第二十七手 安らぎの場所

 「よう帰った。敬治。」

 敬治は、神戸に戻ると、その足で三吉のアジトへと向かった。

 上納金を収め。

 そして、清川を三吉に紹介するのが、目的だ。


 「はい。三吉兄さんの援助のおかげです。」

 「構へん、構へん。ほんで………そっちの小僧は誰や。」

 三吉の目が、隣の清川に移ったので、敬治は紹介を始めた。


 「向こうで、拾ったガキですわ。ただ、中々いい腕してまんねん。

 兄さん。どうか、こいつにも、仕事回してもらえまへんか? 」

 その言葉に、周囲の舎弟達が殺気を放ち騒めく。

 が、当の三吉は、にこりと笑うと。

 「ええよ。」と即答した。


 「ええんでっか? 兄貴‼ そげな、ガキに仕事回すやなんて‼ 」

 「ギンジ、また、てめえか……」顔の傷がようやっと癒えたその男を見て、三吉は溜息を吐いた。

 しかし、この即答は敬治も拍子抜けするものだった。少しは反対されるだろうと予想していたからである。

 

 「ええか。ギンジ。わいらの世界仕事にはな……そりゃあ、そりゃあ色々な分野があるんや。例えば、頭を使わんでええ戦争ドンパチなら、お前の様な男の方がええ。せやけどな。じゃあ、お前、組の金賭けて、将棋でこの小僧に勝てるか? 」

 舎弟達は言葉を失う。

 「そういうこっちゃ。こいつらガキやけど、勝負内容によっちゃあ、お前らやサブよりも組に貢献できる力が有るんや。そんな力を。信頼出来る敬治が。わいに紹介してくれたんやで。断る理由あらへん。」


 素早く、両手を膝に付け、腰を曲げ礼をする。

 「かたじけないです。三吉兄さん……」


 「ええって事よ…………おぉ、せやせや。ほれ、忘れんうちに持って来や。約束のお前の取り分や。」

 そう言って三吉が三郎に目配せをすると、三郎は背広の内ポケットから封筒を手渡す。


 「いつも通り。取り分は半分や。せやけど、子どものお前に大金渡すのは忍びないけえの……わいが、責任もって何ぼか預かっといたる。」

 それを聞くと、敬治は清川の頭を無理やり下げさせ

 「ありがとうございやした。」と礼をして、その場を後にした。





 「なんや、ピンハネもええとこやのぉ‼ わしら五十万は稼いどった筈やで? んで、渡されたのは、二万ぽっちかいな‼ 」

 外で、封筒を開けた敬治の横で、清川はそう悪態付いた。


 「ボケ。わいらなんて、あの人らが本気になったら、奴隷の様に使われるのなんか訳あらへん。暴力や脅しを掛けられたら、イチコロや。」

 「せやけど、これやったら、ええ用に使われるだけやがな。」

 敬治は、腕を後ろ頭に組むと、初めてリラックスした表情を浮かべた。


 「ええんや。それで。向こうにわいらの利用価値がある限りは、それなりの金を貰える。わいらが飢え死にする事もあらへん。」

 その表情を見て、清川は表情をしかめる。


 ――ちゃうわ。それはちゃうで、敬治。

 人間は使う方にならな意味無い。永遠に負け犬の捨て駒やで――


 「おらー、帰ったぞ‼ チビどもー‼ 」

 そう、廃バスの見える土手から、敬治が大声を出すと、向こうから次々とやまびこの様に返事が戻ってきた。

 「敬治兄ちゃんや。」

 「おーい、皆‼ 兄ちゃんが戻ってきたでぇー‼ 」


 「うわぁああ、な、なんやねん。」

 砂煙を上げてこちらに向かってくる子どもの大群に、清川は戦慄を覚える。


 「おかえりーーー‼ 兄ちゃん‼ 」

 「ハハハ。暑苦しいわ。離れぇ、離れぇ。」


 「兄ちゃん‼ 誰や。こいつ‼ 」

 一人の少年が、清川に指を指す。

 「新しい、仲間や。食いたいもんあったら、こいつに今度から頼みや。」

 そう言って、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 「ホンマかーー‼ お菓子買ってくれーー‼ 」

 一気に、子ども達が清川に群がった。


 「どぅわああ‼ お前ら、シャレにならん位臭ぁわぁ‼ 勘弁せぇーー」

 悲鳴を挙げる清川を見て、敬治は年相応の笑みを見せ続けた。


 「敬治兄ちゃん………」

 そんな時。しおらしい声が、敬治を呼ぶ。

 「ひまわりか………どしたんや‼ その格好‼ 」

 ひまわりは、確実ではないが、敬治より四つか五つ程年下と、ひまわりの兄から聞いていた。

 しかし、今の彼女は、顔に化粧を施し、肌が大きく見えるドレスに身を包み。まるで娼婦の様に変貌を遂げていた。


 「う、うん……変? 」

 敬治は、首を横に振って、問い続ける。

 「そうやない⁉

 なして、皿洗いのお前が、娼婦商品の格好させられとんねん‼ 」


 「ま、ママさんがね………そろそろ、お客さんとってみたらどうか……?って、言ってくれて………昨日からお店の方に出たんよ。」


 「あかん‼ お前がそんな商売せんでも、わいの稼ぎで何とかしたる‼ 」


 「大丈夫よ。敬治兄ちゃん。別に変な事するお店やない。

 お客さんにお酒注ぐだけの、簡単なお仕事やで? 」


 敬治は首を振って、その小さな両肩を掴んだ。

 「絶対許さへんで。」

 その真剣な眼を見て、ひまわりは少し困惑し………そして、微笑んだ。

 「わかった。明日、ママさんに、やっぱり出来へんって、断っとくね。」


 「おあーーーーー‼ 敬治ぃ‼ そのべっぴんは誰やーーー。紹介してくれやーー」

 清川が子どもの大群を振り切って、そんな大声をこちらに発してきた。


 「ここの、炊事、洗濯、その他、家事係隊長の『ひまわり』や。

 ひまわり、こいつは、キヨって言う。中々将棋が強かったさかい。

 わいの分まで稼いでもらお思うて、ミナミから拾ってきた。

 こいつも………今日から、ここの仲間やで。」


 「よろしゅう。キヨさん。」

 そう笑ったひまわりを。清川は何とも言えぬ表情で……

 「き、清川です‼ よろしゅう‼ ひまわりさん‼ 」

 敬治は、その照れる清川を見て、また、緊張を解いた笑みを見せた。

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