牛タン、発祥の地

夕日 ゆうや

牛タンの都 仙台

 東京の街並みを練り歩く。

 ふと、一つの看板が目に留まる。それは牛タンを主軸にしたお店の看板。

 気づいた時には私の足はその店に向かっていた。

 暖簾のれんをくぐると、鼻腔をくすぐる香ばしい香り。

 炭火で丹精に焼いたであろう肉の香り。そんな香りは空腹の胃袋に響く。

 私の胃袋が、脳が、それを欲しているのだ。

「多少、高くても構わないか……」

 今日は給料日前。私の懐事情は寂しいものだ。


「いらっしゃいませー。お一人様ですね!」

「はい」

 どうせ、私には一緒にごはんを食べる友人も、家族もいない。

「カウンターへ、どうぞ」


 私は店員さんの言う通りにカウンターに腰を掛ける。

 そしてメニューを見もせずに店員さんに注文する。

「すいません。牛タン定食……」

 そこで私は言い間違えに気づく。

「牛タン一人前と麦飯、テールスープをください」

「少々お待ちください」

 店員さんは機械を操作し注文をとる。


 注文してから、料理ができるまでに時間がかかる。こればかりはどうしようもない。

 その待ち時間を利用し、スマホをいじる。

 明日の会議の再確認だ。

 午後二時から始まる会議。その準備はもう済ませてある。

 新商品のメリットとデメリットを記載したプレゼンテーション。

 狙いの客層、それに合わせた価格、一つ当たりの原価と利益。疑問に対し答えられるような情報収集。

 そんな事を考えている内に香ばしい香りが近づいてくる。


「お待たせしました!」

 店員さんは笑顔で料理を運んでくる。


 牛タンと麦飯、テールスープ。これが仙台での決まり。私はそう思う。

 まずはテールスープ。牛テールを頬張り、熱々のまま頂く。濃いめの味付け。

 次に牛テールを口に運ぶ。油濃さは白髪ねぎで誤魔化す。

 テールスープを一通り味わった後、牛タンをおかずに麦飯を食す。

「おかしい」

 そんな言葉を口にしながら、箸を進める。

「おいしい、が何かが足りない……」

 空腹は最高のスパイス、とはいったものの牛タンとしての物足りなさを感じる。

 まず、全体的に濃い目の味付け。麦飯の割合。麦と米の割合が違う。

 そして牛タンの厚さ。これが致命的だ。三ミリ以下の厚さなのだ。


 私は食べ終えると、会計を済ませる。

 金額は二千二百円もした。いやこの際、金額などどうでもよい。

 東京の牛タンは心に響かない。空腹を満たすだけの食事。そんな感じがした。


 私は夕食を終えると、その足で駅に向かう。

 駅から新幹線で仙台に向かう。

 東京から仙台までは約二時間半。


 新幹線の中でも私の頭の中は牛タンの事で一杯だ。


 仙台で降りるとそのまま、地下鉄を利用する。

 久しぶりの仙台。何年ぶりだろうか。

 あれは確か、母が亡くなった時。五年ぶりだろうか。

 同級生もまだこちらにいるのだろうか?

 勾当台公園駅で降り、徒歩数分。


 目的のお店はちょっと入り組んだ場所にある。

 そのお店は牛タン発祥の地。

 私は暖簾をくぐる。狭い店内。

 炭火の香り。食欲をそそる香り。東京と似たような香りだが、どこか違う香り。

 言葉では表現し難い違い。

 目の端に溜まった滴を拭い、店内のカウンター席に座る。


 正直、接客は東京の方が格上かもしれない。

 私は店員さんを呼び止める。

「牛タン定食一人前と、ビール!」

 ここでは牛タン定食以外の選択肢はない。東京のような牛タンシチューやゆで牛タンなるものはない。おしゃれではないが、その無骨さがここの味だ。

「はい、わかりました!」

 店員さんは紙にペンで記入し、厨房に消えていく。

 


 十数分後。

 店員さんが料理を運んでくる。

 牛タンと麦飯、テールスープ、それにビール。

 ビールを一口。そして割り箸を割り、テールスープを頂く。

 おいしい。ほど良い塩加減。牛テールから滲み出た油が主なうま味成分。

 牛テールは口の中でほどけるようにほぐれていく。中に閉じ込められた肉汁は口の中に広がっていく。

 次いで、牛タンを箸に挟む。この時点で東京のものとは違う!

 厚みだけでなく、弾力が違うのだ。箸で触れただけで押し返す圧力に違いがあるのだ。

 口に運ぶ。咀嚼そしゃくすると、その歯ごたえは確かなもので噛めば噛むほど味が染み出る。甘めの脂。歯ごたえはあるものの食べやすいのだ。

 そして付け合わせの野菜はさっぱりとし、口の中の味を変えていく。

 麦飯もその絶妙な割合。硬めの麦と柔らかな米が口一杯に広がっていく。

 箸が進む、とはこの事だろう。

 牛タンをおかずに麦飯が消えていく。


 私は牛タンを一つだけ残す。それをシメにビールを飲み干す。


 待ち時間は十数分、食べた時間は数分。

 だがそれでも良い。

 お腹が一杯でも食べられるほどのおいしさだ。


 お会計を済ませる。千八百円ほどだ。さっさとお店をでる。

 ここは長居する場所ではないのだ。

 あくまで、牛タンを味わうお店なのだ。

 これが仙台の牛タン店。牛タンを味わう、それが皆の願望なのだ。



 明日は会議があるが今から新幹線に乗れば、十分間に合うだろう。


 おっと! お金がない事を忘れていた……。

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