第61話 薄れる白






「…背中を見してごらん」


「………」



小さく洋介さんが呟く。

聞こえてはいるけれど、俺は反応が出来なかった。

代わりに、抱き締める手を強める。


ゆっくりゆっくりと、彼の手が俺の頭を撫でた。



「大丈夫だよ。何も怖いことは、無いから。見してごらん…?」


「……ん」



この人に「大丈夫」と言われると、本当に大丈夫になってしまう。


それを怖いと思いつつ、おれは起き上がった。



そのまま着ていた学ランを脱ぎ、カッターシャツにも手をかける。

なかなか釦が、外れない。



「随分と色っぽい脱ぎ方をするね」


「……むかつく」



クスクスと笑う洋介さん。

むかつく。むかつく。

…俺の緊張を解そうとしている。


この人には、俺の気持ちなんか丸わかりなんだろう。



――それが恥ずかしくて、同時に嬉しくもあった。



上半身から、衣服が無くなる。

途端に、冷たい部屋に包まれていたことに気付かされた。


寒い。寒い。寒い。

心も身体も、震えだす。

それを誤魔化すように、俺は背中を洋介さんに向けた。



「…あぁ、大分薄くなってきたね」


「…ほんと、に…?」



洋介さんが息を吐きながら、呟いた。

その言葉に、俺は視界が滲んでいく。

右の肩甲骨の下から、左の横腹くらいまで。

そこを温かい手がなぞっていった。






そこにあったのは、包丁が俺の肉を割いた後。

白く浮き上がっていたそれは、消えてきているらしい。





それが嬉しくて、声が震えた。





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