第83話 俺の社会的生命終了のお知らせ

「おい、どうしたッ!?」


 息せき切って食堂へ急行した俺を待ち受けていたもの。

 それは、飲み物が入っていたコップを落とした三人の少女が、床に倒れ伏している光景だった。


 倒れているのは救芽井・矢村・久水の三名だけで、他のメンツは全員ケロリとしている。もっとも、茂さんだけはかなり取り乱している様子だが。


「梢ッ!? 樋稟ッ! どうしたというんだ、これはッ!」

「茂さん、一体何があった!?」

「わからない! 急に三人とも倒れてしまって……!」


 ひどく狼狽してるところを見ると、茂さんにも状況はわからないらしい。身体を揺さぶりたいが、それをやるとかえって危険ではないかという不安に圧され、動けずにいる――という感じだ。


 俺としても、変に刺激するのは避けた方がいいかもしれないとは思う。……しかし、救芽井達の安否も十分気掛かりだが――


「説明してもらうぞ、所長さん!」


 ――彼らの関与を確かめなければならないというのも、また事実だ!


 俺は有事に備えて真紅の「腕輪型着鎧装置」を構え、瀧上さんの後ろに立っている所長さんを見据える。四郷も、瀧上さんも、伊葉さんも、そして所長さんも、この事態に動じている様子はなかった。

 仮に三人がブッ倒れた理由があのジュースにあるなら、誰を疑うべきかはすぐにハッキリする!


「茂さん、三人の容態は!?」

「意識はないが――呼吸はしているし心臓も止まっていない! 眠っているのに近い状態だというのか……?」


 いざとなれば、「救済の超機龍」に搭載されている応急処置セットで三人の回復を試みる。俺はその準備を整えつつ、狭い空間の中で四郷研究所の関係者達と相対した。


「三人の盆にあったジュース。あれは、本当にただのジュースだったのか?」

「んー、予想以上の反応ね。別に怒らせるつもりなんてなかったんだけど、さすがにシチュエーションがマズ過ぎたかしら」

「……お姉ちゃん、相変わらずやることがムチャクチャ……」

「ごめんね、鮎子。お姉ちゃんどうしても、鮎子のお友達にお礼したくって」

「質問に答えてくれッ!」


 この状況が見えていないのか、見えた上でその態度なのか。いずれにせよ、答え次第ではコンペティションどころではなくなってしまいかねない。

 そんなことになりそうな事態だというのに、涼しい顔で「やれやれ」と首を振っている伊葉さんを睨みつつ、俺は四郷姉妹を相手に身構える。


「そうね、あれは確かにただのオレンジジュースではないわ。彼女達の恋路のために、ちょっとしたお膳立てをしてあげようかって話になったのよ。お世話になった鮎子のお友達なんだもの、少しはお礼もしなくちゃ」

「なんだって?」

「鮎美さんッ! 例えあなたといえども、ワガハイの樋稟と梢を手に掛けるような真似だけは許せませぬぞーッ!」


 所長さんの云う「お膳立て」。その言葉の意図が読めずに俺が眉をひそめた瞬間、いりきたつ茂さんが俺の脇から飛び出していく――


「ただの『お膳立て』だと言っただろう。それに貴様には関係のない話だ」


 ――が、その突進は瀧上さんの片手一本に止められてしまった。さながらアイアンクローのように顔面全体を掌で覆われてしまった茂さんは、圧倒的体格差によるパワーに為す術もなく、モゴモゴと何かを喚きながら手足をジタバタさせている。

 ……おいおい、何かの冗談だろう? 仮にも「救済の龍勇者」を任されてるだけのスピードを持った茂さんの突進を、この狭い中で見切った上に「片腕」で止めるなんて。

 あの久水兄妹のバカげた量の荷物を、たった一人で運びきっただけのことはある、ってことか……?


「……さて、そろそろ効果が出る頃かしら。今夜はたっぷり愉しんでね?」


 そうこうしているうちに、倒れている三人を品定めするような目で見遣っていた所長さんは、意味ありげな台詞を呟いていた。一体なんだっていうんだよ……?

