第116話 願いの叶え人

「……む、むぐぉ〜! ふんぐぅぅあ〜……!」


 (尻から)行くべき場所へと降り立った、俺の勇姿に対する反応は様々。


「龍太君……大丈夫?」

「さすが龍太様! 敢えて尻から着地してダメージを被り、ハンデを背負われるとは! そこに痺れる! 憧れ――」

「いや明らかに足滑らせとったやろッ!?」

「……やっぱり逃げた方が……」

「尻の筋肉は強靭であり、一度緊張すると緩みにくい。そこを敢えて硬化させ、ダメージを軽減したというのか……! そこに気が付くとは、奴はやはりある種の天才……!?」


 ――いやどう見ても超痛がってんだろーが! 固める前に激突してんだよこっちは! 畜生、ここに来て思わぬアクシデントだッ……!


 しかも伊葉さんとかめっちゃ冷めた視線で見てるし。所長さんに至っては目も合わせてくれないよ!?


「……」


 一方、瀧上さんは呆れる様子も怒る様子も見せず、ただ腕を組んで静かに俺を待ち続けている。俺のズッコケで空気がブッ壊れている中、彼だけは何一つ変わっていなかった。


 ――さすがじゃないか。この程度のハプニング、どうってことないってか? ようし、俺も寝てばかりじゃいられないなッ……!


「……そ、その鉄兜の中で、どんな顔してるのかは知らないが……俺をバカにしていられるのは、今のうちだってことを見せてやるぜッ……!」


 俺は両手で尻を押さえながらも内股で立ち上がり、そのままチョコチョコと蟹歩きの要領で、瀧上さんの待つアリーナの中央へ向かう。想像を絶するほどマヌケな格好ではあるが、こうでもしなければ前に進めないのだから仕方ない。


 ――だってまだ痛み引いてないんだもん。


 そんな俺の動きが見ていられないのか、後ろから救芽井と矢村のため息が聞こえて来る。なんでだよ! 心配してよ! 腰の骨折れるかと思ったんだよ!?


「お兄様! あれはもしや!?」

「うむ。まさかこの目で見ることになるとは思わなかったが……あれこそ中国に伝わりし『酔拳』のプレリュードなのだッ!」

「……もはや公開処刑……」


 久水兄妹は久水兄妹で、なんか変な方向性に納得して相槌打ってるし。四郷は以前の冷ややかな目線に戻ってるし。……ああもう、最終戦のムードじゃないだろコレはッ!


 ――そうやって思考を巡らせながら歩いていれば、時間も短く感じられるものらしい。気がつけば、俺はもう瀧上さんの目前にたどり着いていた。


「うおっ……!?」

「ようやく来たな。オレの目の前に来た以上、挑戦への答えは聞くまでもなさそうだが」


 ……こうして見ると、やはりデカイ。「新人類の身体」形態になった時から、体格が格段に大きくなっていたことは解っていたつもりでいたけど……近くに立ってみると、その桁違いのサイズってものを改めて思い知らされてしまう。

 腕の太さや足の太さは、俺の倍以上。もしかしたら、三倍に届くかも知れないレベルだ。身長も二メートルを軽く越しているだけあって、俺の目線なんて彼の腹筋程度の高さしかない。

 ――それにしても、彼の赤黒く塗られたボディのあちこちにある、小さな亀裂は何なのだろう。元々参加するつもりはなかったから、メンテを怠っていた……としても、さすがにボロボロ過ぎる。

 ……まるで、この身体そのものが、孵化する寸前の卵であるかのようだ。


 しかも、近くに立ってみて初めて気づいたのだが――ものすごく臭う。なんだコレ……鉄の臭い、なのか……?

 鉄板を触った手によく付いているような、あの臭い。それが何十倍にも増幅されたかのような異臭が、彼の全身から放たれている。もしかしたら、かなり錆びている部分もあるのかも知れない。


「すまんな。この『勲章』は臭うだろうが、我慢してくれ」

「『勲章』……?」


 口先で謝っているような言葉を並べてはいるが、その憮然とした態度からは反省しているような印象は微塵も感じられない。圧倒的な体格差もあって、むしろ俺が窘められているかのような絵面になってしまっている。


 ――何の勲章なんだよ。「自分が決めた」悪を殺してきた時に付いた傷だったりすんのか? 清々しい程に自分のしてきたことに後ろめたさを見せないことも大概だが、自分の勝ちが解りきってる、みたいな面してるのが、輪を掛けて腹立たしい。


