第50話 もう





全員の動きが止まった。

突然の第三者からの声に、しん…と静まりかえる。





そこにいたのは、拓夢だった。




いつか様に、コーンポタージュの缶を片手に、こちらを見て立っている。



「た、く…む…」



思わず声が出た。

掠れ過ぎたそれは、誰にも聞こえなかったかもしれない。



見られた。見られた。見られた。

シャツはボタンが全て外れてはだけていて、ベルトも外され今にもズボンがずり落ちそうなこの格好。


今から何が行われるかなんて、一目瞭然だった。





…嫌われる…?





そう考え喉が、ひゅっ…と鳴る。

目の前どんどん真っ白になっていった。



元々拓夢は、男同士のこういうことに、あまり良い印象を持っていない気がする。


…そりゃそうか。

ノンケのこいつにしてみれば、男同士の色恋なんて、イレギュラーでしか無いんだろう。


こんなところを実際に見られたら、嫌悪感を抱くに決まっている。




「誰だ、お前」


「餓鬼はすっこんでろ」


「良い子は帰んなー」



男達は、だるそうに拓夢を追い払う。






…行かないで…。





声に出せない思いが、抑えられなくなる。


ギリっと唇を噛んで、必死に飲み込んだ。





もう俺に触ってくれないんだろうか。

もう温かいあの手で頭を撫でてくれないんだろうか。


もう声をかけてくれないんだろうか。



…もう会えないんだろうか。




じわりじわりと胸の痛みが広がる。


次第に震える息しか、吐き出せなくなった。






「まことを返してください」





目を逸らし、俯く俺の名前を呼ぶ拓夢。




凛としたその声に、俺は思わず顔を上げた。







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