第154話 三巴

執行者…?



純やが険阻な表情で眉間にシワを寄せた。



一弾指に理沙の右瞳が紅瞳に変色し猫目へと細く変容した。



その間、内から放出する目に見えぬ妖異なエネルギー



即座に蛇蝎(だかつ)な感染者、ゾンビ等がおかしな反応を示す…



一挙に焦りを含む、挙動不振なたじろぎを見せたのだ。



こうしてフロアー内の空気が一変



その軽微な変化を感じ取った純や、由美が周りを見渡すや



100体にも及ぶ死色の生屍共が、どいつもこいつも理沙を恐惶(きょうこう)しているのが分かった…



ゾンビ共の視線が全て理沙へと向けられ骸に過ぎぬ奴等が皆脅えている



何?何?どうしたの…?



由美はキョロキョロ周りを見渡しながら動揺させた。



純やも辺りを見渡し、ゾンビ等同様理沙へと視線を注いだ。



こいつら… あの女に…



びびってるのかよ…



見た所単なる華奢な小娘にしか見えないんだけど…



皆…あいつに畏れていると言うのか…?



途端にこみ上げる怖気、純やは理沙の計り知れぬ負のパワーに震慴した。



そんな邪(よこしま)なチャクラが漂流する中



容貌魁偉なエレナは理沙を直視した。



理沙「いくら足掻こうが… いくら反抗しようが…もうあなた達のような馬鹿で未熟な人間に滅びの運命は変えられない… 執行はもう免れられないんだよ」



エレナ「確かに… 私達人間はこの地球にとって…他の動物にとって邪魔な存在なのかもしれない… 滅ぶべき存在なのかもしれない…でも…人間だって楽して今の地位に登りつめた訳じゃない 過酷な生存競争を勝ち抜き、長い年月を経て、今の生存する資格を得たのよ」



理沙の眼がいつの間にか黒目へと戻っている。



エレナ「…コミュニティーを作り、テリトリーを広げ、そこから繁栄と文明を築きながら、今の地位を獲得した筈よ…私達だってこの地に生存する権利は…」



話しを遮った理沙



理沙「ないよ… 剥奪されるんだよ…これから全てね…」



今度は理沙の両目が紅く変色した。



由美「ひゃ」



はっきりと変わった理沙の眼に驚く由美



理沙「あなた達はこの地から排除される種…この地球(ほし)から消えて貰うわよ」



理沙の両瞳が細く変化した。



エレナ「それは分からないわよ理沙 きっと最後まで抗うわ…人間は…」



理沙「なら… 完膚無きまでに踏み潰してあげる… このほしの本質である弱肉強食の鉄の掟にのっとり…自然界の厳しい掟で制裁を下す あなた達は皆、食されるのよ… そしてこの世から消え失せるの」



理沙の左の掌から3本の触手が皮膚を突き破り飛び出してきた。



また右の掌からも、もう3本の触手が突き出る



計6本の揺らぐ不気味な触手



変貌する理沙の声色も変わった。



理沙「さぁ~ もう満足したでしょ?エレナ…そろそろ理沙の舌を楽しませてよ」



理沙が右の掌をエレナへかざした瞬間



奇怪に揺らめく触手



その3本の触手が伸び、エレナの首へと巻きつくや、エレナが急激に引き寄せられた。



エレナの身体が階段を浮上し、持ち上がる



純や「エレナさん」



由美「エレナさん」



純やと由美がバットを構え、拳銃を身構えた。



エレナ「ぐぅ……」



理沙の目の前まで引き寄せられたエレナが苦しみの表情を浮かべる。



エレナは苦痛の面で転瞬にベネリショットガンを理沙へ向けるや



今度は左の掌から触手が伸ばされた。



ショットガンに巻き付けられた触手がベネリの銃口をそらし



そして、銃口が理沙からズラされた。



エレナ「グ…お…もい…どおりに…クゥ…させな…い…ゲホォ…アン…タの…」



理沙「黙って」



エレナ「…ゴホォ、ゴホォ…す…きには…させない…」



理沙「黙れよ」



エレナ「や…ぼう…は…わたしたちが…くい…」



理沙「黙れぇ 食糧風情が粋がってんじゃねぇよ」



エレナ「そと…に…は…ださ…」



理沙が触手の絞力を強めた。



純や「エレナさん」



エレナさんがやばい…



助けないと…



純やが金属バットを振りかぶり、一歩を踏み出した  その時だ



シュ



由美の横を、純やの横を一本の幸矢がすり抜けていった。



そして、エレナの左耳をかすめ、その甲矢が停止した。



純やの目に映った一本の矢羽



由美もエレナの真横で停止した矢尻を目にした。



重ねた触手の壁に防がれ空中で停止する弓矢



理沙が後方へ視線を向け、純や、由美が後ろ振り返ると…



エントランスホールの入口付近に



アーチェリーの洋弓を構えるハサウェイの姿、89式自動小銃を身構える矢口の姿を目にした。



純や「ハ… ハサウェイさん」



由美「なんで…?」



ハサウェイ「エレナを放せ」



矢口がゾンビの群れへ89式アサルトライフル(AR)を左右振り子の様に向けている。



身体中包帯に巻かれたハサウェイ



満身創痍な筈のハサウェイがそこにいた。



ハサウェイ…?