 俺は別に、この人と付き合いが長いわけじゃない。それどころか、ちゃんと向き合って話すのも今回が初めてだ。

 本当なら、人から話を聞くだけじゃなく、自分の目で彼の人物像を見極めるべきだったのかも知れない。噂に尾鰭が付く、なんて話はザラにあるんだし。

 だが――もし何も知らないまま、この人とこうして向き合っていたとしても、すぐに仲良くなれたとは思えない。なぜなら、直に相対しているだけでも解るのだから。

 ……この瀧上凱樹という人物から放たれている、触れる者全てに襲い掛からんとする殺気と、自分以外の全てを見下す、冷酷な視線が。


「にしても、やたらひび割れだからけの身体だな。そんなボロボロでも、俺をひねるくらい楽勝だってのか?」

「他に理由があると思うか」


 ようやく尻の痛みが引き、元通りの姿勢に戻ってきたところで、俺はムスッとした表情で瀧上さんに食ってかかる――のだが、向こうはさらにこちらの怒気を煽るかのような言葉を返して来る。


「この『勲章』をぶら下げながら戦うのは、正直難しいのだがな。君を相手にするなら、このくらいが丁度いいと判断したまでのことだ」

「――傷が『勲章』、ねぇ。何を誇りにしようがあんたの勝手だけど、舐めプが原因で足元掬われたら恥ずかしいってことは覚えといた方がいいぜ」

「君も、自分が誰を相手に偉そうな説教を垂れていたのか、試合の後もしっかりと記憶に刻んでおくことだ。同じ轍を踏んで恥をかかないように、な」


 ……言ってくれるじゃないか。こりゃあ、個人的にもギャフンと言わせないことには、腹の虫が収まりそうにない。もちろん、最終的に四郷を助けることが大前提だけどな。


「――そうだ。ただ戦うだけでは、試験の意味を成すまい。命懸けで、人々の命を救いに向かうヒーローを輩出するというのなら、それに応じた状況を作らなくてはな」

「……なに?」


 すると、瀧上さんは何かを思い付いたかのように、不穏な空気を口先から漂わせてきた。それに応じた状況……? 何を言い出すつもりだ……?


「行動不能に追いやるか、ギブアップするか。そんな甘いルールで認められたヒーローが、人々を守ることなど断じて不可能だ。やるからには、『文字通り』命を懸けなくてはな」


「――まさか!?」


「そう。生きるか死ぬか。実にシンプルで、リアリティのあるルールだとは思わないか? この生命のやり取りを勝ち抜けられる『強さ』あってこその、『正義のヒーロー』というものだろう」


 俺達だけにしか聞こえない程度の声量で、瀧上さんは本日最大の無茶ブリをかましてきなすった。生きるか死ぬかがルール。つまり――問答無用のデスマッチをしよう、ということか……!


 ……わかってるつもりだったが、やっぱりこの人はいろいろとヤバすぎる! 人命救助システムのためのコンペティションで「殺し合い」をやろうなんて「本末転倒」にも程があるってことくらい、ガキでも少し考えたらわかる話だってのにッ!

 それをこうも当然のようにブッ放せる瀧上さんを見てしまえば、所長さんの話を疑う余地は完全になくなってしまう。あの話には、映像には、脚色なんてない。

 この人は、身も心も本物の怪物になってしまっているのだ。四郷があれほど怯えていたのもわかる。


 ――だが。


「いいね、それ。スリリングな賭け事ってのは、嫌いじゃないぜ」


 俺は、敢えてその提案を呑む。心にもない言葉を、並べながら。


「ほう。ただの身の程知らずかと思えば、存外にいい度胸ではないか。泣いて逃げ出すものかとばかり思っていたよ」

「生憎だが、『大したことなさそうな奴には』強気になりたがるタチなんでね。――ただ、一つだけ条件がある」


 俺は瀧上さんの誘いに乗る一方で、一つの条件を提示する。これを宣言したいがために、本末転倒な彼のローカルルールに応じたようなものだ。


「条件? ……まぁいい。言ってみろ」

「あんたは俺を本気で殺しに掛かるつもりなんだろう。それは別に構わないが……俺の方は、嫌でもあんたを殺すわけにはいかないんだ。『人を活かす』、それが俺の拳法と『救済の超機龍』、ひいては着鎧甲冑そのものの意義だからな。どんな時でも相手を決して殺めない。それが『着鎧甲冑』にとっての『リアリティ』だ」

