第一章 ドラッヘンファイヤー登場

第51話 部活作りはラノベの華

着鎧甲冑ちゃくがいかっちゅうの部活を作るわ!」


 昼下がりの寂れた教室で、彼女はいきなりそんなことを言い出した。

 俺こと一煉寺龍太いちれんじりゅうたと、もう一人の女子生徒は、その発言に思わず目を丸くする。


 ここは、日本の関東地方の外れにひっそりと存在している、小さな田舎町「松霧町まつぎりちょう」……の中にある唯一の高等学校、「松霧高校まつぎりこうこう」。さして特徴もないごく普通の高校であり、そこの生徒である俺達は今、ごく普通の夏休みを送っている最中……だったはず。


 なのになぜ、補習でもないのに、こうして学校に通ってるのか。


 それは簡潔に言うならば、部活の創設を宣言している、この少女に呼び出されたからに他ならない。


「……夏休み、それも日曜の朝に電話でたたき起こしといて、学校まで呼び出したと思ったら……」


 夏休みに常に付き纏う、「宿題」と呼ばれる忌まわしき呪縛を振り払い、兄貴から仕入れた新作エロゲーの全ルート攻略に明け暮れていた俺にとって、この呼び出しは肉体的に辛いものがあった。

 今にも完全にシャットダウンしそうな瞼を擦り、俺はいともたやすくえげつない睡眠妨害を働いた少女を睨む。


 だが、彼女――救芽井樋稟きゅうめいひりんには、まるで反省の色はない。それどころか、さも気前のいいことを考え付いた、とでも言いたげな表情すら浮かべているのだ。


 テレビでしかお目にかかれないようなアイドルが、そのまま飛び出してきたかのような目鼻立ち。

 淡い桃色を湛えた、薄い唇。

 この真夏には不似合いなほど、透き通るような白い肌。海のように澄み渡る碧眼に、艶やかな薄茶色のショートヘア。

 そして、九十センチ近くはあろうかという双丘を始めとした、圧倒的なプロポーション。


 そんな場違い過ぎる美少女が目の前にいるというのに、イマイチ心躍らないのは、きっと彼女を知りすぎてしまったからだろう。


 人命救助に特化した「ヒーロー」の誕生を目指して開発された、最新鋭パワードスーツ「着鎧甲冑」を製造している、「救芽井きゅうめいエレクトロニクス」。その令嬢である彼女が、こんな片田舎の小さな高校に通ってるのは――


「着鎧甲冑を広めていくためには必要なことよ。あなたも、す、少しは婚約者としての自覚を持ってもらわないと!」


 ――「婚約者」、ということになってる俺を迎えるためなんだとか。

 未だに信じがたい話なのだが、どうやら今の俺は、そういう立場になってるらしい。救芽井の真っ赤な顔こそ、その証拠なんだろう。たぶん。


 二年程前、中学三年の冬。

 俺は彼女と出会い、救芽井家が「着鎧甲冑」をレスキュースーツとして世界中に広めようとしてることを知った。

 そして、その着鎧甲冑の存在をより効率的に世間に知らしめるため、「兵器」へと作り替えてしまおうと企んでいた、元助手の古我知剣一こがちけんいちさんと戦ったんだ。


 「守主攻従しゅしゅこうじゅう」という、いわゆるカウンターの戦い方を主軸にした「少林寺拳法」の達人である兄貴・一煉寺龍亮いちれんじりゅうすけの教えもあって、俺はなんとか古我知さんに勝てた。そして、救芽井家を救うことができた。

 着鎧甲冑は無事にレスキュースーツとして発表され、今では二種類の量産型が生産されているという。


 人命救助にのみ特化し、本来のコンセプトに沿って作られた「R型アールがた」と、警察組織での運用を想定し、最低限の戦闘力を持って生まれた「G型ジーがた」の二つだ。

 これら量産型は「救済の龍勇者ドラッヘマン」という名称で統一され、生産ラインも確立されつつある。


 そして現在、この二種類は少数ながら並行して生産が続けられているらしい。救芽井家の悲願である「ヒーロー量産」の野望は、少しずつ実現に近づいていると言えるだろう。


 だけど、その時点で俺はもう用済みになった……と思ってたんだが、コトはそう単純には終わらせてくれなかったらしい。

 出会い頭に救芽井の裸を見ちまってた俺は、責任を取るために彼女と婚約する羽目になったのだ。古我知さんを倒して、彼女を助けた恩もあってのことらしいが。


 ――そういうわけで、この町を離れる気配のない俺に業を煮やし、彼女自身が直々に転入してきた、ということなのだ。


 世界中にファンがいるアイドル的美少女の、婚約者。

 そんな夢にも思わないような状況に見舞われている俺には、なかなか実感というものが得られずにいた。要するに、今でも半信半疑なのだ。


「なんでまた、俺みたいな馬の骨を拾おうと思ったんだか……」

「呆れた。まだ自分がどんな大物なのかわからないの?」


 机に顎をついてため息をつく俺に、救芽井は困った表情で歩み寄って来る。白いTシャツに青色のチェック柄ミニスカート、という夏服のおかげか、どうしても彼女の脚に目線が行ってしまうな……。

 しかも、む、胸が揺れる揺れる。この俺ともあろう者が、三次元の色気に屈してしまうというのかッ……!? つーか、胸元に付いた紺色のリボンより揺れてて、ベージュのベストの上からでもそれがわかるって、どういうことなんだよッ!


 つーか、なんか迫り方がエロいぞ救芽井。思春期真っ只中の高二男子にそんな近付き方したら、狼さんになっちゃうぞ! むしろ誘ってるようにすら見えるし!