苦しむエレナにもハサウェイの声が聞こえた。



なんで…ハサウェイが…?



なんで来たのよ…?



まだ…全然動ける状態なんかじゃないのに…



掌から伸びる血にまみれた6本の触手



その触手がかろうじて爪先立ちするエレナの首、ショットガンの銃身に巻き付き小刻みな蛇行でくねっている。



触手でエレナを捕縛しながら理沙はハサウェイ、矢口を黙視した。



ハサウェイと目を合わせる理沙



ハサウェイ「エレナを放せ… 理沙」



ハサウェイは乙矢を装填したのち、弓で理沙の額へ狙いを定めた。



すると、理沙が笑みを浮かべながら



理沙「ヒャハ あなたも食糧希望なの?ゲロまずそうだから、多分理沙の口には合わないよ おまえ達はこの子達の餌行きね」



ハサウェイが鋭い目つきへと変わる。



純や「何しに来たんですかハサウェイさん…まだ…駄目じゃないですか」



ハサウェイ「抜け駆けはないだろう…純や」



純や「何言ってんですか、そんなんとても戦える状態じゃないですよ…」



ハサウェイ「こんな状況で寝てられるかよ、ここを無事脱出したら誰に何と言われようが思う存分に静養するさ」



純や「いや…いや、いや、いや、いや、いや、そうゆう問題じゃないです…」



由美が矢口へ「駄目じゃないですか… 怪我人を連れて来るなんて…」



矢口「どうしてもって…言う事聞かなくて…」



ハサウェイ「あいつがいる限りは今後もクソもない 俺の身体の心配なんてどうでもいい それよりもエレナを」



確かにそうだ…



純やも由美も前方へと振り返った。



またも首へ巻き付く触手がきつく絞め上げるのを4人は目にする。



声も出せぬ程、喉へと絞まる触手にエレナの意識がどんどん遠のいて行く



駄目…呼吸が…



息が出来ない…



霞んで行く視界…エレナの全身の力が見る見る抜けて行った。



目が虚ろぎ、完全に力が抜けたエレナ



窒息死寸前のエレナの肩がダラリと垂れ、ベネリショットガンを持つ手が離れた。



由美「エレナさん」



理沙へ向ける拳銃



ベネリショットから離れた手がダラリと垂れ下がる。



矢口「エレナさんを放せ 化け物」



矢口もARを理沙へと向けた。



理沙は首をかしげながら



理沙「う~ん 今度こそどっから食べようかちらぁ~ 順番が肝心だからなぁ~ 理沙悩んじゃうなぁ~ やっぱり脳味噌からかなぁ~」



食べる部位を真剣に選定する理沙



舐め回す様に、脱力したエレナの全身を見定めているや



何かを感じ取った理沙 その瞬間



理沙の眉間にシワが寄り



エレナの首とショットガンに巻き付けた触手を忽時に放した。



っと同時に数本の糸が目掛けて飛んで来た。



1本…2本…? いや 3本…4本…5本もの雨のような降糸



触手が解かれたエレナ



意識を失ったエレナの身体が後ろ向きで中階段から落ちようとしている。



そして身体が後ろへと倒れた



純やが慌てて金属バットを投げ捨て、エレナをキャッチ



見事にお姫様抱っこでキャッチしたエレナを抱き上げ、純やは左右に分かれたゾンビの道をハサウェイの元へと走った。



ハサウェイ「エレナ」



ゆっくりと床へ置かれたエレナ



意識が無い…



ハサウェイはすぐにエレナの胸に手当てた。



そして、耳を口に当てる。



目を閉じるハサウェイの耳に…



微かな吐息を感じた。



心臓の鼓動も手を伝わってくる。



ハサウェイ「大丈夫だ 息もしてるし…心臓も動いてる…」



ホッとした表情を浮かべるハサウェイ、純や、由美の3人



由美「よかった…」



純や「ふぅ~」



純やが一息つくや、ARを構える矢口が険しい口調で口にした。



矢口「みんな… あれ見て下さい」



ハサウェイ、純や、由美が振り向き目にしたその先に…



その光景に3人の目が見開かれた。



長身の特異感染者が理沙の盾となる光景



その特異感染者の左手5本指全てに何かが絡まっている



キラリと光らせる細い糸だ…



3人はその糸を辿り、視線を2階に位置する通路へと向けた。



純や「あいつは…」



そこには…



眼鏡の縁を人差し指で軽く上げる男



「くくくふふ」



そこには…神経を逆撫でする不愉快な笑い声をあげるあの男が存在していた。



特殊な武器



鋼糸の使い手…



芹沢がいた。



ハサウェイ「芹沢」



理沙は芹沢を見上げながら



理沙「ほぉ~ 賑やかになってきたねぇ~ あなたも食糧希望なの?」



余裕の笑みを浮かべている。



ハサウェイ等新宿チーム、理沙、芹沢



トライアングルな位置で三者が見合わせた。



三つ巴のバトルロイヤル開幕

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