第70話 安寧なんて、なかった

 ――そして、兄貴との鍛練を経た今の俺は、簡単には負けられない拳士になっていたようだ。


 拳と得物が行き違い、一つの鈍い音と共に互いの体が離れていく。

 それがカウンターを受けた反動によるものだと、手痛い一撃を受けた茂さんが認識した頃には、既に俺は彼の懐に入り込んでいた。


「がふっ……う!?」

「――あたァッ!」


 「刺す」ような勢いで突き出した拳が、白い仮面に一瞬だけ減り込んでしまう。そして、そこから弾かれるようにG型は上を向くと、ヨタヨタと後ずさった。


 こんな展開は誰も予想していなかったらしく、周りを見渡せば、(四郷以外の)全員が狐につままれたような顔をしていた。

 ……おいおい、久水あたりはともかくとして、救芽井と矢村はこっちを応援してたんだから、ちょっとは喜んでくれたっていいんじゃないの?


「……信じられない。あの時とは、技のキレがまるで違うわ。私がいない間に、一体何が……?」

「す、すごぉい……。龍太、いつの間にあんなに強くなっとん?」


 ――そっちかよ。ホントにそんなに変わったのか? 俺は。


「はがぁ、ひぎっ……! こ、こんなバカな!」

「うえっぷ、まだ続ける? つーか、早く終わってくれないと、いい加減こっちもしんどいんだけど」

「な、なんだと? ふ、ふふふ、ならば逃げ回って長期戦に――いぃっ!?」


 何度も急所に反撃を食らいつづけて、ようやく真っ向勝負が危険だとわかったらしい。俺が満腹でろくに動けないのをいいことに、ダッシュで距離を取ろうとしだした。

 ――だが、ちょっとキツイからといって好きにさせてやるほど、俺はフレンドリーでもない。

 背を向け、逃げる茂さんの右手を俺の左手で捻り、そこへさらに右腕を絡ませていく。まるで、うねる龍のように。


「少林寺拳法、龍華拳のりゅうかけん一つ……龍投りゅうなげ


 刹那、茂さんの右肘が天に向かって突き上がり、彼の体がマトリックスもビックリなのけ反りを披露した。


「んぎゃあッ!?」

「人間の体って、不思議なモンだよな。腕を固められたぐらいで、ろくすっぽ動けなくなることがあるんだから……よっ!」


 後ろから腕を固められ、仰向けに倒れそうになっていた茂さん。辛そうだったんで、そのまま勢いよく地面にたたき付けてあげました。


「ごはぁッ……!」

「――着鎧甲冑のおかげで怪我せずに済んで、よかったじゃない。生身で勝負してたら、脳震盪でポックリだったかもな」


 ……もちろん、これはハッタリだ。少林寺拳法は護身術であり、殺人拳じゃない。着鎧甲冑を使わないルールだったなら、そうなる前に手加減していた。

 ――けどまぁ、ここまで脅し付ければ、さすがに降参するだろう。一発も攻撃を当てられずにここまでされちゃあ、戦意もクソもあったもんじゃないはずだ。


「ぐ、ぐうっ……くそ、くそ、くそぉっ! なぜだ!? どうしてこんなっ……」

「さぁな。汚いマネしたバチが当たったんじゃないか?」

「ひ、卑怯だぞ! そんな超高性能な着鎧甲冑を使うなんて! それ程のモノを使えれば、誰だって……!」

「実に今さらな台詞が出てきやがった……。つか、あんたの攻撃の読み易さに関しちゃ、性能以前の話だと思うがな」


「ふざけるな! 全てその『救済の超機龍』のおかげだろう! そうでなければ、このワガハイが、この久水茂が、こんな無様なままで終わるはずがァァァァッ!」


 俺の足元に、仰向けで倒れていた茂さんは、息を吹き返すように起き上がりながら奇襲を仕掛けて来る。懐から伸びてきた電磁警棒が、予想を遥かに上回るスピードで襲い掛かってきた!


