第166話 回収

塀にしがみつく3名



ドアの壊れる音に中川と新庄も振り返った。



強烈な腐敗臭を漂わせるアンデッドと傷口にウジのわく感染者



一同奴等の侵入を目にする。



中川「ヤバい…入ってきた…」



慌てて下へ降りようとする中川へ



堀口「降りちゃ駄目です」



列をなし入り込む奴等が瞬く間に無線トランシーバーを覆い隠した。



不意を突かれ、侵入を許した3人のすぐ下には集まった亡者がこちらを見上げ、こぞって腕を伸ばす場景



壁を挟み、高速道では奴等の示威行進、下には奴等の群れ



3人はあれよあれよと言う間に完全に包囲されてしまった。



新庄「クッ… 逃げ場を失ったぞ…」



やっとの思いで塀にしがみつく3人にARの使用はおろか、移動もままならない状態



予期せぬ事態に中川の顔面は真っ青になり、ただ茫然と見下ろしていた。



新庄「堀口さん…これ…どうするよ?」



返す言葉の無い堀口は、頭の中で打開策を模索するのだが…



無線トランシーバーを失った今、助けは呼べない… たとえ呼んだとしても誰も助けになど来れる筈も無い…



じゃあ銃撃は…?



この態勢での射撃も…難しい…



無理だ…



なら…このまま塀を伝わって移動する手はどうだ…?



いや… それも難しい…



消去されてく打開肢



この状態と状況では何も出来ない…



すぐにこの場から逃げなかった私の責任だ…



堀口はどうする事も出来ない局面に追い込まれ、弱々しい口調で口にした。



堀口「すいません…無駄にここに留まってしまった私の判断ミスです…打開策は……ありません…」



中川「このまま塀を渡って移動するのはどうですか…?」



堀口「駄目です…すぐそこから足場が一切無くなってますから…」



新庄「なら発砲しよう」



堀口「いいえ この状態で片手で発砲しても反動を抑えられず、命中率がでたらめになるだけです… 弾薬の無駄になるだけです…それに音で奴等を更に呼び寄せてしまいます…」



中川「ならどうします?永遠にここで飢え死にするのを待つんすか?」



堀口「…」



新庄「まじか… 奴等と48耐… いや96か?この態勢でいつまで持つかだな… 既に指が痺れてきたしよ」



中川「飢え死にするよりも こうなったら決死の覚悟で一斉に飛び降りて強行突破しませんか?」



新庄「降りて?馬鹿言え この数相手に超接近戦だぞ」



堀口は再度下を見下ろした。



20体程の群れ…



この群れに飛び降りて…



いっそ戦うか…?



超接近戦どころの話しじゃ無い…



肌の触れ合う程の密着距離…



突破なんて物理的に無理だ…



例え出来たとしても…



死なずとも噛まれての負傷は100%免れないだろう…



噛まれればそれでお終い…



もはや死と同じ…



小銃を手にしてるなら実行したいのはやまやまだが…



この状況は…やはり無謀…



一番選択してはならない…自殺行為だ…



部下を死なせる訳にはいかない…



堀口「中川さん…すいませんがその案も却下です…諦めて下さい」



中川「何故です?俺達は奴等と戦う戦士ですよ…武器を手にしながら戦いを拒否するんすか?」



堀口「…」



中川「怖いですよ…こんな中降りるなんて…分かってます…でも元自衛官として、ZACTとして勇敢に戦いたいんです」



新庄「冗談言うな 周りはゾンビだらけなんだぞ」



中川「与えられたこの89を手にしているのですから、弾だって十分あるんです」



堀口「えぇ…気持ちは良く分かります…でもこの中を降りて無傷の生還はハッキリ言って0です…噛まれただけで…それは死んだと変わらないですから…厳し過ぎる状況です…私はまかされた隊長としてその決断を下す訳にはいきません… 残念ですが隊長命令です。その案は諦めて下さい」



中川「ならどうすんすか 飢え死にして…じゃあこのまま3人仲良くここで死ねとおっしゃるんすか?」



堀口「…」



中川「いや…飢え死ぬ前に…体力が持つかどうか ハッキリ言ってここで待ってても好機が巡ってくるとは思えません、ましてや救出などもってのほかです 自分達で何らかの行動を起こさなければ…もう体力が持ちませんよ…後何時間ここにしがみついてればいいんですか?」



