第十四手 変わらぬもの、変わるもの
「由紀ぃ、晩飯食ったら、今日は祭り行くぞ祭り!」
二日目の夕食時、突然の提案が達川から放たれた。
由紀は、箸で掴んでいた筑前煮のサトイモを落とし、その顔を見つめた。
「お、お祭り……ですか?」
長谷川が、ティッシュで、そのサトイモを拾って言う。
「こんな、早い時期にお祭りなんてやってるの?今週の土曜夜店じゃなくて?」
「ビシッ」と、箸を長谷川に指し「ちっちっち」と左手の示指を揺らしてみせる。
「愛ちゃん……お行儀悪いよ……」呆れた顔で長谷川が諌める。
「なーんと、メイトンマート(近所のスーパー)の駐車場で、やってんだな。
これが。ほれ、今日のチラシ。」
そう言って、長谷川にチラシを手渡し、由紀も首を伸ばしてそれを見る。
「へ~、本当………ダッ!⁈」長谷川の語尾が明らかにおかしかった。
「なんだ?絵美菜?どした?」
「う、ううん、何でもないのよ」、言いながら達川に見えない角度から、由紀の手を肘で突き、指で、そこに書いてある言葉を示す。
魔法少女英雄、セーラーマギカたちがやってくる。セーラーマギカショー。
「ピシ」と二人は、自分たちにひびの入る音が聞こえた。
「こ、これは……行かなきゃ駄目ね。由紀ちゃん。」言いながら既に失礼なほど顔が笑っている。
「よーし、じゃあ、飯食ったら行くぞー。」
由紀は、ため息をつき、サトイモを口に運んだ。
祭りの後の余韻を味わいながら、三人は達川の家への岐路についていた。
「いんや~素晴らしいお祭りじゃったわ~~。」特に達川は感嘆に浸っていた。
逆に、由紀は、俯き元気がなく、長谷川は、その横で頬を膨らませ笑いを堪えていた。
「うふふ~まさか、真の目的はショーではなく、その後のグッズの当たるビンゴ大会だったとはね~迂闊だったわ~。しかも、自分で当てておいて、壇上に由紀ちゃんに取りに行かせるなんて、思いもよらなかったわ~。」
「ええ、あたしもまさか、この齢で『小さなお友達』て言われるとは思いもしませんでした。」すると、前を気分よく歩いていた達川が、足を止めた。
二人は――聞こえた?――と思ったが、違った。
「ここの田んぼな、来年埋め立てて分譲住宅になるらしいぜ。」
達川の言葉を聞き、見渡すと確かに今まで歩いていた道は田んぼの側道であった。
「爺ちゃんが言ってたんだけどさ、これから色々この辺や、うちらの生活もさ、変わっていくんだろうってよく話すんだよ。」
「……どうしたの?愛ちゃん?」
達川は、頭を掻いて、横を向く。
「いや……私も去年は絵美菜と、仲良くなって……今年は不思議な出会いだったけど由紀まで家に泊めて……こうやって三人で過ごせるなんてさ……将棋仲間を探してた時は思いもよらなかったんだよ……絶対見つける、将棋を指したい奴がいるって……思ってたけどさ………あんたらに会えて……あんたらが居てくれて……よかったなって……思ってさ。」
由紀は口を開いたままだった。あの達川からそんな言葉が漏れたことに驚きを隠せなかった。すると、由紀の隣から、長谷川が走って達川に飛びついた。
「なーーに、愛ちゃんったらー、それ、セーラーマギカの台詞? 」
「ば、馬鹿野郎⁉人がせっかく感謝の意をなぁ……」
長谷川の目に涙が浮かんでいた。
「絵美……」「もう、急にらしくない変な事、愛ちゃんが言うからだよ。」
「由紀ちゃん‼おいで。」長谷川に誘われ、由紀も近づく。すると両手をいっぱいに広げて長谷川が二人を抱き寄せる。
「私は変わらないよ!今日の事、ずーーっと忘れない。二人とも大好きだからね。」
鼻が当たるほど近づいた長谷川の匂いは、相変わらずいい匂いだった。
――そうか、来年お二人は、中学生だから……こうやって三人が集まるのは――
嬉しさの中に……由紀は現実の寂しさを感じていた。
そして、合宿の日々は、少女たちの絆を深めていくと同時に、その時間を一刻一刻とすり減らしていく。
五日目の朝、いよいよ明日に地方予選を控え少女たちは、最終調整に入っていた。
「やった……初めて……愛ちゃんの二枚落ちに勝った…」
達川は頷く「いい、指し筋だった。明日もその調子でな。」
「じゃあ、次は平手で。」二人が盤上に駒をもう一度並べる。
「由紀ちゃん、明日から大会だが、居飛車か振り飛車か決めたかい?」
達川の爺さんが、ちゃっかり詰めろを掛けながら由紀に問う。
「状況に合わせて、使い分けられたらと思ってます……うう~、これって必至かかってますか?」
由紀は手駒に手を置き「参りました」とお辞儀をした。
「ふむ、『おーるらうんだぁ』ちゅうやつじゃの……でも、どっちも中途半端になったら、いかんけえの……どっちかを極めといた方が自信になると思うんじゃが……まぁ、もう明日が本番じゃけぇ、まぁ……惑わせてもいかんけのぉ……そうじゃ、予選大会が終ったら、振り飛車の定石を色々教えてあげよう。」
由紀は、嬉しそうに笑い「はい、お願いします」と素直に返事した。
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