 そして俺の方に向かって一度ウインクしたかと思うと、茂さんを捕まえたままの瀧上さんや伊葉さんを引き連れて、さっさと食堂の端まで移動してしまった。

 四郷も彼女についていくように、そっと俺から離れていく。どこか申し訳なさそうにこちらを見ていたのは、せめてもの詫びだったのだろうか。


 そして、彼女達が食卓のテーブルから離れ、まるで俺と救芽井達が見世物になっているかのような絵面になった時。


 状況に、変化が訪れた。


「う……う〜ん……」

「きゅ、救芽井ッ!? 久水、矢村もッ!?」


 悪夢から目が覚めたかのように、低く唸った声と共に、三人全員が同時に意識を回復させたのだ。

 上体を起こした時の仕草からして、「眠っているのに近い状態」だったという茂さんの話は本当のようだ。三人とも、寝覚めの悪い子供のようなうめき声を上げている。


「おい三人とも! 大丈夫か? どこか具合は悪くないか!?」


 俺は寝ぼけたような顔のまま、上半身だけ起こしている三人の様子を、一人ずつ見て回る。どうやら、外傷はどこにもないようだけど……。


「救芽井、大丈夫か? 俺がわかるか?」


 そして、しばらく俯いていた救芽井の顔を覗き込んだ瞬間――


「……パパぁっ! 抱っこっ!」


 ――まばゆい彼女の笑顔と共に放たれた一言で、俺の情報処理能力がフリーズした。


「……はい?」

「パパ、抱っこ抱っこっ!」


 今までに見たことがないくらい、輝かしい無邪気さを放つ救芽井の眼。そこから放たれる雰囲気は、明らかに俺が知っている彼女が成せるモノではなかった。

 いや、それ以前に。なんだよ「パパ」って。なんなんだよ。


「お、おい? もしもーし? どうしたんだ急に?」

「むー、抱っこったら抱っこ抱っこ抱っこぉっ!」


 いきなり超甘えん坊モードに突入した救芽井は、両手足をジタバタさせながら駄々をこねている。端から見れば、幼児退行を起こした残念美少女の図だ。かつて松霧町で褒めたたえられたスーパーヒロインの面影を、完膚なきまでに粉砕する壊れっぷりである。

 しかもいつの間に用意していたのか、黄色いハート型のおしゃぶりまで装着済みであった。そんなもんどこで……。


 ……あ。


『こっ、これはねっ! し、親戚の子供が赤ちゃんだからねっ! あ、あやすために買ったんだからねっ! そ、そ、それがたまたま、ま、紛れ込んじゃっただけなんだからねっ!?』


 ――それをお前が使うんかいィッ!?


 そういえば、久水ん家に行く前から矢村に荷物のことで突っ込まれてたっけ。出発前に気づいてたなら置いて来いよ……。

 まさか元から自分で使うために――ってのはさすがにないだろうけどさ。


「ふえぇぇん! パパ、パパぁ、抱っこ抱っこ抱っこー!」

「誰がパパだ! ……あーもうわかったわかった、抱っこしてやるからもう泣くなって」


 こいつはおふざけでこういうことをするような娘じゃないし、ここまでぴーぴー泣かれるとさすがに可哀相になってくる。俺はあのジュースのせいではないかと勘繰りつつ、赤ちゃんを抱っこするのと同じ要領で救芽井の身体を抱え上げた。


「モゴーッ! モゴモゴフンゴフンゴッ!」

「うるさいぞ……貴様は黙って見ていろ」


 そんな状況を見て居ても立ってもいられなくなったのか、茂さんがより一層暴れはじめた――が、瀧上さんのアイアンクローに再び沈められてしまった。ブクブクを泡を吹きながら、無念そうな表情で仰向けに転がってしまっている。

 嗚呼……茂さん、せめて幸せな夢でも見ててくれ。


 ――それにしても、これにはなかなかキツイものがあるな。いや、体重は軽いから重さは問題じゃないんだが。

 まず、いくら救芽井が赤ちゃんぶってはいても、生来のナイスバディはそのまんまだということ。グラビアアイドルも裸足で逃げ出す巨乳を、真正面から受け止めることになる。

 次に、体勢の問題がある。赤ちゃんを抱っこする場合、大抵は親の身体を子供の股が挟むような格好になるわけだが、これを救芽井の身体で再現してしまうと、絵面的な意味で相当マズいことになる。端から見たら、「頭がフットーしそう」になることうけあいだ。

 そして、おしゃぶりをくわえた巨乳美少女が頻繁にほお擦りしてくるという、なんとも言い難い状況の問題だ。こんなことをしながら「パパ大好きっ!」と甘えてくる彼女に、俺は是非とも一言言ってやりたい。


 ――お前のような(胸の大きい)赤ちゃんがいるかァァァァッ!


