確実か。


「氷室! 職が見つからなかったら、俺のいるところに来いよ! 俺でもできる仕事なんだから、氷室になら絶対できると思うぜ! ただし、体力があれば!」

「か、考えておくよ」


 体力はあまりないし、体育の成績もあまり良くなかったからなぁ。あと、僕、高いところはあまり得意じゃないので、建築や土木関係の仕事には向かないだろう。


「やはり、これまでと同じIT関連の企業を考えているのか?」

「そうだね。情報系の国家資格はいくつか持っているから、それを上手く使って転職できればいいなって思ってる」


 新卒採用での就職活動でも資格は大いに役立ったので、転職活動のときにも役立つと信じたい。1年ちょっとだけど実務経験もあるし。


「今の会社を退職するまで半月はあるから、転職活動に備えて今はゆっくりと休むことにするよ」

「そうか。頑張れ、氷室」

「応援してるぜ!」

「ああ、ありがとう」


 まったく、人生どうなるか分からないもんだな。良い方にも、悪い方にも。

 ただ、今後は少しでもいい方向に歩いていけるように頑張らないと。僕には朝比奈美来という愛する人がいるのだから。

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