第115話『2人の朝』

 6月5日、日曜日。

 ゆっくりと目を覚ますと、僕の隣には寝間着姿の美来が気持ち良さそうに眠っている。


「可愛い寝顔だな……」


 眠る美来の頭を優しく撫でると、美来は微笑んだ。

 僕のスマートフォンで時刻を確認すると、午前8時過ぎか。ということは、数時間ほど眠ったってことか。夫婦の営みは日付が変わった後も続いたから。

 これからはより一層しっかりしなければいけない。一生をかけて守る人もできたし。


「……智也さん?」


 美来はゆっくりと目を覚ました。


「おはよう、美来。起こしちゃったかな」

「いえいえ、そんなことはありませんよ。おはようございます」


 すると、美来はキスしてくる。あんなにも熱くて愛おしい一夜を過ごした後だからか、今までのキスよりもドキドキするな。


「8時過ぎですか。日付が変わってから寝たのに、起きるの……早かったですね」

「自然と眼が覚めちゃって」

「まだ数時間くらいしか経っていませんが大丈夫ですか? 昨日は色々とありましたし、疲れが残っているのでは? 夜遅くまでたくさん……営みましたし」

「……疲れてないって言ったら嘘になるかな」


 美来と結ばれたことですっかりと忘れていたけど、黒幕『TKS』の正体である諸澄君と対峙したのも昨日だったんだよな。もう、随分と前のように感じられる。


「ごめんなさい。私のわがままに付き合わせてしまって。その結果……日付が変わっても、あんなことをしてしまいました。思い出すだけで幸せな気持ちに包まれますね」


 顔を赤くしながらも笑みを見せてくれるところが、普段の美来らしい感じがする。昨日の夜の美来は小悪魔的な感じがした。


「あははっ、そうか。でも、美来とこうしてベッドでのんびりしているだけで疲れが取れていく気がするよ。美来の方は大丈夫?」

「眠気と疲れは残っていますが……他は特に変わりないです。智也さんの方こそ大丈夫ですか?」

「どうだろうな……」


 ゆっくりと体を起こすと、腰に痛みが。前にギックリ腰になったことがあるけど、そのときに似たような痛みだ。あとは両肩。


「体の節々がちょっと……」

「本当にごめんなさい。私のわがままで……」

「営むのは初めてだったからね」


 って、何を言っているんだか、僕は。

 そんな僕に美来はクスクスと笑っている。何だか恥ずかしい。


「僕みたいにあまり運動をしていないで体力がないと、疲れが取れにくくなったり、筋肉痛になったりするから美来も適度に運動した方がいいよ」

「……分かりました。ただ、たまには営むことで夫婦仲を深めましょう。そのことで体力を付けていくのもありかもしれません」

「そ、そうだね」


 夫婦の仲を深めていく……か。これからずっと美来と一緒に生きていくから、ゆっくりでもいいので仲を深めていくことにしよう。時には昨晩のように体を介して。


「あっ、智也さん……昨日の夜のこと思い出していたでしょう?」

「……面目ない」

「怒ってないですよ。私だって……昨日の夜のこと思い出していましたし。本当に夢のような時間でした。だって、智也さんのことをたっぷりと感じることができたんですから」

「……うん」


 僕は美来にキスする。さっきとは違ってちょっと舌を絡めさせて。


「……もうちょっと寝ようか、美来。まだ疲れが残っているんだ。ごめんね」

「いえいえ、いいんですよ。私も眠くなってきましたから。二度寝は休日にしかできないお楽しみです」

「それは同感だね。じゃあ、おやすみ」

「おやすみなさい」


 そう言って、おやすみのキスをして再び寝ようとしたときだった。

 ――プルルッ。

 スマートフォンが鳴っているな。この鳴り方だと、どちらのスマートフォンも鳴っているようだ。


「何でしょうね」

「どれどれ……」


 確認すると有紗さんから新着メッセージが届いていた。僕、美来、有紗さんの3人のグループトークのところに。


『おはよう、智也君、美来ちゃん。起きてる……かな? いい夜を過ごせた?』


 どうやら、有紗さんは自分がここから去った後の僕達の様子が気になるようだ。どうやって返信すべきか。


『おはようございます、有紗さん。起きてますよ』


 今から二度寝をしようとしていたけど、とりあえず朝の挨拶のメッセージを送って考える時間を作る。昨日の夜のことをどう伝えればいいかなぁ。


『有紗さん、おはようございます。昨晩、智也さんとは……とても素敵で忘れられない時間を過ごすことができました』


 僕が悩んでいる最中に美来がそんなメッセージを送ったのだ。


「これで……いいと思いますよ、智也さん。有紗さんなら、このメッセージで私達が昨日の夜にしたことを想像してくれると思います」

「……もし分かったら、今頃、有紗さんは顔を真っ赤にしているかもしれないね」

「ふふっ、そうでしょうね」


 随分と抽象的な表現だけど、昨晩のことは言い表している。とても素敵で忘れられない時間だった。

 有紗さんは美来からのメッセージを見てどんなことを思い抱き、僕達に対してメッセージを送ってくるのだろうか。

 ――プルルッ。

 有紗さんからのメッセージが届く。


『そっか。それは良かった。昨日は色々と考えちゃってあまり眠れなかったけれど、今の美来ちゃんのメッセージを見たら、不思議とスッキリした気分になったわ。2人が結ばれたんだって素直に思えたからなのかな』


 意外にも明るい内容だった。それでもやっぱり、有紗さん……昨晩はショックでなかなか眠れなかったんだな。


「これなら、またすぐに私達に会いにきてくれそうですね」

「そうだね。スッキリしたみたいで良かったよ」


 それはもしかしたら一時的なことかもしれないけど。それでも、きっと元気な有紗さんとはすぐに再会できると思う。


『何だか、スッキリしたら眠くなってきちゃった。おやすみ』


 という有紗さんからのメッセージが送られると、その直後に、眠っている女の子の可愛らしいキャラクタースタンプが送られてくる。


「きっと、昨晩は全然眠れてなかったんでしょうね、有紗さん」

「そうかもね。おやすみのメッセージを送って、僕達も寝ようか」

「そうですね」


 僕と美来はそれぞれ有紗さんのおやすみのメッセージを送る。すぐにそのメッセージが『既読2』となることに安心した。

 有紗さんからのメッセージで眠気が少し飛んだけれど、それでも僕と美来はすぐに二度寝をするのであった。

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