第四手 過去よりの決意


 「金本さんの娘さんでしょ。ほら、お母さんも、早くに亡くなってる。」


 「気の毒ね、あんな小さいのに…………どこかに身よりは居ないのかしら……」


 「でも、こんな状態でしょ?皆震災で自分の事だけで精いっぱいよ。」



 喪服に身を包み、齢僅かの少女が、そんな周囲の囁く声を聞きながら。しかし、悲しみの涙も流さず、ただ、じっと集団供養のお経を聴いていた。


 ふと、自分の上に灯りを遮るものを感じる。彼女は見上げた。

 そこに居たのは、壮年ほどの男性だった。ひどく息も切れている。


 「おい…………えーーーっと………愛子‼ 愛子ちゃん‼ 愛子ちゃんだよな? 」

 自分の名を呼ぶその男性。怖い顔………

 そうだ………お祖父ちゃんと一緒に会った………


 「…………嘘だろ………金本さん………」

 その男は、愛子が抱える遺影を見て絶句する。


 しかし、すぐに視線を愛子に戻すと、とても強い力で愛子を抱きしめた。

 「よかった‼ 愛子ちゃん‼ 君が無事で‼ 」


 愛子は驚いた。しかし、驚愕のその感情よりもその腕を、その胸を通す、温かみが懐かしくて、嬉しくて…………



 「嫌だよぉ………

 皆死んじゃったよぉ………あたし………ひとりぼっちだよぉぉお。」


 「一人なんかじゃあない‼ 」その言葉を塗り替える様に、達川が叫ぶ。

 「いいかい? 愛子ちゃん。わしは……養子じゃが………君とは従伯父になる。それに、わしの義親父おやじさんとも、君は小さい頃におうとるよ。じゃから言うよ。はっきりとわしは言う‼ 君は一人じゃあない‼ 家族わしらる‼ 」


 あの震災以降、愛子が泣かなかったのは

 悲しみを我慢していたからじゃあない。

 認めていなかったのだ。


 いや、違う。

 認めたくなかったのだ。

 この現実がもたらした結果。その事実と真実に。

 その恐怖を受け入れて

 その彼女にとって怖すぎる現実を受け入れて

 愛子は、達川の胸で泣いた。


 大声で泣いた。


 そうしなければ。

 人は前になど、到底進めやしない。



――――――――


 「いいかい? 愛子ちゃん。これからわしと約束をしてほしい。」

 「約束? 」愛子が首を傾げる。

 「なぁに、些細な事じゃよ。」


 「これから、わしらは、わしがお世話になっとる達川さん……君のお祖父さんのお姉さんの神社で暮らす事になる。

 昼間は、手伝いの人も来るが、君は学校じゃから、あんまり会う事もない 

じゃろ。基本わしと二人で暮らす事になる。」


 愛子は黙って、達川の言葉に耳を傾けている。


「その中でな。わしの事は『近所の将棋を教えてくれる爺さん』と思ってほしい。」

 愛子が、はっきりと眉をしかめ「ん? 」と呟く。

 「あんな? わし自身が子どもの頃、親と一緒に過ごしたことが無いんじゃよ。じゃからな? 親が子どもに、どうしてやったらいいんのんか…………わからんのんよ。」


 達川が、おどけてそんな重い事を言うものだから、愛子は言葉を失う。


 「うん、じゃけどな? 将棋を教える爺さんくらいなら、自分でも出来ると、成れると思うんよ。」

 愛子は、ぷっと吹き出した。

 「お爺ちゃんって、年には見えへんよ。」

 「うん? ほうか? ありがとの。」








 その日、夕方。

 「おーーーすっ‼ 皆来とるかぁ? 今日は、この教室に新しく入る子を紹介するぞぉ‼」耳を裂くほどの大きな声だ。愛子は思わず耳を塞いだ。


 「おおっ、やったな、佐竹君。女の子だぞ。君と同い年くらいの‼ 」愛子が自己紹介するよりも先に、学ラン姿の男子が、隣の佐竹と呼ばれた小学生をからかい始める。

 「や、止めてくださいよ‼ 全く、土生君。女子の事ばっかじゃないですか。ここには将棋を習う為に、僕は来ているんですよ? 」

 はっきりとした抑揚の声だ。

 土生と呼ばれた学ランの男子は、両手を広げておどけてみせた。

 「おいっ‼ 明‼ 全く。佐竹君をおちょくるな‼ どっちが年上かわからんわい。」


 そう言った後、愛子の肩に手を当てて、小さく呟く。

 「愛子ちゃんと、近い年の子は、あの二人じゃな。大きい方が土生明。色々あって、5年ほど前からここに来とる。確か……高校2年生くらいじゃ。この教室では恐らくあいつが一番強い。色々学ぶといい。」


 愛子は、ゆっくりと教室を見渡す。なるほど、確かに老人が多い。


 「もう一人の子が多分、君と同い年くらいかの。佐竹拓也君じゃ。去年位に明の紹介でここに来とる。彼も強いぞ。メキメキ強くなっておって、ええ刺激になる筈じゃ。」


 「か……金本………愛子です‼ ………っ‼ あっ、い、今は達川なんですけど……」

 「ええよ、愛子ちゃん。」申し訳なさそうに、こちらを見る愛子に達川が優しく微笑んだ。


 「ほうよほうよ‼ よぉおし‼ 俺は‼ 愛ちゃんって呼ぶぞぉおおお‼ あっっいちゃ~~~ん‼ 」ふざけたトーンで土生が横やりを入れた。


 「全く。これで、将棋が強くなければ、絶対に関わらない人間なのに………」佐竹が呆れた様に眼鏡を外す。


 「私…………」愛子が話を続けたので、全員が耳を再度傾けた。


 「死んだお祖父ちゃん達に……

 天国まで届く様に……喜んでもらえる様に………」

 



 「将棋で、プロになりたいです。」

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