第66話 バースデー

 小春日和のいい日であった。


11月18日、広志の65歳の誕生日である。


「今日、ケーキ買うてくるき

 早う帰って来て」

出掛けに言われていたが

遅くなってしまった。


津田町の建築会社社長宅を出たのが

20時を過ぎていた。


 プロジェクターやパソコン、営業鞄などを

抱えて夜道を歩く。

駐車場と言っても畑の跡地なのだが

とにかく暗い。


まさに漆黒の闇である。


 出掛けに、ごちそうになった缶コーヒーの空き缶を持つ広志に

社長が「置いときよ。うちで捨てるから」と言ってくれた。

「いえいえ、ゴミが増えるので持って帰ります。

 車にゴミ箱があるんで」


車の後部座席のドアを開ける。

よっこらしょ、えーと、この缶どこに捨てよかな

実際にはゴミ箱はないのだが

まずは、鞄を下ろす前にこれを片付けないかん・・


 後部座席に上半身を突っ込んだ姿勢の広志に

左側から、突進する黒い影が!

バシーン!!強烈な衝突と炸裂が起きた!!

ほんの一瞬の出来事であった。


 暴走して来た猪の牙が、広志の左横腹を

直撃した!!


何と!!しまったあ!!

電話せないかん、電話・・・。

左手が自由を失った・・・。

広志の意識は、まもなく、遠のいた・・・・。


 発見したのは、高齢者の朝刊配達人であった。


 行きに見かけた時と同じ姿勢で、後部座席に

うずくまったような広志を見て不審に思い

バイクを停め、傍に歩いて行った。


「おはようご・・・・・」

次の一瞬、思わず

後ろに飛び退がった!

腰が抜けた!


 ものすごい出血で、車の下側は

まさに血の海であった。


何と広志は、発見されるまで7時間

その状態のまま、戦っていたのだった。


 あいにく配達人は、携帯電話を持っていなかった。

彼は

「アフ、 アフ、 アフ」と叫びながら

よろよろとなりながらも

バイクに乗り、近くの公衆電話に向かった。



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