 ……だが、そんな暴言を口にしたらどんな泣き方をされるかわかったもんじゃない。それに、泣かせるとわかってて言うほど鬼になるつもりもない。ゆえに黙秘権を行使。


「どうかしら? まさか赤ちゃんになっちゃうとは思わなかったけど……素の彼女も、なかなか可愛いものでしょ? 一晩中可愛がってあげたら?」

「赤ちゃんになるとは思わなかったって――所長さんの仕業じゃないのかよ!? しかも『素』って……!」

「あぁ、そういえば説明がまだだったかしら。お嬢さん三人に飲んでもらったジュースには『自己の胸中に眠る性癖』を呼び覚ます作用があるの。鮎子から聞いたわよ? あなた、この娘達から随分好かれてるらしいじゃない。だから彼女達の恋路を成就させられるようにって、一肌脱がせてもらったってわけ。人体そのものに害はないから、安心していいわ」

「安心できない! 全く安心できる状況じゃないですよ所長さん!」


 どうやら所長としては敵意があってこうしたわけじゃないらしいが、イロイロとめんどくさい状況になったことには変わりない。つーか所長さん自身が楽しみたいだけだろコレ!


「ま、待てよ……てことは他の二人も!?」


 救芽井をアブない体勢で抱っこしたまま、俺は矢村と久水の方へ振り返る。


「きゃっ! み、見られとる……龍太に見られとる……」

「……え?」


 そして視線の先にいた矢村――らしき何者かが、ほんのりと頬を染めながら、愛しげにこちらを見つめていた。背と尻をこちらに向けて、明らかに「誘っている」かのようなポーズと共に。


 ――短パンから見せ付けるかのようにスラリと伸びた小麦色の脚に、ノースリーブの上着をたくし上げた部分から伺える、日焼けを逃れた白い肌。スポーツ少女ならではの、日焼けしきった所と普段日焼けしない所との対比が、そこはかとない背徳感を醸し出している。


「ハァ、ハァ……み、見とる……めっちゃ龍太、アタシ、見とるッ……!」


 向こうもそれに近い何かを「感じて」いるのか、自分の指を薄くみずみずしい唇の奥へと入れながら、妖しい水音と共に小さくブルブルと身悶え――


 ――ってちょっと待てェ! なんだこれ! なんだこの状況!


 俺が知ってる矢村賀織は、こんな露出羞恥プレイがお好みのド変態じゃないぞ! これが矢村の素だと申されるか所長さん!?


「私の作った薬は『対象の性癖を覚醒させる』だけのことよ。本人のキャパシティに収まらないような性欲を活性化させる作用はないわ。その矢村って娘、よっぽどあなたに『見て』もらいたくてしょうがなかったのねぇ〜」


 物言いたげな俺の視線を受けて、所長さんは楽しげに最悪な返事を寄越しやがった。アンタ、マジで覚えてろ!


「あっ、は、ハァッ……龍太……もっと、もっと……見て……触って……」

「触るかッ! いや触りたくないわけじゃないがッ! ――って、あれ? そういえば久水はどこに行ったんだ?」


 やたらハイレベルな性癖に翻弄されながらも、俺は矢村の可愛らしいお尻から理性を駆使して目を逸らしていた――が、やがて久水がいなくなっていることに気づく。

 さっきは矢村や救芽井と同様に、寝ぼけたような顔して気だるげに佇んでたはずなんだけど――


 むにっ。


「あはぁんっ!」


 ――うぇ?


 なんだろう。今の「むにっ」とした感触。ここだけ床が異様に柔らかいのかな?

 ……ってか、さっきの嬌声って……。


 ……。


 ――俺は全てを察し、それでも直にこの目で確かめるまでは、決して認めたくはないという一心で、視線を下へと移していく。


 最初に視界に映ったのは、灰色で無機質な床に広がる、艶やかな茶色の長髪。続いて、その流れる川のような世界に挟まれた、妖艶なる肢体が現れる。

 程よく肉感を持った、滑らかな脚。安産型と称されるであろう腰周りから続いていくくびれ。そこから押し寄せる波のように、重力に抗う双生の峯山。

 そして、女としての快楽全てを一身に受け、身にあまる幸福に酔いしれている――かのような表情を浮かべる、神の造形とも言われるであろう整い尽くされた麗顔。


「いい、いい、すごくいいですわぁっ! 龍太様、もっと……もっと、踏んでくださいましぃっ!」


 それだけのモノを備えている絶世の美女は今、俺に自分の胸を踏まれた快感によがり、その肢体をくねらせて続きをねだっている。


 ……。


 ……一番ヤバいのがキタァァァァッ!?


