第48話 まず1人

 少しだけ物見が低い。慌てて面をつけたので、その分、微妙にずれている。

この際、仕方ない。直す事は出来ない。

もう始まったのだ。


 体育館の2面を使い、手前と向こうで剣士が戦う。

向こうの上の壇上には、審査員、来賓、役員が

ズラーッと並んで、こちらを見ている・・・。

メガネをしていないのでよく見えない。

広志は、いつも裸眼で稽古をしていた。

今日もそのまま戦う。


 一人目は、地元大学剣道部の学生である。

上席に礼。お互いに礼。3歩進んで、蹲踞後、立ち上がり

審判の声を待つ。

「始めえ!」

さあ、始まった!!


 無駄打ちするな、左足の引付を早く!

ジリジリ詰めろ・・石坂先生の声が聞こえたような気がした。

「イエエエイーー!!」

大きな広志の声が響いた。

相手は、瞬間固くなった。それは、見てとれた。


なかなか打ってこない。

何か、おとなしい子やなあ・・・。


 自分も初太刀を打たない。相手も打たない。

にらみ合いが続く。

心は鎮まっている。全く物音が聞こえない。

相手に集中している。

相手の竹刀の下に、自分の竹刀を潜り込ませて

様子を見る。


 それでも打って来ない。

お互いが、掛け声だけで戦っている。


手元を少しだけ下げてみた。

その瞬間!面が来た!

すかさず、自分も面に行く。

合い面であった。


 自分は、小手をよく攻められるが

この子は、小手に来ない。

どうやら、自分と同じタイプか・・。

面打ちに懸けているように見える。


 少しだけ、竹刀の先端を突き気味に出して

手元を下げて・・。

腕の力と肩の力を抜く。

指は6本、しっかりと締める。

右足を、そおおおっと、進めてえ・・・。

相手に気付かれないように進めてえ・・。


広志の面打ちが出たあ!!

1本!  打てるは打てた、が、残念、残心がとれていない。

打つだけで精一杯なのだ。

相手は、萎縮している?

それとも、高齢者なので遠慮している?

・・・それにしてもおとなしい・・・・。

・・・剣道部の現役とは、こんなものか・・・。


 時間が来た。

まず、一人終了。

勝てなかったが、負けずに済んだ。

現役の大学剣士を相手によく戦えた方だ。

そんな気持ちであった。



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