第二十三手 拘留
「バァアアン」と、敬治の動きの直後、扉が激しく開かれた。
「大阪府警や‼ お前ら、全員賭博罪でしょっ引いたる‼ 全員抵抗すなよ! 」
「! 」池谷を含め、その場に居た全員が、一斉に入り口に目を移した。
その時、視線がそこに向かっていなかったのは、その場に居た者で、敬治と清川だけだ。清川は、敬治から渡された金を握りしめると、素早くズボンの中に入れる。
「おいおいおい。なんや、何事や。」
外には、野次馬が出来ており、警察官が「近づくな! 」と、怒鳴りながらそれを制していた。
「博打らしいで。」
「嫌やわぁ。こんな目立たんとこで? 」
「あほ、目立たんさかい、こうやってのさばっとったんやろ。」
野次馬の乱暴な声を聴きながら、彼らは警察署へと送られた。
夏だというのに、ひんやりと冷たい留置場の地面は、ぎゅうぎゅうに詰められ蒸し風呂と化していたそこの唯一の拠り所だった。どうやら、清川は別の留置場に入ったらしい。周囲には見当たらない。
「次の奴、取り調べや。出て来い。」そう言うと続けて「お前や。」と、人相の悪いその警察官が、敬治に指を指した。
「助かったわ。気分悪ぅて、死にそうやったさかい。」
警察官は、敬治を見て、その強面の顔を歪めた。
「子どもかい………気の毒なのぉ……
お前の担当は、鬼刑事の異名を持つ金本さんや。
あの人は、子どもでも容赦せんさかい。覚悟しとけや? 」
「わいと同じ歳位の奴は、もう取り調べ済んだか? 相棒なんで心配での。」
警察官はじろりと睨むと「調子乗んな。黙っとけ。」とだけ返し、以降は一言も発さなかった。
「ここや。入れ。」そこは、薄暗く辛気臭い場所であった。
敬治が、ドアを開けると、狭い部屋に煙草の染み付いた臭いが、鼻を衝く。
目の前の、小さな机を裸電球が照らしている。
「なんや、次の博徒は随分と小さいの…………」
中にいた背広姿の方の男が、そこまで言って声を止めた。
「お前は………」
「‼ 」
その男は、機関車で会った、あの幼い兄弟の父親であった。
「あそこで、賭け将棋をのぉ……」
「せやから、わいと連れは、賭けとらん。証拠に銭を持っとらんやろ。」
「こっちの質問にだけ答えんかい‼ 」もう一人の制服姿の警察官がそう言うと乱暴に机を叩いた。
「………何や。大阪府警さんは子どもを恫喝すんのかいな。」
「黙りや。
あそこに居ったっちゅうのは、博打しようたって言うとるようなもんや。
つまらん嘘つくなや。」
背広の男……機関車で会った男は、顔の前で組んだ両手の向こうから鋭く瞳を光らせる。
――あかんな、こっちのおっさんは、どうにも一筋縄じゃいかんで――
その後は、沈黙が続く。
「金本さん………」堪らず、書記をしていた警察官が声を掛けた。
「おい。
「畝さん……ですか? 」
「おう、ちょっと、わしはこのガキと話したいけぇの。悪いけど、ちょっと取り調べ変わってもらう様に頼んどいてくれや。」
その言葉に、制服の警察官は一瞬驚いたが、すぐに敬礼を行う。
「はっ、畏まりました。」そう言うと、部屋を出て行く。
「どういうこっちゃ。」状況の読めない敬治は、堪らず問う。
「お前にチャンスをやるわ。」
「チャンスやと? 」
金本は「ふー」と息を吐くと、椅子の背もたれに思いっきり寄りかかる。
「お前の居った賭場は『将棋』を
そして、背もたれの反動を使って、敬治の顔に一気に詰めた。
「わしと、将棋を指せ。お前が勝てたら、わしの権力で証拠不十分にして、お前と、連れや言う奴を保釈扱いで出したるわ。」
敬治は、その提案に思わず息を吞む。
「チョコの借りはこのチャンスで返したで。
後は、お前がどれ程のモンか、わしに見せてみいや。」
取調室のすぐ向かいの部屋に、金本は敬治を呼び寄せた。
「ここは、書庫でな。滅多に人も来んから、警戒せんでええぞ。」
そう言うと、金本は脚付の将棋盤を床に乱暴に置いた。
「わしは、警察になる前、本気で将棋指しを目指しとったんじゃ。
じゃからかのぉ……どうにも、将棋で賭けする奴が気にくわん。」
敬治は、向かいに腰を降ろすと、それを鼻で笑った。
「その理論は破綻しとるわ。
あんたが、目指しょーた、その将棋指しも給料を上げる為には相手に勝ち続けにゃあならん。結局やりょーる事は、賭けと変わらん。ただ、仕事として、お国に認められとるか、どうかっちゅうだけや。」
「正論じゃな。じゃが、その『お国に認められとる』ちゅうのが、大きな差なんじゃ。何故なら『お国が認めてない』事をしようる奴らをひっ捕らえるのが、わしらの仕事じゃからのぉ。」
「話にならんわ。」
「カン」その会話が途切れた時、盤面に駒が揃っていた。
「約束やで。」
「自分で言うのもなんじゃが、わしは所謂『キャリア組』でのぉ……ここではそれなりの権力を持っとるんじゃ。小物二人見逃すなんて、訳ない。」
敬治はその言葉を聞くと、2六歩と進めた。
「おい、お前が先手か。」
「決めとらんかったさかい。とっとと指させてもろうただけや。あかんか? そっちからでかまへんで? 」
その言葉に、金本も8四歩と進めた。
「確かに……時間が勿体なかったわ。さっさとやるか。」
――このおっさん……多分……あの公務員より……強いわ――
敬治は、その勘を感じると、一筋、頬に汗を伝わせた。
その熱戦が灯火を尽くしたのは、太陽が部屋の中を照らし始めた頃だった。
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