 いやバスの中での妖しいやり取りからして多少は予測してたけどさ! そういうアブない方向にイキかけてる可能性は感じてたけどさ!

 だからって、ここまで進んじゃうか普通!? あのちょっとわがままだけど元気いっぱいで可愛かった「こずちゃん」がこんなことになると、誰が予想しただろう。どうしてこうなった……!


 ――つか、なんでボンテージなんか着てるんだお前はァァァァッ!


「ごっ、ごめん! 足元見てなかったからつい……!」

「ハァ、ハァ、何を謝るのです……ご褒美を下さったこと、感謝を申し上げますのはワタクシの方ですのに……それより、もっと、もっと、ワタクシをめちゃくちゃに……」


 咄嗟に謝りはしたが、向こうは全く気にする気配はなく、むしろ続行を希望してくる。何の続行かは、もはや考えたくもないが。


「パパぁ、ちゅーちゅーしたい……」

「あ、あぁ、見て、龍太、もっと見てぇ……」

「龍太様ぁ、もっと、もっと熱く、激しくっ……!」


 なんかもう三人とも、倫理とか風紀とか全部ブッ壊してとんでもない方向にイッちゃってるんだけど。これが本当に彼女達の素なのか!?


「あらあら、なんだか賑やかになってきたじゃない。こうなったら三人とも女の悦びを叩き込んであげたら?」

「ふ・ざ・け・ん・な・よ! こんな社会的生命をギロチン台に掛けて公開処刑にするようなマネ続けさせてたまるか! さっさと元に戻してくれッ!」

「う〜ん、もったいないわねぇ……じゃあ、私達のコップに注がれた水を飲ませてあげなさい。この薬品効果は淡水で薄めて鎮静化できるから」

「お酒かよッ!?」


 そんな手段で簡単に解決できるような薬に振り回されてたのかと思うと、余計に腹が立つ。……まぁいい、とにかく今は三人を元に戻すのが先決だ。


 俺はテーブルに置かれていた水入りのコップを手に取り、無邪気に甘えてくる救芽井の唇からおしゃぶりを外し、代わりにそれをゆっくり当てる。


「救芽井、いい子だからお水を飲みな。飲んでくれたら高い高いしてやるから」

「ホント? やったぁ! パパ大好きぃっ!」


 救芽井は素直に俺の言うことを聞いてニッコリ笑うと、両手でコップを掴んでごくごくと中身を飲み干していく。すると、飲み終えた瞬間に意識が途切れたかのように瞼を閉じ、くぅくぅと寝息を立ててしまった。どうやら、薬の効果が切れたら意識が飛ぶらしい。


「……高い高いは夢の中で、な」


 赤ん坊のような美少女の髪をそっと撫で、俺はちょっとだけ苦笑いを浮かべた。……何もかもムチャクチャだったけど、ちょっとは可愛かった……かな。


 ――その後、他の二人も「飲んだらお尻を十分以上撫でてやる」「飲んだら胸を三十分揉みしだいてやる」といった口八丁手八丁を使って、水を飲ませて眠らせることに成功した。……救芽井に比べて、この二人の不純さと言ったら……。


「終わったわね。せっかくの大暴露大会だったんだから、もっと楽しめばよかったと思うんだけど」

「あいにくだが、薬にかまけて楽しめるような性格じゃなくてねっ!」

「そう。……ふふ、好きよ。私もそういうヒトの方が」

「……梢、すごく大胆だった……」


 再び眠りについた三人を安静に寝かせてから、俺は所長さんに悪態をつく。恋路の手助けだかなんだか知らないが、結局のところ引っ掻き回しただけだろうがッ! つーか四郷! アレは大胆どころの騒ぎじゃないからな!?