「なるほど。子供の割には随分と殊勝な心掛けだな。――だが、フェアではない」

「ああ。だからあんたには、自分の代わりに別の命を懸けてもらう。他人の命を守るのが、ヒーローの務めなんだろ?」


 「新人類の身体」は本来、瀧上さんのため――すなわち戦闘用のシステムとして造られたものであり、救命用として造られた今の四郷の身体は、その隠れ蓑でしかない。

 ならば、向こう側だけでも「殺せる」ルールを覆さなければ、条件を突っぱねることはないかも知れない。

 そこが、狙い目だった。


「オレに他人の命を守るために戦え、というのか……面白い。では、誰の命を懸ければいい?」


 誰かの命に関わるというのに、子供のような無邪気さで「面白い」と言い切る瀧上さん。


「決まってるだろ。――四郷だ」


 そんな「歪な正義の味方」へ向けて、俺は賭けの対象を言い放つ。


「あんたが勝ったなら、俺を殺したって構いやしない。超人同士のドツき合いをやろうってんだ、そういう『事故』もあるさ」

「……」

「――だが、もし俺が勝ったら。その時は、四郷鮎子の命を、俺が貰う。あの娘の全てを、俺のものにする」


 そう。これを認めさせれば、瀧上さん自身が約束を破らない限り、より確実に四郷を守ることができる。向こうの要求をある程度呑んでいる分、彼女を引き入れられる確率を一回り高められる、ということだ。

 確かに俺自身が負うリスクは、言うまでもなくバカでかいものにはなるが――なぁに、「勝てばいい」だけの話だ。


「ほう。君は――鮎子が欲しいのか?」

「ああ欲しいね。超欲しい。今すぐお持ち帰りしたいくらいにな。……あんなにいい娘は、そうそういない」

「そうか……。だが、鮎子はオレの恋人の妹であり、大切な家族だ。そうやすやすと、馬の骨に渡すわけにはいかんな」


 交渉成立にこぎつけるための俺の挑発に対し、瀧上さんは劇的な反応を見せる。

 金属同士が擦れ、軋む音と共に、紅の巨体はズイッとこちらに歩み寄って来たのだ。娘をたぶらかす「悪い虫」に詰め寄る、父親のように。


 ――大切な家族、か。


 その言葉に疑う余地がなかったら、どれだけ彼女は幸せだったのだろう。どれだけ、笑っていられたのだろう。


「いいだろう。オレとしても、やる気を出すには十分な条件だ。――だが、叶わぬ夢は見ない方がいい。傷つき、悲しみ、死んでいくだけだ」

「そんな実現出来なきゃカッコ悪い台詞は――最後の最後まで取っておくもんだぜ!」


 眼前に仁王像の如くそびえ立つ、鋼鉄の腕を組んだ深紅の巨漢。全てを薙ぎ倒さんとする「正義」を象徴しているかのような、その威圧的な体躯に向けて、俺は握り拳を掲げながら啖呵を切る。


「……」

「……」


 そして、僅かな時間の中で睨み合った末、俺達は同時に踵を返した。


『――お互い、話は終わったようね。それではこれより、第三課目「最低限の自己防衛能力」を開始するわよ。救芽井エレクトロニクス側は、準備を済ませるように』


 俺達が一定の距離を取ったところで、所長さんがアナウンスで試験を開始する旨を伝えて来る。話を聞いていたかどうかはわからないが――ある程度の事情は察しているような様子だ。いつになく、声色が真剣なものになっている。

 そんな彼女に対して無言のまま頷いてから、俺は「腕輪型着鎧装置」を見遣る。そして今度は、客席からこちらを見守っている皆に視線を移した。――その中でも、救芽井は一際心配そうな表情で俺を見つめているのがわかる。


 ……泣きそうな顔してるんじゃねえよ、全く。「お前が選んじゃったヒーロー」らしく、カッコ悪くキメてきてやっからさ。


 ――だからもうちょっとだけ、待っててくれよ。


 ……確かに、こんなの俺には到底似合わない役回りかも知れない。瀧上さんの言う通り、叶わない願いなのかも知れない。

 それでも、俺しかいないなら。「救済の超機龍」が俺しかいないのなら。

 嫌でもやってみるしかないじゃないか。意地でも……叶えてやるしか、ないじゃないか。


 俺は救芽井に向けてニカッと笑って見せた後、彼女達に背を向けるように、瀧上さんと相対する。

 ……そして、覚悟を決めた。


 ――この右手に光る、紅い腕輪を翳すように。あの娘を救う力が欲しいと、願うように。

 捻った腰の反動による勢いで、天に向けて手刀を放ち、俺は叫ぶ。


 だって、俺は――


「着鎧……甲冑ッ!」


 ――お前が選んだ正義の味方、「着鎧甲冑ドラッヘンファイヤー」なんだから。

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