第120話 布団の中で息を呑む





ただいま。

それを心の中でも思わなくなったのは何時からだろう。


中身なんか大して入っていない鞄を降ろしつつ、俺は部屋に入った。

久しぶりの学校は、思っていたより普通で、それでも気付かないうちに大層疲れたらしい。

ぐずった子どもの様に直ぐ様制服を脱ぐと、布団に倒れる。

布団の中で、もぞもぞと寝巻きに着替えれば、もう目蓋が重い。



煩く思っていた裕也の声が、恋しいような気もする。

一人暮らしって、こんなに空っぽだったっけ。

俺は随分と寂しんぼになったらしい。

嫌だな。面倒くさい。


あ。雨だ。

窓や壁をなぞるトロりとした水達が、こぽこぽと音を立てる。



…良いなぁ。落ち着く。



少し温かくなった布団に埋まり、俺は目を閉じる。

その時、制服のポケットに入れていた携帯がぼんやりと光った。

布団から腕だけ伸ばし、それを手繰り寄せる。

見れば、拓夢からの連絡だ。


通知もバイブも切っていたので、眠りに着く前で良かったと思う。

他の人なら別に構わないが、拓夢の連絡には気付きたい——それなら通知を付けろと思うかもしれないが、其処は音が嫌いだから、仕方が無い。

あ。もう一人、洋介さんの連絡にも気付きたいなぁ。


ついこの間まで関わりのなかった彼を、思い出す。

まぁ、俺から連絡する事が多いし、その理由の大半が、発作というやつなんだけど。



[今度、洋介さんと会わせてほしい]



俺は拓夢からのその内容に、息を呑んだ。

洋介さんと拓夢が会う?

…地獄の様な時間になるんじゃないか?


俺はとりあえず、携帯から目を逸らした。




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