新庄「確かにな…飢え死によりも体力の問題だよ… やべぇ 超腕が痛くなってきたぜ マジどうするよ?隊長さん わっ 」



その時だ



塀にしがみつく新庄の姿が突然消えた。



同じ高さに位置した筈の新庄の上半身が忽然と消えたのだ



堀口と中川が追う視線の先



落ち行く新庄の姿体があった。



新庄の腰には感染者がしがみつき



気付かぬ内に感染者が塀をよじ登っていたのだ



新庄の身体は捕まり、真っ逆様に奴等の群れへと落ちた。



叫び声をあげる間もなく落ちた新庄は群れに埋もれて消えた。



中川「あ…あ… なんて事だ…」



こぞって覆い被さるゾンビや感染者達



新庄のはらわたが引きずり出された。



破かれた衣服が舞い上がり、血潮と共に切断された一本の腕が浮上。



その一本の腕を巡って奪い合う奴等のおぞましい光景に



堀口は苦悶で眼を閉ざした。



また中川も震える唇でそれを凝視した。



1本の腕を争い、何処かへと消える3~4体の感染者達



声もあげる事無く食べられる新庄がそこにいた。



食される仲間をただ見てる事しか出来ない堀口と中川



仲間を救えぬ非力さと…



仲間を失った悲しみ…



あらゆる負が押し寄せ



堀口、中川は見殺す自責の念に駆られながら群れを見下ろした。



今度はバラされた脚が浮上



それを掴み合い、引っ張り合いが始まる。



また…



嗅ぎつけたのか?



餌場にどんどんと奴等が集まって来た。



貪り食される新庄の五体は早くも原形を留めず、食い散らかされていく



血がべっとりつく89式小銃が浮上し無造作に捨てられるや、次に内臓系、頭部と順々にあらわれた。



集まり、数を増やす奴等



非常通路はパンパンに奴等で埋め尽くされている。



薄暗くなる空、夜の顔を見せ始める夕暮れに



人の見分けが少々難しくなりつつある逢魔が時に



2人は絶望した…



中川「俺達死んだな…」



堀口「くっ…」



まだ諦めるな…希望を捨てるな…



堀口の口からその言葉が発せずにいた。



悪化する状況に、仲間を失ったショックに影りを見せる空と同様に暗影が2人を包み込んだ。



こんな世界だ…



当然、死ぐらいは覚悟している



ザクトの軍人である以上今は奴等との戦争中なのだから犠牲も覚悟している。



だが…実際問題、窮地に直面して思い知らされた…



活路無き絶望と言うものを…



今…死に直面して一握りの希望も無くし、恐怖を味わっている事を



死が頭をよぎり、堀口に異常な震えが込み上げてきた。



塀を掴む手が震え、握力が低下する堀口



中川「クソっ 這い上がってきた」



堀口が中川の発声で下を見下ろすや2体の感染者が塀をよじ登って来るのを目にした。



中川「来るなぁ 落ちろ!落ちろ!」



中川が必死な抵抗で足蹴にするも感染者に足首を掴まれた。



そして、同時に堀口の足首も掴まれた…



引きずり落とされる



亡者の蠢く地獄へと連れて行かれる…



っと次の瞬間



突然、黄昏の空から一閃のライトが照らされ、共に2本のレーザーが照射された。



上空を見上げた堀口と中川



気づけばいつの間にか大きな飛行艇が真上で空中浮遊している。



その飛行機の接近に全く気付かなかった2人…



それ程の無音



エンジン音も飛行音も一切聞こえない



ヘリでも無いのにその機体はまるでホバリングの状態で空中静止しているのだ



なんだ…?



眩しさに目を細めながら見上げる2人に、照らされたレーザーサイトが這い上がる感染者へと移行された。



そして…



パシュ パシュ パシュ パシュ



感染者の肩と顔面に的中



命中した肩は粉砕され、胴体から切り離された。



堀口、中川の足首を掴む手を残し、2つの骸が落下、ブラブラと腕が揺れる。



堀口は落ち行く感染者を見下ろし、再び上を見上げるや



塀にはいつの間にやら2人の男が降りたっていた。



飛行機から延びたロープ



いつの間にか降下し、高速道を見渡す正体不明な2人に堀口は視線を向けた。



ザクトか…?



ソンク「あらら…전멸 하고 있어…(全滅してるよ…)大変だぁ」



近藤「だからぁ~ ちょいちょい韓国語交ぜんなって」



ソンク「ホンマ じぇんめつしてるじゃん」



近藤「あぁ~ っかしちょっと寄ってみたら、もうこのザマなんだね……だらしないんじゃない関東の連中は たかだか40万ぽつちしなのに…しかも戦車まであんのになぁ~」



「ジィ おまえ等さっさとそこの2人を回収しろ… 急げ ジジ」



近藤「あっ ノリさん 下の雑魚は?」



「ジィ ほっとけ マスターが5分で終わらせろだと いいから急げ ジジ」



近藤「はいはい… あ!後5分もいいんだ…」



この者達は何者だ…?



