いじめられっ子
翌日。
コギトは日の出の一時間前に目を覚まし、立ち上がって体を伸ばして、軽く体を動かした。 コギトは、四角い鍔に楕円形の柄頭の諸刃の直剣、愛剣『シルバーバトン』を剣帯から鞘ごと取り外して、
訓練を終えた頃に、日が登り始めた。
「さて、行きますか!目指すは、昨日見つけたあの国!」
焚き火の後始末を終えたコギトは、遥か遠くにある国を指さして言った。歩き出そうとして、
「っとと、その前に……」
コギトは、太い木の枝にかけておいた兎の毛皮を取って、大きなリュックから取り出した袋に丁寧に入れた。その袋をリュックに丁寧に入れて、
「それじゃあ改めて、行きますか!」
そう言うと、コギトは今度こそ歩き出した。
「とは言ったものの……。やれやれ……もうお昼か……」
コギトは、溜め息をつきながら言った。
コギトが国に辿り着いたのは、天に輝く恒星(注:この世界での太陽。周期は地球の太陽と同じ)が真上に到達した時だった。コギトは今、城門の詰め所にいた。
「お待たせしました、旅人さん」
そう言いながら、門番がドアを開けて入ってきた。薄めの書類をもっていた。コギトに向かい合って座る。
「まず、こちらの書類にサインを――」
書類を全て書き終えた後。
「儲かった。実に儲かった」
コギトは、満足げに毛皮の専門店から出てきた。
「野兎の毛皮がこんなに高く売れるなんてね」
コギトはそう言って、握った手を胸の辺りの高さに持ってきて、広げた。
金貨が三枚、掌の中にあった。
「今日の夕飯は奮発して豪華にしよっかな♪」
うきうき気分で十分程歩いていると、
「……」
コギトは、突然どこか悲壮な真顔になった。
その視線の先には、二階建てながらも屋上がある小さな学校があった。校門に、『サンクスギビング小学校』とあった。
「……学校、か」
コギトは、ぽつりと呟いた。
何故か鍵が閉まった教室に、悲鳴が響いた。
異形の姿になった時の、肉を引き裂き、噛み千切る感触が甦る。
数学の先生とクラスメートを皆殺しにした所で、あの人がやって来た。
あの人にも、襲い掛かった。
あの人と、もう一人、あの人と一緒に住んでいた人は、必死になって戦って、抱きすくめて止めた。
そして――
「どうかしましたか?」
コギト、不意に誰かに話しかけられた。
「え、あ、はい?」
コギトが声がした方を向くと、そこには、初老の女性が立っていた。
「道端で立ち止まって、泣いてましたよ?」
「えっ……」
コギトが目の下を触れると、確かに濡れていた。
「これ、よろしければ、どうぞ」
女性はそう言うと、コギトにハンカチを差し出した。
「……ありがとう、ございます」
コギトは礼を言って、ハンカチを受け取って涙を拭いた。その手は、やや強張っていた。
「どうかなさったのですか?」
「いえ……、学校を見て、昔の事を……取り返しのつかない事をしてしまった事を思い出しまして……」
「そうでしたか……」
「すいません、もう大丈夫です。ハンカチ、ありがとうございました」
コギトはそう言って、ハンカチを女性に返した。
「いいんですよ。……ところで、見ない顔ですけど、貴女はどなたですか?」
「私は、コギトと言います。旅人です。この国には、さっき来たばかりです」
「まあ!そうでしたか。私は、そこの……『サンクスギビング小学校』の校長をしている者です。もし、もしよろしければ、児童の皆さんに会って頂けませんか?国の外の話を聞きたがると思うんです」
「それは……」
コギトはちらりと学校を見て、
「……わかりました。私は旅を始めたのは早いですが、お話だけならば」
「ありがとうございます。それではこちらに」
女性改め校長はそう言うと、歩き出した。コギトも、その後に続いた。
『――だから、私は旅に出て、沢山、色々な事を知ろうと思ったのです』
コギトは、臨時で行われた全校集会で、沢山の児童の前に立って、十分程かけて話終えた。
話の内容は、コギトがこの世界に来る直前まで身を寄せていた師匠と呼ばれる女性から聞いた話と自分が廃墟の後に訪れた国の話を混ぜた物だった。
『以上で、旅人のコギトさんのお話は終わりです。何か、質問のある人がいたら、手を挙げてください』
その声の直後、三人が手を挙げた。教師がその内の黒髪の男の子にマイクを渡した。
『ジーン・コルトです。あの、腰のそれって剣ですか?』
『そうですね、これは『シルバーバトン』と言って、私の愛剣ですね』
『見せてもらってもいいですか?』
『あー、えーっと……、ごめんなさい、危ないから、駄目です。本当にごめんなさいね』
『……はい』
ジーンは、納得いかない表情で返事をして、座った。教師は、次に男の子より年上に見える黒髪の女の子の所に行ってマイクを渡した。
『シャウ・ヘッケラーです。コギトさんが今まで見た中で一番綺麗だと思った景色は何ですか?』
『はい、この国の南にある、高台の洞窟から見た夕焼けですね。森や川が琥珀……綺麗な、透き通った橙色に、この国が黄金色に輝いて、本当に綺麗でした』
『わかりました。ありがとうございました』