「スポンサーが見つからない以上、支社の設立は当分先になる。それまで、私達が直々に『着鎧甲冑』を宣伝して行かなくちゃいけないんだから、あなたにも協力して貰わないと……」

「そ、それでそのための部活を作ろうってハラなのか。ってか救芽井さん、その、近いんですど……?」

「い、いいじゃない。ずっと、もっと、近くにいても……」


 気が付けば、みずみずしい唇が目と鼻の先まで迫っていた。恍惚の表情で俺を見つめる救芽井。

 湖のような瞳を潤ませ、彼女の顔はさらに近付いて来る。吐息の音を聴覚が捉え、その温もりが肌に伝わって来る。

 まるでキスでもしそうなくらい、近い。ぶっちゃけ、頭がクラクラしてきた。


 ――こんなの、からかいで出来るようなレベルじゃない! 頬になら既にキスされたことはあるが、唇となると全然「重み」が違って来るぞ!?

 やっぱり、マジで俺は彼女の婚約者、なのか……!?


「ん……」


 唇がほんの僅かに突き出され、さながら「キス待ち」の表情を作る救芽井。おいおい、乱心めされたかお嬢様!?

 だけど、紛れもなくコレは「そういう」空気を放っている。やるのか!? やるしかないのか一煉寺龍太!?


「――ええかげんにせぇやぁッ!」


 うっかりそんな雰囲気に流されそうになった俺だが、その一言で現実に引き戻されてしまう。うぅ、ホッとしたような残念なような……。

 声がした方を振り返ると、そこには机の上にちょこんと座っていた少女が、膨れっ面で俺を睨む姿があった。


 川の下流のようなラインを描く、黒髪のセミロング。救芽井ほどではないにしろ、美少女と呼ぶにはあまりにも十分過ぎる顔立ち。

 小麦色に焼けた肌に、パッチリとした漆黒の瞳。歳の割には平らな胸部に、愛らしい口元から覗く八重歯。

 腰掛けていた机から飛び降りたところを見れば、その身長が中学生くらいの小柄なものだということがわかる。


 俺と同様、救芽井からの呼び出しを受けて夏休みの学校に来ていた、矢村賀織やむらかおりだ。


 彼女は四国からの転校生であり、俺とは中学以来の付き合い。救芽井家と古我知さんの抗争に俺が巻き込まれた時も、何かと気に掛けてくれていた。

 敢えて苦言を呈するなら、男より男らしい性格ゆえ、俺の立場が常にない、ということだろう。


 ちなみに、彼女と救芽井は校内で人気を二分しており、今では既にファンクラブが出来上がってるくらいだ。

 そんな二人と、いつもこうして一緒にいるせいで、俺が全校の男子生徒から総スカンを食らっているのは言うまでも……あるまい。


 彼女は机から飛び降りたかと思うと、猛スピードで俺と救芽井の間に割って入り、引き離すように俺達の胸元を押し出した。


「アタシの目の前で、よくも、そそ、そんな破廉恥なことできるなぁっ! 婚約者ゆうたって、まだ結婚したわけやないんやけんなっ! 龍太はあんたには渡さんけん!」


 俺の頭を思い切り抱き寄せ、矢村は八重歯をぎらつかせて救芽井を威嚇する。中学の時から思ってることなんだが、なんでこいつらこんなに仲が悪いんだ……?


「ふふ、矢村さん。残念だけど、私も絶対に彼だけは譲れないのよ。龍太君はもう、あなたみたいな一般人と釣り合う存在じゃないんだから!」

「なんやってぇ!? そ、そんなん、アタシらには関係ないけん! あんたこそ後から出てきて、龍太を誘惑しようなんて無駄やけんな! なにせアタシと龍太は、中学からの付き合いなんやから!」

「昔の過ごした時間なんて、何の意味も成さないわ! 過去にしがみつくことしかできないあなたにだけは、私は絶対に負けない!」

「なんやと!?」

「なによ!?」


 ……あー、ちょっと待てよお前ら。なんか夏の暑さに頭やられてないか?

 何の話でそんなに張り合ってんだよ……つーか、俺だけあからさまに蚊帳の外なんだけど。

 俺には用無しですかそうですか。グスン。


「ふん! あなたの彼と過ごしてきたキャリアは認めてあげるけど……結局、愛は早い者勝ちなのよ! さぁ龍太君、校長先生に創設許可を取りに行くわよ!」

「え? え? うおわぁぁあッ!?」


 救芽井はかつて格闘術で鍛えていた駿足を活かし、素早く俺の手を引く。その衝動で矢村のヘッドロックからすっぽ抜けた俺は、そのまま彼女に引っ張られていった。


「なっ……! 卑怯やで救芽井! 待ちぃやあああぁっ!」


 しかし、生来の負けず嫌いでも有名な矢村。何の勝負をしているのかはさておき、このままやられっぱなしで終わるわけがない。

 俺の手を引きながら廊下を疾走する救芽井目掛け、陸上部顔負けのダッシュで猛追してきた!


「やるわね……! さすが龍太君の元恋人!」

「待て救芽井ィィ!? お前は何か重大な勘違いをしているゥッ!」

「救芽井ぃぃっ! 龍太の貞操、返せぇぇぇっ!」

「矢村の方が遥かに深刻だったァーッ!?」


 ――こんな大騒ぎをしながら廊下を爆走しても、お咎めがないのは学校自体がガラガラなおかげだろう。どこの部活もまだ練習は始めていないようだから、聞きつけられることもない。

 俺は二人のえげつない勘違いに頭を抱えつつ、せめて今日だけは無事に一日を終えられることを切に願うのだった。


 ……既に無事じゃないかも知れんが。

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