無言で見詰める堀口と…



中川「え…援軍…?」



驚きを見せる中川



ソンク「あ~お腹減ったよ近藤しぇん 空腹でもうやってもられないよぉ~ 早くきゅうしつしちゃおう아! 저기에 있는 좀비녀…깨끗한 시체다…섹스하고 싶다(あ!あそこのゾンビ女…奇麗な死体だ…やりたい)



近藤「だからぁ~ ジャパン語で喋れって ソンクは回収お願い 俺5分だけ遊んで来る」



ソンク「駄目だよ~マスターとノリさんに怒られちゃうよ」



近藤「今は…ゾンビ共のホロコーストタイムなんだぜ 回収頼むよ じゃ 任せた」



ソンク「もぉ~ 중독자(ジャンキーだな…)」



この多勢な大行進、悲惨な大侵攻を前にまるでビビる様子の無い2人



余裕な会話が交わされている…



そして堀口が再往に上空で停止する機体を見上げた。



見た所Cー1輸送機…



だが…明らかに普通のCー1輸送機じゃない…



音が一切なく、VTOL(垂直離着機)が可能なCー1など今まで見た事が無い…



薄暗い空中で静かに留まる機体に堀口は目を凝らした。



XCー2でもC130でも無い…



この輸送機…



オスプレイよりもペイロード(搭載量)も大きく



優れた機動性能が伺える



新型…?改良型…?



そして颯爽と救出に現れた見知らぬこの部隊…



疑問ばかりが膨れる堀口に突然手が差し伸べられた。



ソンク「あなた達ホントにウンいいね たまたま通りかかったからよかつたけど…われわれ来なけりゃ死んでたよ」



近藤「ひゃーハッハッハッ… 死ね…オラぁ 死ねよ…」



イかれた笑い声に堀口、中川が下を見下ろすと新庄の死体に群れたゾンビ共が蹴散らされていた。



近藤「オラぁ~ ハンターはいねぇーかぁ? 連れて来い雑魚キャラ共ぉ」



堀口、中川は目を疑った。



真下ではトンファーの様な特殊なブレードを振り回し40体近いゾンビ相手に狂気に満ちた斬殺劇が繰り広げられている。



ソンク「あの人はクスリ大量にやってるから危ないよ 近づいちゃダメ ほっときましょ」



ソンクが笑いながら2人にそう告げた。



ソンク「さぁ 行きましょう」



そして手を差し伸べるソンクに…



中川「あなた達は…何者? ザクトですか?」



ソンク「えぇ… はい しょうです つまりあなた達の味方ですはい」



堀口「何処の所属ですか?」



ソンク「しょじょく?しょじょく…あぁ 所属ね えぇ~せょいしき名称何だったけか……え~と…あぁ~確か…ゾンビ殲滅隊40だったっけかな…」



中川「殲滅隊…?本隊の…?」



ゾンビ殲滅隊と言えば関西の主要都市をいくつも奪還成功させてるいわばザクトの本隊



唸るほどの大都市で何百万を相手にしてる経験豊かで、本隊と言えば屈強な精鋭揃いだと聞いた事がある。



ゾンビ狩りメインの戦闘部隊だ



その40…といえば



聞いた事がある…



もしや…



堀口「40?班の名前は?」



ソンク「マスターでしゅ… あ!せぇい式には岩渕班です」



即座に顔を見合わせる堀口と中川



岩渕班…?



凶悪な犯罪者や外国人で構成された部隊があると聞いた事がある。



たかだか40名たらずの少数精鋭で大阪、福岡、愛知の大都市を1人の死傷者も出さずに奪還したと言われる部隊



殲滅隊にはレジェンド化したある有名な2つの部隊が存在すると…



1つは橘班



そしてもう1つが通称 Master



そのマスター率いる最強で最凶な部隊がある



それが対ゾンビ殲滅前線部隊 第40班の



岩渕班だ



堀口「岩渕班…?あの岩渕班ですか…?」



ソンク「そうでしよ さぁ 先を急いでましので行きましょう」



ソンクの手を掴み、塀に上がった2人がロープで上昇を始めた。



「ザザッ 近藤ぉ テメェー 勝手に殺戮してんじゃねえよ 回収終了したんだ 早く行くぞ おまえもさっさと上がりやがれ ザザ」



近藤「あいよ もうちょい待って…」



肘を振り抜くや感染者の首が落とされた。



近藤「終わったよ~ あ~ 楽しかったぁ」



近藤が軽快に塀をよじ登り



ロープを掴むや上昇



腕時計を見ながら呟いた



近藤「4分35秒かぁ… まあまあかな…」



堀口、中川が見下ろすと40体近くいたゾンビ共が近藤によって皆殺しにされていた。



ノリ「2名の生存者回収終了しました マスター」



マスター「ノンストップで東京まで向かえ」

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