第98話 本心だけが、そこにはあった




戻っておいで。


その言葉に、俺は呼吸する事も忘れてしまった。



「……な、んで……」



なんで。


あまりにも小さい音で、何度も繰り返す。

もしかしたら、拓夢に聞こえていないかもしれない。



強要する訳でもなく。

宥める訳でもない。

ただただ、俺に呼びかけた。


言葉の背後には、何も無い。

たった一つ。

拓夢の本心だけが、そこにはあった。






どうして彼は、俺が一番望むものを、与えてくれるんだろう。






こんなに居心地の良い空間は、誰と居ても存在する事が、出来なかった。

智紀や裕也、それに弘樹。

彼らと居ても、無理だった。


そしてそれが、洋介さんであっても。



じんわりと温かくなる、頭の奥。

思考が、ゆらゆらと揺れていく。


けれども決して、それは不快ではなかった。



良いのだろうか。俺で。

俺が居ても、良いのだろうか。


何度も浮き上がってくるのは、不安。

それなのに、俺は口を開く。






「……会いたいよ」



俺の本心が、音に乗って流れ落ちた。






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