 ――って、まだ抵抗する気満々かい! このままじゃラチがあかないぞ……。


「うおっ……と! ――その速さだけはめっけもんだよ、あんた」

「ふ、ふふ、ふ。そうだ、今のうちに負けを認めて、『救済の超機龍』と樋稟をワガハイに渡すがいい。さもないと、今度こそ貴様の最期が来るぞ……!」

「悪いがそうはいかない。こっちは四郷研究所とのコンペも仕えてんだ、さっさとおしまいにさせてもらう」


 そろそろ、程よい運動のおかげで、胃の調子もよろしくなってきたことだしな。……もうここらが、潮時だろう。


「――バカにするのも、大概にしろォォーッ!」


 俺の挑発に、「面白い程」を通り越して「可哀相な程」引っ掛かって来る茂さんに対し、スッと身構える。向こうは怒る余り、俺が構えていることも気に留めず、さながら槍のように電磁警棒を突き出してきた。


「……ハアアッ!」


 そして、腹の奥から吐き出した息と共に放たれた待ち蹴が、再び彼の水月に突き刺さった。そこで彼の進撃は止まり、反動でG型のボディが一瞬浮き上がる。


「ごはっ!?」

「――得物を使うのは結構だが、相手が少々よろしくなかったな」


 衝撃と痛みのあまり、茂さんの体がくの字に曲がる。その隙を見計らい、俺は手刀で彼の電磁警棒を払い落とした。


「あっ、ぐ……くく、くそぉっ!」

「おっと、この状況で拾えるつもりか?」


 四肢の自由を奪われたかのようにもたつきながら、茂さんは震える手を得物へ伸ばそうとする。俺はその手の四本の指を、容赦なく掴んだ。

 そして、そこから捩上げるように、指から彼の腕を捻っていく。


「ん、ぎぃい!?」

「――龍華拳、木葉返このはがえし


 自分の四本の指を捩られ、たまらず茂さんの体は、それに釣られるように回転してしまう。まるで、バレリーナのように。

 ……そして、回転が終わった時には、彼は俺の手前で膝をついていた。俺に手を捻られたまま。


「あんたは動きが素早いし、戦闘にも慣れてる感じはあった。けど、その手段を電磁警棒に頼りすぎてる。敵を視界から外して、得物を拾うことだけを考えるからこうなるんじゃないか?」

「……き、貴様……どこでこんな戦術を……ッ!」

「俺の兄貴から、だな。攻めることを重点に置かない、あくまでも自衛を優先する護身術だよ」

「――そんな受け身な戦い方に、このワガハイが屈したと言うのか!?」


 ……受け身、か。まぁ、実際その通りだよなぁ。

 そんな手段でなきゃ、基礎体力が一般的な俺で、古我知さんや茂さんに敵うはずがないんだし。


 けど――


「――別にいいんじゃない? 『受け身』で」

「なっ……!?」

「受け身だろうが卑怯だろうが、自分の手で自分を『守れる』なら、それで十分だと思うな。俺達は『戦う』ためにコレを着てるんじゃない。着鎧甲冑って、そういうモンでしょ?」


 ……ってのが、俺のいわゆる「独りよがり」ってヤツ。


 ――「技術の解放を望む者達」や「呪詛の伝導者フルーフマン」を見てれば、嫌でもわかるさ。能動的に相手を攻める「兵器」が、どんなに恐ろしいモンか。俺自身、どてっ腹に一発ブチ込まれたわけだし。


 俺が思うに、あんなことがあっても、着鎧甲冑のバリエーションに「G型」が存在出来たのは、最低限の自衛ができる程度の戦力は必要だったからだろう。「救済の先駆者」が、そうだったように。

