第15話 母の願い


「みちるさん、あのね、お願いがあるの」



 ハルカが居住スペースに残ってる荷物を取りに行っている間、ハルカのお母さんは、ハルカには聞こえないように、小声で私に言ってきた。



「遙の事だけど、もしも、あの子がアイドルである事に疲れてしまったら、少しでいいから、男の子に戻れる時間を作ってあげて欲しいの」



「それは————」



 ————私に出来る事なのだろうか?


 私がハルカと暮らすのは明確ではないけれど、期間が決まっている事で、私にそんな時間を作ってあげられる自信はない。


「大丈夫よ、たった数時間でもいいの。男の子として扱ってあげるだけでいい。演技でもいいから、たまにでいいから、デートしてあげて」



「で……デート?」



「遙は多分、あなたには言わないと思うけど、私ね、知ってるのよ」



「何を、ですか?」




「遙はね、みちるさんのファンだったの。あなたがデビューしてからずっと……ね」




(私のファン?嘘でしょ?)




 この3ヶ月、ほぼ毎日顔を合わせていたけど、そんな様子は全くなかった。


 私の知ってる真泉遙は、あまり口数が多いわけじゃないけど、礼儀正しくて優しくて、料理上手で家事も私よりできて女子力が高い。


 そう、先月のバレンタインも、チョコレートひとつも貰ってきてる様子がなかったし、確かに性別は男だけど、女の子と暮らしている感覚だった。


 ユキ姐さんが言っていたように、私に何かしてくるなんて事もなくかったし……



「それじゃぁ、母さん、オレもう行くね」



 私が色々考えていると、いつの間にかハルカは小さめのダンボールをひとつ抱えて、店の方に戻ってきていた。



「行こう、みちるさん。これ以上いると、お客さん来るから……」





 また商店街を通って、来た道を戻る。


 夕暮れの街は、朝とはまた別の街のようにだった。




 私のファンだったなんて、信じられないと思いながら、ハルカの後ろをついて行くと、コロッケをくれた惣菜屋さんの向かい側の電気店の前に置かれた、最新型の薄型テレビの前で、ハルカが足を止めた。



 画面に映っていたのは、一昨年私が本人役で出演していたドラマの再放送。



 この時は本当に楽しかったな……アイドルとして歌でデビューはしたけど、演技をしている時が、下手くそなりにだけど1番楽しかった気がする————




( ————そうだ!)





「明日でも、明後日でもいいから、またこの街に一緒に来よう、ハルカ————」



 後ろからハルカの上着を掴んだ。





「————私があんたを1日男にしてあげる!」





 私に出来ること、それは————

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