秋の空は高すぎる 7

 クイズ研究会オーシャンの使用する教室に戻ってみると、奥の方に人が集まっている。さっきよりも少し人数が多い。時計を見ると11時になっていたので、シフトの交代の時間なのかもしれない。

「どうかなさいましたか」

「探偵さん、諸田が」

 矢島さんが杏奈さんの腕をつかむ。

 おろおろしているメンバーを遠ざけると、手を抑えてうずくまっている諸田さんの姿があった。

 比較的冷静な態度だった板橋さんに経緯を説明してもらう。

 僕たちが教室を後にするとサークルメンバーしか残っていなかったので、大学対抗のクイズ大会の練習も兼ねて身内のクイズ大会をやることにしたらしい。今度は司会を矢島さん、解答者を諸田さんと板橋さんがやることになった。

 一応大会の練習ということもあって、僕たちが参加した会では使われなかったボタンを板橋さん、予備として準備していたボタンを諸田さんを使用することにした。そして一問目で諸田さんがボタンを押すと、バチッという音とともに諸田さんが崩れ落ちたらしい。

「そのボタンがその辺に転がっているはずだ。くれぐれも注意しろ」

 板橋さんの警告にはい、と杏奈さんは返事する。僕が話を聞いている間、床を這いずり回っていた彼女は一枚のカードを拾い上げた。

「それは……」

「おそらく同じ犯人ですね」

 またもや暗号の書かれたカード。これで4枚目となる。

「とにかくみなさん、動かないで」

 彼女なりにどすを聞かせたからか、その場にいる人間はだれも動かない。

「諸田さん、反応できますか」

「たぶん大丈夫だと思うけど、手、手首が痛い……」

「諸田!」

 矢島さんがまたも悲鳴を上げる。それをよそに杏奈さんはいつのまにか装着したゴム手袋で何かを拾い上げていた。

「使用したボタンというのはこれですか? 床に落ちていたので」

「ああ、そうだ」

 板橋さんが一歩後ろに下がって答える。杏奈さんはそれをゆっくりと机に置いた。

「私たちには文化祭実行委員への報告の義務がありますが、よろしいですか」

 板橋さんと矢島さんがうなずく。他のメンバーはおどおどしているだけだった。

 杏奈さんは僕に文化祭実行委員への連絡を任せると、質問を重ねていった。

「このボタンは誰が用意したものですか?」

「そりゃクイ研の誰かに決まってるよ」

「予備ということですがこのボタンに他に触った方は?」

「朝には全部試し押しをしたよ。電池切れとかあったら困るし。それより後は、わかんないけど……」

 矢島さんは震える声でそう答えた。

「今日は5人になった回が2回あったんで予備も出したんすよ」

 話の輪から外れていたメンバーが声を上げる。

「いつ? どんなメンバー?」

 杏奈さんより先に矢島さんが聞く。

「1回目は初っ端っすね。お情けで実行委員の人が来てくださって、宣伝も兼ねて一戦やってもらいました。宣伝だったのでメンバーはなるべく押さないってことにして、結局実行委員の人がすべて問題を答えてくれましたよ。

 2回目は、なんだっけ」

「エコの人がわらわらやってきたんだよ。環境活動のアピール? あんなのに長々いてもらうのも困るから1回で終わらせようって」

「念のためお尋ねしますが、エコの人とは環境団体のグリーンエコですか?」

「そうそう!」

 何人もの声が重なった。相当てこずった相手らしい。名前は聞いたことがある。確か環境保全か何かの取り組みをする団体だったような。

「エコの人がやってきたのは?」

「10時少し過ぎたくらい、だと思うんすけど。ムカついてた4年生が出てボコボコにしました。文字通りあっちは手も足も出なかったっす」

 つまりストレートでクイズ研の人が勝ったということだろう。

「話を変えます。身内のクイズ大会をやろうと言い出したのは?」

「諸田です」

「このボタンを使おうと提案したのは?」

 板橋さんが手を挙げる。

「俺だ。お客さんの席を堂々と使っていると入りづらいだろう」

「そういえばクイズ大会の時の解答席からは離れてますね」

「ボタンだけ移動させればいいからな」

「3人の役割はどのような経緯で決まりましたか?」

「あたしが次司会の番だったからあたしが司会をやるって言って、諸田が予備を漁りに行ったから必然的に板橋が大会用から拝借することになった」

「その時は気付かなかった?」

「ボタンを押さないように本体を持つからね」

 矢島さんが持ち方を見せてくれる。

 杏奈さんはボタンをまじまじと観察した。

「これって売られているものですよね」

「そうだが……」

 板橋さんと矢島さんは杏奈さんの目線の先を見る。僕もそちらに視線を移動させると。しまった。

「何よ、私がやったっていうの?」

 僕たちの後に黒ブーツの女性がついてきてしまったようだ。クイズ研究会のメンバーがおろおろしていたのも彼女がいることに気付いたせいかもしれない。

「私はこの部屋になんか入ってないわよ」

「でも一番怪しいのはあなたでしょ」

 矢島さんと黒ブーツの女性がいがみ合う。

「他にいらっしゃった方はいますか? 例えば私たちが参加した回にいた2人組ですとか」

「彼らは俺と学部が一緒のカップルで、あなたたちが来る少し前に来たからすぐに並んでもらっちゃったしな」

「今日は他には2人組と3人組が一回ずつしか来てなくて、予備のボタンを持ち出すほどじゃなかったし」

 うーん、と首をひねる。

「またクイ研かー」

 実行委員の人がやってくる。確か昨日石丸と呼ばれていた人に違いない。また、という言葉にピリピリした空気が感じられる。

 石丸さんはポンと杏奈さんの肩をたたいた。

「小宮山さん、向こうをよろしく」

 石丸さんは杏奈さんの耳元でそう囁くと、「えー、まあやってないってことなら――」と両者の間に立って話を進める。

 僕たちは戸口から顔をのぞかせている人たちへと駆け寄っていった。

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