 ……あーもう、なんかイロイロありすぎて疲れた……。いつの間にか俺と未だにノビてる茂さんと、今は眠ってる三人以外はメシ食い終わってたみたいだけど、あんなことの後だから食欲なんて沸かねぇし……。

 つか、「若いっていいねぇ」みたいなこと言いながら、先に帰っちまった伊葉さんと瀧上さんがなにげにひでぇ……。


 こうなったら、俺も四人が起きたらさっさと帰って寝ちまおうかな――って、あれ? なんか忘れてるような……。


 ……あ。


「――ちょっと待った! 確か俺にも何か飲ませてたよな!? グレープジュースみたいなヤツ!」


「あぁ、『三次元を二次元と錯覚する』タイプのヤツね。アレは効果がかなり限定的だから、効き目が現れるのがかなり遅いのよ。もうそろそろじゃないかしら?」


 ……なん……だと……!?


「ん、んなぁぁああぁああーッ!? なんでそんなもん作っちゃってんのッ!?」

「言ったじゃない? 『恋路の手助け』だって。妹から聞いたけど、あなたエロゲーが好きなんでしょ? その性癖を強化すれば、異性にも積極的になれると踏んで作ってみたの。我ながら自信作だわ!」


 そんな自信果てしなくいらねェェェッ! 質にでも入れたくなるような自信で核兵器級の危険薬物飲ますんじゃねーよッ!

 や、ヤバい! 持てる自由時間の総てをエロゲーに注ぎ込んできた俺にそんな薬を使われたら、災厄が起こるッ! これ以上の悪夢が始まる前に、早く水をッ……!


「ん……あれ、ここは……って、きゃああぁ! なんで私おしゃぶり握ってるのぉぉっ!? し、しかも胸まではだけてっ……!?」

「う〜ん……え? えぇえぇえっ!? なんでアタシの服こんなにはだけとるんっ!? いやぁぁんっ!」

「……ん……くしゅん、あら……? あっ!? い、いやああぁぁあッ! わ、ワタクシどうしてこんな姿にぃぃぃっ!?」


 ――なんでこんな時に限って目ぇ覚ますんだお前らァァァァッ!


「……むぅ、ワガハイは一体――むひょおおおおっ!? これはどうしたこと――フゲブッ!」

「……茂さんはイロイロ危ないから、今日はもう寝てなきゃダメ……」


 ――し、四郷さん? それはちょっとヒドいと思うんだー。いい加減許してあげて? 茂さん今日一日だけで何回殴られたと思ってんの?


 い、いやそれよりも! 早く水を飲んで効果を薄めないと、今度は俺の社会的生命がッ……!


 ――!?


 な、なんだ!? 視界が……世界が、歪んで見えッ……!?


「りゅ、龍太君!? どうしたの急にうずくまって! 大丈夫!?」

「龍太っ! え、え、どうしよ、どないしよ、救急車呼ばなっ!」

「え、そ、そうざますね、ワタクシの傘下にある病院からヘリを手配して――」


 ――うーん……あ、あれ? なんか二次元キャラが三人も……なんつーか、いやらしいカッコしてるけど……どうなってんだ?

 俺はこちらを心配そうに見つめている、どこかで見たような二次元美少女キャラ三名の方へと顔を向け、ゆっくりと立ち上がる。すると、彼女達はホッと胸を撫で下ろしたかのように顔を綻ばせた。


「龍太君、立っても大丈夫なの!? 怪我は……ないみたいね。よかった……」

「そ、そっかぁ……も、もぉ龍太っ! あんまり心配させんといてやっ!」

「そうざます! もしあなたに何かあったら……ワ、ワタクシ、こんな格好ですから、起きていただくためにもイケナイご奉仕をしていたかも……知れませんのよ?」

「あんたはまた何を言いよるんやっ!?」

「だ、だから、そ、そういうことは婚約者であるこの私がッ――」


 ……あー、なるほどね。そういうゲームなのかコレ。三人の美少女を囲って愉しむっていう、ハーレムものなんだな。

 純愛系か凌辱系か気になるところではあるが……まぁいい。


 どちらの分野だろうと、このエロゲーハンターこと一煉寺龍太の前では、全ての二次元美少女は俺に尻尾を振るばかりのメス犬に成り下がるしかないということを――


「じゃあ、やってもらおうかな? そのイケナイご奉仕ってヤツを、さ。なぁ、婚約者さん?」


「――ふぇっ?」


 ――教えてくれようぞッ!


