第65話 10%の支持率

 しびれもあるし、右肩は痛む。

それでも、左手1本で素振りを続ける。

短く作った自作の竹刀で。


 自分は、60歳で剣道を始めたが

小学生の時分から剣道をしている人達には

かないっこない。

それは当然である。

「基本が出来ていない」と陰口も叩かれる。

それも仕方がない。

しかし、1本でも素振りをすれば

1本分、近づけると自分では思っている。

千里の道も、まさしく1歩からなのである。


 親切に教えて下さる方もいれば

完全無視の方もいる。

それが世間である。

それが、現実の社会であろう。


 広志は、過去7回の全国転勤を思い返すたびに

自分の持論である「10%支持率」を

確信する。

全国何処で働いても、自分の支持率は10%であった。

職員さんが20人居る営業課を担当したら

2人の仲の良い支持者が自然と出来る。

2人の反目者が、これまた自然に出来てくる。

あとの16人は、「どちらでもない派」であり

どうせ、2,3年で居なくなる余所者と言う

観方だ。


 別の県に異動しても同じ比率であった。

次の県に異動しても10%は変わらなかった。


現在の剣道会を見ても

20人以上の剣士が居るが

やはり10%の支持率は自然と保たれている。


 住んでいる地域の団地も同じである。

自治会の20所帯のうち、2軒ほどは

和気藹々と過ごせて

2軒ほどは、どうも、ぎこちない。

うまく行かない。

同じように接していても

そんな按配である。


 10%の支持者とは、長年の親交が続く。

10%の不支持者とは、縁切れ状態である。

時には、もう離れて、何年も経っていると言うのに

夢に現れたりする。


 そんな支持率でありながら

最近は、少し支持者が増えてきたような

実感を広志は感じていた。


「かっこ、つけてから」と言っていた

若者が、何も言わなくなって

挨拶をしてくれるようになって来たのだ。


 剣道に、真摯に取り組む広志を

改めて見直してくれている。

そんな感じである。

これは、実に嬉しい事であり

広志を前向きにさせてくれた。


 若者のように機敏に動けなくても

広志の剣には、落ち着きがあるらしい。


 全身の無駄な力が抜けてリラックスしているそうだ。

腕や肩に力みが感じられないとも言われた。


 それでいて、ここ1番では

鋭い面打ちが来る。

華麗な連続技とか、多彩な小手打ち、胴打ちが

繰り出されるわけではないが

実に綺麗な面打ちが、いつの間にか

迫ってくる。


 そんな批評をいただいて

広志はつくづく思うのであった。

・・・あーあ、剣道を続けて来て良かったなあ。

辞めなくて良かった・・・。 と・・。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る