 「正義なき力は暴力であり、力なき正義は無力」。兄貴の受け売りだが、そんな言葉もある。無力でいないためには、嫌でも力は持たなくちゃいけなかったんだ。


 だけど、その理屈にあぐらをかいて「戦う力」を求めてしまったら、結局は「呪詛の伝導者」と何も変わらなくなってしまう。それはきっと、今の茂さんがいい例なんだろう。

 甲侍郎さん達が一生懸命考えて、捻り出した「答え」でそんなマネをされちゃあ、そりゃ救芽井だって悲しいさ。


 だから俺は、「必要最低限」の「受け身」な戦い方で、着鎧甲冑の理念を守りたい。だって、着鎧甲冑は兵器じゃないんだから。

 ――何より、俺なんぞをわざわざ信じてくれた、救芽井を泣かせないために、ね。


 ……そして今は、俺のせいで巻き込まれてなお、俺を応援してくれる矢村のためにもな。


「着鎧甲冑は兵器じゃない。喧嘩の道具でもない。守るためのモンだ。自分や、ほかの誰かを、な」

「ぐ、ぬっ……!」


「……つーわけだから、今回ぐらいは華を持たせてもらうよ? ――茂さんッ!」

「ひっ、ぎゃああああああッ! ま、ま、参った、ァァ……ァァァ……!」


 未だに諦めず睨みつけて来る茂さんに対し、俺は捩る力を強めた。骨が軋む音に並行するかのように、彼の悲鳴がアリーナ中に響き渡る。


 ――そして、ようやく茂さんは音を上げてくれた。


 この決闘のピリオドを、自ら打つかのように。


「……え? 『参った』?」

「と、いうことは……」


 その叫びを耳にして、相変わらず呆気に取られていた救芽井と矢村は、更に目を丸くして互いに顔を見合わせる。そして――


「――や、やったああぁ! 龍太君が勝ったあああぁあっ!」

「う、うぇえぇえんっ! 龍太ぁぁぁ! やったぁぁぁっ!」


 ――呆然状態のギャラリーを完全放置して、ハイテンションな歓声を上げた。矢村に至っては、泣き出してやがる……。

 しばらくの間は、歓喜する二人にも反応を示さずにいた久水家の方々だったが、やがてセバスチャンさんがハッとして「ティィィケェェオォォォォッ!」という雄叫びを上げた途端、(これまた四郷以外の)全員が我に返ったようにどよめきの声を上げた。


「そんな、まさか!」

「あの最年少で着鎧甲冑を保有した茂様が、あんな少年に!?」

「すごいですわ! あれが救芽井エレクトロニクスの次期社長の実力……!?」


 ……オイ。なんかとんでもないデマが広まってんぞ。なんだ次期社長って……。

 いや、それよりも。妹の梢様の反応が気掛かりだ。お兄様がやられたせいでブチ切れてるんじゃ……。


「――ふん。あなたにしては、まぁ、多少はよく頑張った方ざますね」


 ……あるぇ? 意外に……喜んでる?

 口調は相変わらず高飛車ではあるが、口元は明らかに緩んでいた。暑いせいか頬もほんのりと赤く、何かにうっとりしてるような表情を浮かべている。


 ――ああ、なるほど。「救済の超機龍」が、きっと気に入ったんだろうな。

 うん、確かにうっとりするのもわかる。この世に二つとない特注品なんだし。


「そ、そんなぁ……梢、お前はワガハイの味方じゃないのかぃ……?」

「……一煉寺さん、多分ひどい勘違いしてる」


 ――って、なんか四郷さんが養豚場の豚を見るような目で睨んで来るんですけど。茂さんも、着鎧が解けた状態で涙目になりながら、妹に縋り付いてんですけど。


「黙りなさいこのツルッパゲール! いい恥さらしですわ、覚悟なさい!」

「ひ、ひぎぃやぁぁぁあッ!」


 ――どこから持ってきたのか、鉄バットで兄貴のケツをシバき始めてんですけどぉぉ!?

 マジで何なんだこの兄妹! 茂さんがハゲた理由って、まさかこの折檻じゃあ……。


「な、なぁおい、もうその辺で……」

「おぉーっと、忘れるところだったざます。このワタクシを差し置いて、救芽井さんや矢村さんを侍らせていたコト……償ってくださいましィィィ!」

「……って、なんで俺までぇぇぇっ!?」


 ま、マズい! なんだか知らないけど、いつの間にか俺もシバかれる空気になってる!

 茂さんと違ってまだ着鎧してる状態だから、鉄バットでシバかれても効かないはずなんだけど、何故か本能が「逃げろ!」って叫んでる!


 ――捕まったら死ぬ。本能が、そう警告していらっしゃるぅぅぅッ!


「龍太くぅぅんっ!」

「龍太ぁぁ〜っ!」

「さ、さ、三十六計逃げるに如かずぅぅッ!」

「待ァァァつざまァァァすッ!」


 目に涙を貯め、駆け寄って来る救芽井と矢村を華麗にスルーして、俺は一目散に久水邸への逃亡を図る。そして、そんな俺を追う久水の鉄バットが、陽射しを浴びて妖しい光沢を放った。


 ――あっれー? おかしいなー。なんで決闘が終わっても安寧が訪れないのー?

 バカなの? 死ぬの? ……俺が。


 そんな不条理極まりない現実に泣き笑いを浮かべ、俺は日が沈むまで久水から逃げ回っていたとさ……めでたしめでたし。


 ……何がめでたいって? 決闘が終われば良しと思ってた俺の頭だろ、アハハ……。

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