第20話『背徳キッス』

 あまり強いお酒を飲まなかったことや、有紗さんを家に連れてきたこともあってか、酔いがかなり醒めてきていて、お風呂に入ってもいつもよりも少し強い眠気が襲ってきたくらいだ。

 お風呂から出て部屋に戻ると、美来がベッドで寝ている有紗さんの様子を見ていた。お風呂に入る前、有紗さんのことを監視しておくって言っていたけれど、まさかずっと有紗さんのことをじっと見ていたのかな。


「お風呂、気持ち良かった」

「そうでしたか。……この方、ずっと気持ち良さそうに眠っていました。しかも、智也君と寝言を言いながら。とりあえずは安心ですね」

「そっか。有紗さんなら大丈夫だよ」

「有紗……という名前なのですか」

「月村有紗さん。僕が今いる職場で一緒にお仕事をしているんだよ。僕よりも1年先輩なんだ。今は彼女から色々なことを教えてもらっているよ」

「そうなんですか……」


 有紗さんがいるからなのか、美来はずっと不機嫌そうだ。多分、やむを得ない事情があったにしても、僕が女性を連れて帰ってきてしまったことが気に入らないのだろう。有紗さんと呑むこと自体快く思っていなかったからそれは当たり前か。

 僕は冷蔵庫から取り出した冷たい麦茶を、コップ一杯一気に飲む。


「うん、美味しい」

「智也さん。月村さんのことどうするんですか?」

「どうするって言っても、まずは明日の朝まで寝かせて、その後のことについては彼女が起きたら考えればいいんじゃないかな。帰りたいって言ったら帰ってもらえばいいし」

「そうですか……」

「不安になっちゃうのは分かるよ。でも、美来が心配しているようなことはないから、大丈夫だよ」


 安心させるために美来の頭を優しく撫でると、美来は嬉しいのか帰ってから初めての笑顔を見せてくれる。


「智也さんのことは私が守りますからね! もしかしたら、これは全て彼女の作戦通りの展開で、智也さんが眠っている間に襲ってくるかもしれませんし!」

「守ってくれるのは有り難いけれど、有紗さんが僕を襲うようなことをするかな……」


 いわゆる、夜這いってやつだよね。それはさすがに考えすぎだと思うけれど。

 ただ、もし有紗さんが僕に対して恋愛感情を抱いていたら、僕の眠っている間に何かしてくる可能性は否めない。


「こうなったら、ずっと起きているのが一番かもしれません」

「美来の言うことも分かるけれど、さすがに寝たいよ。酔いが結構醒めたとはいえ、お酒を呑んだからね。お風呂に入ったからかもう眠いし」

「そうですか。なら、私だけでも……」

「その気持ちが一番嬉しいよ。ベッドの横にふとんを敷くから一緒に寝よう」


 ベッドには既に有紗さんが眠っているから、自動的にそうなるよね。それに、美来とは先週末に一緒に寝ているし。


「智也さんと一緒におふとんで……それもいいですね。興奮してしまって、眠ることができないかもしれないです」

「どうしても眠れないんだったら、僕のことを守ってもらおうかな」

「了解です」


 こんなにやる気になっちゃって。本当に眠らずに僕のことを守り切りそう。心強い女の子に好かれたものだ。

 テーブルなどを端っこに移動させ、押し入れからふとん一式を取り出して、ベッドの横に敷く。まさか、ベッドに職場の女性を寝かせて、その横に敷いたふとんに高校生の女の子と一緒に寝る日が来るとはなぁ。


