第110話 豆乳鍋
皆でぐるりと囲む鍋は、温かい湯気が出ている。
拓夢とお父さんは未だ夕食をとっていなかったので小皿を差し出し、お母さんに注いでもらって。中身は豆乳鍋で、とても美味しそう。
それらを口にしないお母さんとお姉さん、そしてお姉さんの膝に乗っかる妹ちゃんも、席に着き。
その姿は、正に家族団欒。
…こんな光景、本当にあるんだ。
テレビや小説の中だけだと思っていたのに。
実際に、あるんだ。
——「食べる物は自分で用意してね」——
——「さっさと消えろよ。目障りで仕方ねぇ」——
料理を用意されている事の方が少なかった。
会話をした事の方が少なかった。
邪険にされる事の方が多かった。
存在を許されない事の方が多かった。
何これ。
俺の今までって、何だったんだろう。
わかっていたけど、わかっていたけど。
こんなにも周りと自分が違うとは、思いもしなかった。
…はは、莫迦みてぇ…。
こんな事で、こんなに息がしづらくなるなんて。
大丈夫だと思っていたのに。慣れていると思っていたのに。
俺は、目の前の光景を羨ましいと思ってしまった。
同時に、決して手に入らない現実に泣きたくなった。
ぐちぐちと傷口を抉られているみたいだ。
鋭い爪を捩じ込まれて、赤黒いどろどろとした血液が滴り落ちる様な。
そんな傷みを、こんな温かな空間で感じているだなんて。
きっと誰も思いもしないんだろうな。
俺は、小さく嘲笑した。
「真琴君、ほんとに食べないの?」
「はい。お構いなく」
お母さんに声を掛けられ、笑顔で返す。
そんな俺を、拓夢がじっと見ていたが、それにも俺は笑顔で返した。
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