第98話『Hug Kiss Sleeping』

「それでは、私は浅野さんと一緒に捜査を再開する」

「そうか。無理はするなよ」

「分かっている。氷室の方はしばらくの間、ゆっくり休むといい。2日間だったが、勾留されてとても疲れただろう?」

「ああ、心身共に疲れたよ。ゆっくりと休むつもりさ」

「そうするといい。何かあったら連絡する。では、また」

「またな」


 羽賀は更なる捜査を行なうために、浅野さんと一緒に家を後にする。

 振り返ると、すぐ目の前には美来と有紗さんがいる。2人のことを見ていると、僕は自由の身になれたんだなと実感できる。まだ事件は解決していないけど。


「智也さん、本当に帰られたんですね」

「……また、ここに来ることができるなんて。本当に良かったよ。羽賀や浅野さん達が捜査をしてくれたおかげでもあるけれど、一番は……美来や有紗さん達が重要な証拠を報道局に持って行ってくれたこと。本当に……ありがとうございます」


 僕は無実であることは僕自身が一番分かっていることだけど、多くの人のおかげでそれを証明することができたんだ。ありがとうって言葉だけじゃ足りないくらいに感謝している。

 だからこそ、必ず黒幕『TKS』の正体を明かして、逮捕しなきゃいけない。それは羽賀と浅野さんに任せることにしよう。


「私は羽賀さんから託されたものを鷺沼さんに届けただけです」

「あたしは、それを警察に妨害されないように守っただけだよ」

「……でも、それができなかったら、きっと僕は今ごろ送検されていて、冤罪によって起訴されていたかもしれません。2人はとても大きなことをしてくれました。本当に……ありがとうございます」


 僕は2人に向かって、深々と頭を下げる。


「顔を上げてください、智也さん」


 美来の言うように顔を上げると、


「……んっ」


 美来がすぐさまにキスしてきた。そういえば、美来とキスするのはひさしぶりだな。有紗さんとは、職場の人目に付かないところでキスしていたけど。


「私とキスすることは何も悪いことではありません。むしろ、しない方が……嫌なんです。だから、無実の罪でも逮捕されたからといって、何も後ろめたいことを考えなくていいんですよ」

「……ありがとう」

「もう1回しましょう。今度は智也さんから……」

「分かった」


 今度は僕の方から美来にキスする。美来の唇はふんわりとしていて柔らかいんだよな。ひさしぶりだからか、そういうことを再認識させられる。


「……あのさ。あたしがいることを忘れてない?」


 キスしていたので美来に夢中になりすぎていた。さっき、有紗さんとも抱きしめ合ったのに。有紗さん、不機嫌そうな表情をして頬を膨らましている。


「美来ちゃんにキスしたんだったら、あたしにもしてよ」

「私ばっかりでは不公平ですよね。有紗さんもずっとキスしたかったんですもんね」

「……そ、そうだよ」


 2人は10歳近くも年が違うのに、何だか美来の方がお姉さんのように見えるな。

 有紗さんは美来と入れ替わる形で俺の目の前に立つ。そっと抱きしめると、僕にキスしてきた。美来のときとは違って、優しく舌を絡ませてくる。


「有紗さん、舌を絡ませるの好きですよね」

「だって、唇を重ねるだけじゃ満足できなくなったんだもん。舌を絡ませるの……嫌なのかな? それなら止めるけど……」


 上目遣いで見てくるところがとても可愛らしい。


「嫌だなんて一言も言っていませんよ」

「……良かった」


 有紗さんはにっこり笑うと再びキスしてくる。今度は音が出てしまうくらいに激しく舌を絡ませながら。


「私も今度はああいう感じでキスしようかな」


 という美来の独り言が聞こえた。どうやら、僕と有紗さんのキスする様子を見て刺激を受けたようだ。

 何というか、早くも3人での日常が戻ってきた感じがするな。


「……あのさ。俺と母さんがここから見ていることを忘れてないか?」


 雅治さんの声が聞こえて、僕と有紗さんは慌てて唇を離した。

 リビングの方を見てみると、雅治さんと果歩さんが顔だけ出して僕達のことを見ていたのだ。


「釈放されて家に返ってきたら、さっそく娘と月村さんにキスとは、さすがは氷室君。若いときの母さんと俺のようだったぞ」

「そうだったかしら?」

「おいおい、忘れちまったのかよ。俺は昨日のことのように覚えているぞ。学生時代、特に付き合い始めた頃の俺達と言ったら……」

「氷室さん、釈放おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「まったく、母さんは恥ずかしがり屋だな! 氷室君、釈放おめでとう」

「ありがとうございます。みなさんのおかげで何とか釈放となりました」


 雅治さんは自宅前にいるマスコミ関係者に僕が無実だと主張してくれ、果歩さんは不安な美来のことを親身になって支えたと羽賀から聞いている。


「氷室君、釈放記念に一杯呑むか?」

「ありがとうございます。ただ、呑みたい気分なんですけど、勾留での疲れが溜まっているのでとても眠くて。舐めただけで寝ちゃうかもしれません。一眠りしてからでもいいですか? もしかしたら、疲れのせいで明日の朝まで寝てしまうかもしれませんが」


 雅治さんの誘いは有り難いし、正直、勾留によるストレスはあるから一杯呑みたいのが正直なところだけど。


「もちろんだ。明日と明後日は土日で休みだから、氷室君が呑みたいときに呑もう」

「ありがとうございます」

「じゃあ、私の部屋のベッドで寝てください」

「いいの?」

「はい。こういうときはふかふかのベッドで寝た方がいいと思いますから」


 確かに、あのベッドで何日か眠ったけれど、僕の家のベッドよりもふかふかでよく眠れたからな。


「じゃあ、お言葉に甘えて」

「ふふっ」

「美来ちゃん、さすがに今日は智也君が眠っている間に変なことはしないでね」

「そういう有紗さんこそ」


 何だか今の話だと、今まで僕が寝ている間に2人が何かしたように聞こえるんだけど。


「有紗さんも泊まるんですか?」

「うん。羽賀さんから例の計画の話があったとき、美来ちゃんから週末はここに泊まらないかって誘われたのよ」

「そうだったんですか」


 そうか。今日は金曜日だったんだな。勾留されているから曜日感覚がなくなってしまっていた。だから、雅治さんもさっき土日とか言っていたんだな。


「……あの、重ね重ねすみませんが、シャワーを使ってもいいですか? せめて汗だけも流したいと思って」

「そう言うと思って、お風呂の準備はできていますよ、氷室さん」

「ありがとうございます」

「寝間着は俺のを使え」

「分かりました。ありがとうございます」


 僕はお風呂に入る。さすがに、釈放されてすぐなのもあってか美来と有紗さんが入ってくることはなかった。ただ、1人でゆっくりと湯船に浸かっていると、あまりにも気持ちがいいので、つい何度も眠りそうになってしまった。

 雅治さんの寝間着を着て美来の部屋に行くと、2人が楽しそうに喋っていた。


「じゃあ、僕は寝ますね。部屋の電気は点けていても大丈夫なので気にしないでください」

「分かりました。おやすみなさい」

「おやすみ、智也君」


 僕が寝ている間に2人が何かするかもしれないけど、まあいいか。僕を無実の罪で逮捕させることに比べたら、よっぽど可愛いことなんだろうし。

 美来のベッドに横になると、どっと眠気が襲ってきて、すぐに眠りにつくのであった。

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