第71話 食べたい





「…え?何その反応…。もしかして、本当に彼氏がいるの?」


「あ…いや…」



すっと表情が無くなる裕也。

しまった。ただの冗談だったのか。

それなのに、俺は馬鹿みたいに反応してしまって…。

自分で墓穴を掘って、どうするんだ。


この状況は、まずい。

何とかして誤魔化さなければ…



「まこちゃん、嘘はいけないよ」


「……っ…」



いつの間にか、目の前に来ていた裕也に驚く。

無表情な顔を近づけられ、思わず後ろに逃げようとしてしまった。


ガタッ


椅子の音が、静まった教室に嫌に響く。



「フリーだと思ってたのになぁ…」


「な、んなのお前…。何か、変…」


「何をびくびくしてるの?まこちゃん」



笑ったその顔に、何故か居心地が悪い。

何時もの馬鹿な裕也は、どうしたんだ?

ゆったりとした動作。

どろっとした目。


たまに見せるこの裕也は、一体何なんだ?



ぐるぐると考えていたが、裕也が俺の肩に手を置いたことによって、意識を戻す。


——しまった。立ち上がって、距離を取れば良かった。



気づいた時には、もう遅く。

裕也の手は、俺の肩と後頭部に回っていた。


座っている俺と、立っている裕也。

顔を上げさせられて、目線を逸らすことも、許されない。

そんな事をしてくる意味が、解らなかった。



この手つきは、何だろう。

その笑顔は、何だろう。

この距離は、何なんだ?



理解出来ない事は、恐怖を感じる。

何故?どうして?

いつまでたっても、冷静になれなかった。



「慌ててる?」


「………」


「あは。俺ね、何時も澄ましてるまこちゃんの、違う感情を見るのが、好き」


「…きもい」


「そうだろうね。俺を拒絶するその顔、見てるとなんかね…」



そこで言葉を途切らせ、じっと俺を見つめる。

この状況だと、それが益々不快で。

俺は眉間に、皺をぎゅっと寄せた。

すると裕也は、すっと動き出して



俺の眉間を舐めた。






「食べたくなるんだけど…何でかな?」






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