「ちょ、龍太君急にどうし……きゃあんっ!?」

「ま、まさか!? 龍太様が、まさかそんなっ!?」

「龍太が……龍太が肉食系に目覚めよったぁぁあーっ!?」


 俺は救芽井――によく似せられた美少女キャラを、彼女達が寝ていた小さな簡易ベッドの上に押し倒し、その綺麗な顔を間近で拝見する。向こうは異性を意識する余り、鼻の先まで真っ赤に成り果て、恥じらいの余り身動きが取れなくなっていた。


「あ、あ、あ、りゅ、龍太君、わ、私……!」

「緊張してるんだな……心配するな、俺がゆっくり――ほぐしてやるから」


 俺は彼女が初めてなんだと察し、その可愛らしい耳元でくすぐるように囁く。その刺激に、彼女はますます顔を赤くして、ビクッと身を震わせた。


「ひぁあ……りゅ、龍太君、わ、私、ま、まだ心の、じゅじゅ、準備が……」

「わかってるさ。ご奉仕とは言ってたが、見たところ、まだそれどころじゃないみたいだし……。だから今夜はひとまず――」


 俺はウブな彼女を、敢えて刺激するように――その首筋に、小さく唇を当てる。


「――俺が一晩中可愛がって……一人前の『女』にしてやるよ」

「ひ、あ、あぁああぁあ……!」


 慣れない愛撫に対して、驚愕の表情のままぶるぶると快感に打ち震える彼女。ふふ、いい顔してる子猫ちゃんじゃないか。こりゃあ攻略のしがいがあるな……!

 俺はそのまま彼女の豊満な胸の上に掌を乗せ、恥ずかしそうに目をギュッとつむる彼女に「大丈夫、俺に任せて」と囁きながら、ゆっくりと撫で――


「ちょ、ちょっと待ちぃやぁぁぁっ! い、いくらここ、婚約者やからって、げ、限度ってモンがあるやろぉぉぉっ!?」

「りゅ、龍太様ぁぁっ! そんなに胸を触りたいとおっしゃるのでしたら、このワタクシがお相手しますっ!」


 ――回そうというところで、今度は矢村と久水によく似たキャラが妨害に入って来た。なるほど……彼女達の目の色から判断して、この場合での俺が採るべき選択肢は……!


「よし、二人ともおいで。三人とも面倒見てやるよ」

「ちょっ!? なんやそれ――きゃあ!?」

「龍太様!? 三人一緒とはどういう――ひゃあっ!?」


 俺は、情交を阻止せんとやって来た二人の腰を両手で抱き寄せ、俺の傍にまで引き寄せる。二人とも心の底では嫌がってはいないらしく、予想以上におとなしく俺の両脇にやってきた。


「ククク、二人とも可愛らしいじゃないか。今夜は朝まで、たっぷり愉しませてやるよ」

「か、可愛い!? そ、そうやろか、へへ……って、た、愉しませるッ!? ふふ、ふざけとったらいい加減に――あぁんっ!?」

「そ、そんなっ!? あ、朝までだなんて――はあぁんっ!?」


 俺は二人の言い分をエロゲーの経験による超妄想エクストリーム・イマジネーションを通じて体得した愛撫で封じ込め、篭絡に掛かった。久水似の美少女には、ボンテージの隙間から手を入れて胸という胸を揉みしだき、矢村似の美少女には、短パンの中へと手を突っ込み、尻という尻を撫で回す。


 このような攻撃をされるとは予期していなかったのか、久水似も矢村似も抵抗する様子を見せず、俺の為すがままになっていた。

 そして救芽井似の耳たぶを甘噛みしつつ、俺はほくそ笑む。


「クックック……いいぜ。これは面白いことになってきやがった。覚悟しな三人とも、お前ら全員俺のペットにしてや――フゲブッ!」


 ――だが、俺の野望は長くは続かなかったらしい。突如として、システムエラーが発生したようだからだ。


 ……だって、そうだろう? さっきまで赤い顔をしながらも傍観していた四郷似の美少女キャラに、いきなり後ろからブン殴られるこの展開を、システムエラーと呼ばずなんと呼ぶ?


「……いくらなんでも、それ以上はダメ。天誅……」

「いいところだったのに、あなたももったいないことするわねぇ、鮎子」


 ――あ、なるほど。「天誅」ね。


 俺は意識が暗転していく中で、システムエラーの別称「天誅」という響きに、えもいわれぬ説得力を覚えたのだった。

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