第108話『TKS』
氷室智也。
私の計画の全てを狂わせた男。
羽賀尊。
ようやく成功しようとしたところで捻り潰した男。
この2人のことはどうしても許せない。羽賀はまだしも、氷室の方は私が自ら殺害するか、無期懲役以上の実刑にならなければ気が済まない。
まあ、計画の実行犯であり、失敗しやがった佐相親子にも恨みはあるが、逮捕されたのでよしとするか。
さあ、私のアカウントが復活したことで、氷室や羽賀はどのように動いてくるか楽しみだ。あいつらは私の手の上で踊らされている。
私のツイートがどんどんリツイートされている。私の主張が全世界へと広まっている証拠だ。トレンドにも私の名前が挙がっている。
『はじめまして。あたし、ARSって言うんですけど、TKSさんにお願いがあるんです。メッセージでお話ししてもいいですか?』
ん? 何だ、このリプライは。
ARS……よく分からないが、暇つぶしに話を聞いてみるのもいいだろう。気付けば、このアカウントからフォローされている。
『いいですよ。フォローを返しましたので、あとはダイレクトメッセージの方でお願いします』
お願いというのは何なんだろうな?
おっ、さっそく『ARS』からメッセージが届いた。
『ねえ、あんた……氷室智也を嵌めた『TKS』でしょ? あたし……どうにかして、氷室智也と朝比奈美来の関係を壊してほしいのよね』
この『ARS』というアカウント、氷室や羽賀との知り合いなのか。朝比奈さんのことも知っているし、これは……面白そうだ。
『壊してほしい? それはなぜでしょう?』
『氷室智也のことが好きなの。でも、朝比奈美来のことがとっても邪魔で。朝比奈さんの方に彼の気持ちがいっているような気がするの。それがとても嫌で。2人のことを引き離してほしいの。でも、あたしじゃどうにもならなくて』
氷室智也のことが好きだと?
自分の調べた情報で、朝比奈さん以外に氷室智也が好きな人と言えば……月村有紗しかいないな。
「そういうことか」
月村有紗。有紗。ありさ。ARISA。ARS、か。
「なるほど、これは面白い」
そうか。この『ARS』というのは月村有紗のアカウントなのか。あの女はとんでもない悪女だな。朝比奈さんのことを守るような動きをしていたと思ったら、本当は2人のことを引き離したいと思っていたのか。
こいつの嫉妬心を上手く利用して、私が今までやってきたことも彼女になすりつければいいか。
『いいでしょう。協力しますよ』
『本当なの? でも、あなた……一度、失敗しているでしょ? 本当に任せて大丈夫なのかしら?』
「……ちっ」
自分から頼んできやがって、何なんだ、この態度は。こういう態度を氷室にも取っているんじゃないか? だから、朝比奈さんの方に気持ちが行く気がするのだが。
彼女の態度にはムカつくが、彼女に罪をなすりつけるためにはここは我慢しないと。
『どうすれば、今度こそ私が計画を成し遂げられると、ARSさんは信じてくれるのでしょうか?』
『これからテストをするから。それができたら信じてあげる』
本当に上から目線の女なんだな、月村有紗は。テストをさせるなんて。
ただ、全ての罪をこいつになすりつけるため。それを考えればテストの1つくらいは受けてやってもいいだろう。
『どのようなテストなのでしょうか?』
『写真を撮ってほしいの。今、2人は彼の家にいるのよ。最近、帰るときは家を出たところでキスするのが決まりみたいで。その瞬間を撮ってほしい』
そんな瞬間、絶対に撮りたくない。
しかし、2人のキスの瞬間は今まで撮影したことがない。今後、何かの証拠にするためにもそういうシーンを収めた写真は必要になるかもしれない。
『分かりました。では、どうすればいいでしょう?』
『撮影できるところまで行ったら、あたしにメッセージを送って。そうしたら、彼女に一緒に帰ろうって言うから。忘れ物があるって言ってあたしは家の中に戻るから……そうすれば、2人のキスが見られるはず。その瞬間を撮影できたら、このメッセージ機能を使って送ってきて』
というか、今のメッセージではっきりと月村有紗と分かってしまったんだが。大人も意外に馬鹿な奴ばかりなのかも。
いや、月村有紗になりすました絢瀬詩織という可能性もあり得るか。油断は禁物だ。
『分かりました。やってみます。しかし、その前に……あなたの本名を知りたい。そうでないとあなたを信頼できない』
『あなたがあたしのテストを合格できたら、正体を教えてあげる。もちろん、そのときはあなたの正体もあたしに教えてね』
『分かりました。必ず成功して見せましょう』
この『ARS』という女、本当にムカつく奴だ。しかし、全ては自分自身のため。我慢して、こいつの言うとおりにしよう。
ネットカフェを後にして、氷室智也の家があるアパートが見える場所まで向かう。土曜日の午後だが、人通りは全然ないな。本当に都内なのか?
『到着しました。2人を家から出してください』
『分かったわ。写真を撮ったらすぐに送りなさい』
ネットカフェのパソコンに慣れてしまったからか、スマートフォンは使いにくい気がしてきた。私のものだが。
家から氷室智也と朝比奈さんが出てきたぞ。まったく、紺色のシャツでペアルックしやがって。あんな姿、一度も見たことがない。
「智也さん、また明日……ここに来ますね」
「ああ、待ってるよ」
2人は口づけをする。近くに新聞を読んでいる人がいるのによくできるな。
私はその瞬間を撮影し、『ARS』の指示通り……すぐにTubutterのメッセージ機能で写真を送る。
『これで私のことを信じてくれますか?』
『あなたの正体は?』
『私の方から正体を明かせばいいんですか?』
なぜだ、なぜ……『ARS』から返事が返ってこない! これまでは自分がメッセージを送ったら、すぐに返信が届いたのに。
「あっ……」
ど、どういうことだ! このメッセージは――。
『Checkmate.』
「えっ……」
何なんだ、自分の後ろ姿が写っているこの写真は! 奥には氷室智也と朝比奈さんが口づけをしている瞬間が写っているし。
「Checkmateだよ」
この声は……月村有紗! 以前、ここで張り込んでいたとき、彼女の声を聞いたことがあるので彼女で間違いない。
ゆっくりと振り返ると、そこには羽賀尊と月村有紗が立っていた。その少し後ろには氷室と羽賀の友人である岡村大貴と、羽賀の部下の浅野千尋が立っている。その後ろには4人の後ろには大量の警察官がいる。
どういうことだ? 月村有紗はあのアパートにいたんじゃ?
「どうやら、作戦は成功のようだね、羽賀」
「そうだな、氷室。みんな、よくやってくれた」
もう一度、アパートの方を見ようとすると、すぐ目の前に氷室智也と朝比奈さんが手を繋ぎながら立っていた。その隣には新聞紙を持った絢瀬詩織もいる。
どういうことだ……どういうことなんだ! まさか……こいつらに嵌められたというのか! そんな……そんな馬鹿な!
「黒幕『TKS』は……やっぱり君だったんだね。諸澄司君」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます