第80話『面会-前編-』
昨日の夜は全然眠ることができなかったな。それが原因なのか、外が明るくなるにつれて眠気と疲れが体に襲いかかってきた。
一夜明けて、僕の両親が面会しにきた。羽賀が事情を説明してくれていたそうで、両親から捜査は羽賀に任せ、僕は一貫して無実を主張しろと言われた。
実家にマスコミが押しかけたそうだけど、父さんが「息子にそんな度胸はねえ!」と一喝したそうだ。僕の無実を信じてくれることは嬉しいけど、もう少し言葉を選ぶことはできなかったのだろうか……。
両親との面会の後に取調べを受けた。どうやら、今朝のニュースで僕が美来のことをいじめから助けたと報道されたらしい。警察官から実際はわいせつ行為をしたのかと訊かれるようになった。昨日と同じく、僕は何もやっていないと強く言っておいた。
「疲れた……」
昼前に、取調べが終わって独房に連れ戻される。少しだけでもいいから、ここで眠りたいところだ。
「氷室智也。面会者が来ている」
「は、はい」
寝ようと思ったら、今度は面会か。
面会しに来てくれた人が美来かもしれないから疲れた顔をしていられないな。諸澄君だったら帰れと怒鳴ってしまうかもしれないけど。
面会室に到着すると、透明なアクリル板の向こうに、椅子に座っているスーツ姿の雅治さんがいた。
「雅治さん……」
「……氷室君」
僕と眼が合うと、雅治さんの真剣な表情は変わらないけれども、口元は笑っていた。少しほっとする中、僕はゆっくりと椅子に腰を下ろした。
「さすがに、以前、家で会ったときとは違って疲れた表情をしているな」
「面会もあったんですけど、逮捕されてからは基本的に取調べで、夜も全然眠れませんでした」
「……そうか。それは悪いタイミングで来てしまったな。すまない。美来には今日、面会するのは止めた方がいいと言うべきだな」
「いえいえ! 雅治さんの顔を見られて、少し元気になりましたし、美来と会えればもっと元気になれるんじゃないかと。正直、美来に会いたいです」
被害者という立場から、美来とは会わせてもらえないかもしれないけど、羽賀にお願いをすれば美来に会わせてくれるはずだ。
「分かった。では、家に帰ったら美来に氷室君が会いたがっていると伝えておくよ」
「お願いします」
美来と会わせてくれるということは、僕のことを無実だと信じてくれていると思っていていいんだよね。
「……正直、君の逮捕を最初に知ったとき、力が抜けてしまったよ」
「そうですか……」
「おかげで、そのときに持っていたコーヒーカップを落としてしまって、私のデスクがコーヒーまみれになってしまった」
「……何か、すみません」
それだけ、雅治さんにとって衝撃的だったってことか。
「雅治さんは僕のことをどう思っていますか。やはり、報道の通り、僕が美来に……法を犯すようなことをしたと思っていますか?」
「そんなわけがないだろう!」
雅治さんは怒った表情をして一喝した。
「氷室君は娘が……美来が10年間も愛し続けている男だ。それに、氷室君は美来のいじめのことで献身的になってくれた男でもあるんだ。そんな氷室君が美来に強制わいせつをするわけがないだろう!」
おそらく、雅治さんの抱いている怒りは僕に対してではなくて、真犯人に向けた怒りなんだろうな。
「ありがとうございます。そう言っていただけるのは嬉しいです」
「まったく、真犯人は誰なのかは知らんが、よくもまあ氷室君のことを嵌めてくれたな。逮捕までさせるってことは、警察関係者も絡んでいるんじゃないか?」
「……そうかもしれませんが、ここは警察なのでそういうことはあまり言わない方がいいかと」
「……言ってしまったものは仕方ないな。これから気をつけるとしよう」
そう言いながらも、ちょっとまずかったかも、と言わんばかりの焦った表情になり、キョロキョロと周りを見る雅治さんが面白い。
「ご自宅の方は大丈夫ですか? 羽賀……僕の親友の警察官なんですけど、彼の話では今朝の報道で、僕が美来をいじめから助けていたと報道されていたそうですが」
「俺もその報道は見た。だけど、俺が家を出たときにはマスコミ関係者が玄関前で待っているってことはなかったな。ただ、近くに家を見ている人が何人かいたから、そいつらがマスコミ関係者って可能性はありそうだが」
報道に美来の名前は出ないだろうけど、マスコミ関係者には既に被害者が朝比奈美来という女子高生だとバレているかもしれないな。
「まあ、何か訊かれたら『氷室智也は無実だ!』って一発言っておくよ」
「ありがとうございます」
美来のご家族が僕の無実を信じてくれていることは大きいな。
「氷室君。ここに面会に来たのは、君の様子を見に来たのが一番だけど、いくつか氷室君に伝えたいことがあるんだ」
「何でしょうか?」
「2つある。まずは、美来をストーカーしていた諸澄君が自宅謹慎処分となった。反省文も書かせるそうだ。ストーカーは今や立派な犯罪なので、状況によっては法的措置を執るそうだ。美来も許さないと言っているからな」
「そうですか」
へえ、学校はきちんと処分を下したのか。ただ、諸澄君に自宅謹慎処分は意味がない気がするけれど。美来の家を探したり、もしかしたら美来が僕に面会しに来ると踏んで、警視庁で待っていたりするかもしれない。
「もし、美来が面会したいときには、羽賀という警察官に連絡してください。羽賀は美来と連絡先を交換したそうなので、その旨を伝えていただければ大丈夫だと思います」
「分かった。美来に言っておこう」
「話は戻りますが、僕に伝えたい1つ目のことが諸澄君。もう1つはどんなことですか?」
「……あの日、学校で俺達が会った佐相さんのことだ」
「佐相さんですか? もしかして、美来に対するいじめのことで調査結果が纏まって、彼女にも学校から処分が下ったのですか?」
「いいや、違う。今度は佐相さんがいじめのターゲットになったことで不登校になっちまったんだ。俺の……言ったとおりになっちまったな」
「明日は我が身になるかもしれない、ですね……」
雅治さんがその言葉を口にしたとき、佐相さんは何を言っているのか分からない感じだったけど、今はそれがいじめの警告だったと分かっているのかな。
「おそらく、美来のいじめの報道があったから、いじめの中心となった佐相さんを犯罪者としていじめたのかもしれないな」
「でしょうね。ただ、怖いのはこれが連鎖してしまうかもしれないことです。もしかしたら、1年1組では新たないじめが起こっているかもしれません」
「それはあり得そうだな」
美来のいじめが起こったとき、誠実に対応していれば佐相さんのいじめはなかったのかもしれないな。クラスでのいじめを隠蔽しようとして失敗したことによる副作用と考えていいだろう。
ということは、僕と羽賀で挙げた真犯人の候補である5人は全員、今は月が丘高校にいないという状況なのか。羽賀、今日は月が丘高校に捜査しに行くと言っていたけど、今頃、捜査に苦戦してしまっているかも。
「本当は3つ目もあるのだが……」
「何ですか?」
「心して聞いてくれ。……君が会社から懲戒解雇処分を下されてしまったのだ」
「……昨日の夕方に面会に来てくれた有紗さんから直接言われましたよ。まあ、逮捕されてしまったんでそれは仕方ないかと。僕もその覚悟はできていました」
「そうか。知っているならいいのだが。ただ、君の勤めている会社による記者会見の模様を昨夜や今朝のニュースで流していたからな」
「そうですか。現場のチームメンバーが抗議してくれるそうですけど、僕が無実にならない限り、懲戒解雇処分の撤回は難しそうですね」
こればかりは僕がどうこうできる話ではない。まったく、僕の社会的地位は見事に地に落ちてしまったか。よくもやってくれたな真犯人。
「とりあえず、俺が伝えたいことは以上だ。氷室君の方は何か伝えたいことはあるかな? 特に美来に対して……」
「……さっき言ったように、面会したいときには羽賀に連絡して、彼と一緒に来てもらうようにしてください。あと、必ず無実が証明されて釈放されるから待っていて欲しいと美来に言っておいていただけませんか」
「分かった。俺達もできるだけ、氷室君が無実であると訴えていくよ」
「……ありがとうございます」
僕も取り調べのときなどに、無実を訴えていかないと。疲れが溜まってきているけれどその姿勢を崩したら、羽賀達の捜査が水の泡になってしまう。僕が罪を認め、起訴された瞬間、真犯人の計画が果たされてしまうことになるから。
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