シャウは礼を言って座った。教師は最後に、金髪の眼鏡の男の子にマイクを渡した。
『ロブ・オコナー・ターナーです。あの……酸素イオンと水素イオンを足したら水になりますよね?』
ロブがその質問を言った瞬間、周りがクスクスと笑った。
『ん?何かおかしな事言った?』
コギトは、首を傾げて言った。
『ど、どうなんですか!?』
ロブは、顔を真っ赤にして、半泣きになりながら聞いた。
『え、えっと……、うん、はい。私の師匠から聞いた話だと、そうらしいですよ?』
コギトの答えを聞いた瞬間、ロブの顔がぱっと明るくなった。
『ありがとうございました!』
ロブは、元気に礼を言って座った。
『他にありませんか?……以上で、旅人さんの講話を終わります。拍手でコギトさんを送ってください』
「コギトさん、本当にありがとうございました」
校長は頭を下げた。
「いえ、いいんですよ。私の話、皆、真剣に聞いてくれていたみたいですし」
講演の後、コギトは職員室にいた。
「あの、この後、ちょっとだけ学校にいてもいいですか?」
「いいですけど……、どうしてですか?」
「ちょっと、話をしたい人がいるので」
ロブは、こっそりと屋上に出た。
「……」
悲しそうな表情で、屋上の隅に置いてあったゴミバケツに入って、蓋を閉めた。
「う……、う……」
ロブは、すすり泣きを始めた。
不意に、蓋がノックされた。
「っ!」
ロブは、ビクリと震えた。
『……ロブ君、だっけ?私、コギト何だけどちょっといい?』
「……」
『あのさ、話があるんだけど――』
「い、嫌だ!出たくない!」
『……君が質問した事って、科学の……原子分子の、イオンの分野の事だよね?』
「……!」
『それで、聞きたい事があるんだ』
「……だったら」
『うん?』
「だったら、出る」
コギトは、ゴミバケツから三歩離れた。
少ししてから、ゴミバケツの中から、ロブが出てきた。
「よかった、出てきてくれて」
コギトは、微笑みながら言った。
「……僕の話なんて聞いてどうするんですか」
「いや……、ただ、どうしてあのタイミングであんな質問をしたのかな、って。それと、周囲の反応が気になったからかな」
「……僕は、僕はただ、本当の事を言っただけなんだ。何度も確かめて、本当だって解った事を……。でも、誰も信じてくれないんだ。だから、旅人のコギトさんなら、知ってるんじゃないかって思ったんだ」
「……そっ、か。そうだったんだ」
「うん……」
ロブが頷いたその時、屋上の扉が乱暴に開かれた。
「やっぱりここにいたか、ロブ!」
小学生にしては大柄な、肥満体の男の子が出てきた。
「だろ?ここ以外ないとおもったんだよ!」
その後ろをやせぎすの男の子が続いた。二人共、ニヤニヤと下卑いた笑みを浮かべていた。
「……君達、誰?」
コギトは、首を傾げて聞いた。
「ファムとサガラだよ。……いじめっ子なんだ、あいつら」
ロブが、怯えた様子で言った。
「あ!さっきの薄汚い旅人じゃねぇか!」
ファムがコギトを指さして言った。
「ファム、そんなのほっといて、ロブからよお……」
「おう、わかってるって!……おいロブ、また金貸せよ」
「何、君ら堂々とカツアゲしてるの?」
コギトが呆れた様子で言った。
「カツアゲじゃねーよ、借りてるだけだよ!バーカ!」
「……」
コギトは、やれやれと肩をすくめた。振り返ってロブを見て、
「……ロブ君、いいの?こいつら」
「……僕は、二人に勝てないし……」
「そんなんでどうするのさ」
「えっ?」
「男の子なんだからしっかりしろ、とは言わないよ。でもさ、あんなのにお金渡していいの?」
「……いやだけど……でも……」
「時には、立ち向かわなきゃ駄目だよ。いくら科学が出来てもさ、ああいうのに言いように利用されるだけだよ?そんなのは嫌でしょ?」
「……」
ロブは、黙ってコギトの前に出た。ファムとサガラを、泣きそうな目で睨み付ける。
「ハハーッ、怖くねぇ!……金よこさねえなら、死ねよ!」
ファムはそう言って、ロブに拳を振り上げた。
(ディフェンスアップ)
コギトは、こっそりとロブにPSIディフェンスアップをかけた。
ロブに降り下ろされた拳は、ゴンと鈍い音を立てた。
「……いっ、てええ!なんだこいつ!?」
「う、わあああああああ!」
それを見たロブは、半ば悲鳴になった叫び声を上げながら、ファムに飛びかかった。
(オフェンスアップ)
コギトは、今度もこっそりとPSIオフェンスアップをかけた。
ロブが放った飛び蹴りは、見事にファムの眉間を捉えていた。ファムはそのまま崩れ落ちた。
「ひ、ひいいっ!う、うわあああああああ!」
サガラは、ファムを置いて慌てて逃げ出した。
「え、えっ?」
ロブは、ポカンと口を開けた。
「やれば出来るじゃん!」
コギトは、弱めに背中を叩いた。
「ぼ、僕、ファムに買ったの?」
「そうだよ、君が、こいつに勝ったんだよ!」
コギトは、半分嘘をつきながら言った。
―続く―
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