「智也さん、もう寝ますか?」

「うん。ごめんね、ずっと待ってもらったのに、帰ったらすぐに眠ることになっちゃって。あと、有紗さんを連れてきちゃって」

「気にしないでください。金曜日の夜から智也さんと一緒にいたいという我が儘を聞いてくださっただけでも嬉しいですし。……月村さんのことはさておき」


 やはり、有紗さんのことには不満のご様子。それでも、ふとんの上で横になっている美来は嬉しそうな様子だった。


「じゃあ、電気を消すよ」

「はい」


 電気を消すと、窓から入ってくる月明かりと近所の家からの光のおかげで、部屋の中の様子が辛うじて分かる程度。暗さに慣れれば、もうちょっとはっきり見えてくると思う。

 僕は美来の隣で横になる。僕を守ることを意識してか、美来はベッドに近い方で横になっていた。


「ベッドに近い方に寝てくれているんだね」

「これだけでも少しは違うと思いまして」

「ありがとう」

「……ふふっ」


 そんな笑い声が聞こえた直後、美来は僕と腕を絡ませてくる。ちょうど僕の右肩に彼女の頭が乗っかる。


「智也さんにこうしていいのは私だけなんです」


 そういえば、電車の中では同じようにして有紗さんが眠っていたな。さすがに回数の多い美来の方が僕も落ち着ける。


「あの、智也さん」

「うん?」

「キスがしたいです。しても……いいですか? 月村さんがいるからか、智也さんとキスをしないと気持ちが落ち着かないんです」

「……美来に任せるよ」


 この1週間、きっと美来は僕に会いたくて頑張ってきたんだ。それで、いざ今日になって僕が帰ってきたら、そこには有紗さんもいた。

 きっと、美来は不安な気持ちでいっぱいなんだと思う。それをキスで取り除けるかもしれないなら、僕は美来の我が儘を聞いてあげたい。

 美来はまるで僕のことを押し倒したような体勢になり、そっとキスをしてくる。


「んっ……」


 何度も唇を重ね、気持ちが高ぶってきたからか、この前の心のマッサージをしたときのように舌を絡ませてきた。そんな美来のことを僕はそっと抱きしめる。


「ベッドに月村さんがいるからか、何だか先週よりも興奮しちゃいます。いけないことをしているような気がして。背徳感は興奮させるエッセンスですね。ドキドキしちゃう」

「起きたらどうしようって思ってるよ、僕は……」


 僕もドキドキしているけれど、それはきっと美来とは違う意味合いだろう。美来とキスしているところを有紗さんに見られたら、どうなってしまうんだろうって。


「見られることは恥ずかしいですけど、私はむしろこの姿を見せたいくらいです。もしかしたら、月村さんは智也さんのことが好きかもしれないじゃないですか。智也さんと私がどのくらいに親しいのかをはっきりと示した方がいいです」


 幼いときとはいえ、さすがは多くの人がいる遊園地でプロポーズをしただけある。諸澄君曰く、美来は学校で僕のことを『運命の人』だと公言しているくらいだ。好きな気持ちを示す方法が、僕とのキスシーンを見せることに変わっただけなんだろう。


「でも、段々と……キスは2人きりでするのが一番いいと思ってきました。智也さんしかいないところで、ゆっくりとキスがしたいな……」

「……そっか」


 僕も口づけをするなら、今のように誰かに見られる可能性があるときよりも、2人きりのときにしたい。


「では、今夜のキスはこれで終わりにしますね」


 そう言うと、美来は再び僕の横に寝て、腕枕をしてきた。どうやら、僕と一緒に寝るときはこうしているのが決まりになりそうだ。


「智也さん、安心して眠ってください。何かあっても、私が月村さんから智也さんを守りますから」

「それはどうもありがとう……」


 まるで有紗さんを悪者のように言っているな。美来にとって、有紗さんのことが目の敵のように感じてしまうのは致し方ないんだろうけれど。少しずつでもいいから、有紗さんがいい人であることを美来に知ってもらおう。


「じゃあ、おやすみ」

「おやすみなさい」


 美来と一緒に寝ることも慣れてきたし、酔いが残っている影響で僕は程なくして眠りにつくのであった。



 何だか気持ちいいなぁ。

 辺り一面が真っ白な世界で……まるで雲の中で仰向けになっているような感じ。程良く温かくて……あぁ、幸せだ。

 ずっと、このままだといいな――。


「にゃああっ!」


 僕の耳元で美来の叫び声が聞こえたので目が覚めてしまった。

 眠り始めてからあまり時間が経っていないのか、部屋の中はまだ暗い。急いで部屋の電気を点けてみると――。


「美来! 有紗さん!」


 ふとんの上で、美来は有紗さんに馬乗りされた状態で、キスをされていたのであった。

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