第111話 伝播

地下駐車場 男子トイレ



何やら争った形跡が伺える手洗場



電球が切れる寸前の消えたり点いたりをチカチカ繰り返す蛍光灯、チョロチョロ流れ続ける小便器の水、ホースやバケツ、ブラシなどの清掃器具が散乱し、あちこちにこびりつく血の跡と所々破壊された、各個室の扉



そんな荒れた化粧室に1人の男がいた。



割れたガラスに映る男は洗面台の蛇口から出る水でタオルを濡らし、それを傷つく局部へと押し当てた。



「あぁぁ~ いつつつつ」



洗面台の脇には、眼鏡と鍵束、トランシーバーが置かれ、目を瞑り、痛みに顔を歪ませる芹沢だ



どうやら弾は…貫通してるようだけど…



ファック マジ痛いよこれ…



不覚にもこの俺がこんな傷を負うとは…



またタオルを濡らし再応に傷へと当てた。



「あぁぁ~~~」



クッソー ガチ痛ぇーわ…



なんで俺がこんな目に合わなければなんないんだよ…



超ファックだよ… しかもあの化け猫ごときに…



あ~ムカつくな~ あのメス猫ゾンビ… 



痛みと手傷を負わされた事に段々とイラつきを見せた芹沢



エレナって女もキャツも…



女のクセして生意気なんだよ…



あの笑顔…思い出すだけで腹立つわ~



何が女王だよ… おまえは英国人か…エリザベスじゃねぇんだよ…



あ~ クッソー痛ぇ~



芹沢はチラっと指に嵌める球体へ視線を向け



ここまでやられて…



この怒りおさまりがつかねぇ



あの自分をクィーンとかほざいてる奴を…



もう…この糸で生きたまま切り裂いて…



あのプッシーキャット共の悲鳴を聞きながら手足を切り落としてやらないと気が済まない…



きっちりお返ししてやらねぇ~とな…



恐怖よりも次第に赫怒に駆られた芹沢



殺してやるよ…



クソ女王様…



芹沢が三たび血の付着するタオルを洗い流した時だ



トランシーバーが傍受され、女の声が受信されてきた。



「ザァ あーあー聞っこえるかなぁー?あーあーキャハ ふふふふ~あーあー聞こえますかぁー?ザザザ!」



芹沢の目つきが変化した。



ーーーーーーーーーーーーーーーー



3階 出版社オフィス



廊下で見張りをしていた由美、山本



それに加え、高林が慌てて部屋に入って来た。



由美「みんなだいじ…」



高林「今の揺れって…」



純や「シッ 静かに」



純やにより由美、高林の発声が遮られる



すると



「ザザ 分かってるんだょー 全部応えなさい… エ・レ・ナ ザァ」



エレナがすぐに純やからトランシーバーを奪い取った。



エレナ「理沙ね…」



理沙…?



高林を寒気が襲った。



話しは聞いている…



見た目は可愛いらしい女性の姿



だが



特異感染者なんか比べものにならぬ程、厄介な相手だと



しかも…知能は自分等と寸分変わらず、パワーにスピード、残忍さは遥かに自分等人間を凌駕する者だと



そいつが今 トランシーバーを使用して直接、コンタクトをはかってきた。



高林をはじめその場の誰しもがいきなりの交信に驚倒していた。



理沙「ザァ やぁぁ~と 見ぃーつけた ハハハハハ ザァザ」



ーーーーーーーーーーーーーーーー



警備室



丸椅子を回転させ、無邪気にクルクル回る理沙の目の前に映る監視カメラのモニター画面



理沙「ひゃーあ キャハハ」



そして理沙は椅子の回転を止め、無線機のマイクを手に取った。



理沙「今ね テレビにあなた達が映ってるの ちゃーんと見えてるんだよ 理沙…もう待ちくたびれちゃって」



ジィーと画面を見詰めながら、笑顔を浮かべている理沙



返事なし エレナ達からの応答が無い



理沙「ちょっと 聞いてるんでしょ…?エレナ… ハハハァー びっくり仰天って顔してるわね キャハ」



画像がかなり乱れているが1階エントランスを映す画面にはこのビルにいる全てのゾンビ、感染者が集合し、ひしめき合っていた。



理沙「理沙ねぇー そろそろお外に出ないと行けないんだぁー」



ーーーーーーーーーーーーーーーー



3階 出版社オフィス



理沙「…でも…理沙ってホントグルメだから…目を付けた食肉をどうしても諦め切れないんだよねぇー ザザ」



エレナ「それで?」



理沙「ザァ それでぇーこうゆうのはどうかと思って あなた達 人には取引って言葉があるじゃない…エレナ…あなたが自らご馳走になってくれれば… その他の人間は少なくともこのビルから生かしてあげてもいいかなって思ったの ザァ」



純や「取引?」



エレナ「それって…つまり…私にアンタの生け贄になれって事?」



理沙「ザ そうゆう事 どの道…遅かれ早かれ人間なんかこの地から淘汰されちゃう運命だし… どうせお外へ出ればあなた達はすぐに食べられちゃうだろうからあまり意味無い事なんだけど… もう理沙もいつまでもここに留まってらんないんだぁだから… せめてもの譲歩で言ってるんだよ ほんのちょびっとでも生きたいでしょ? サザ」



エレナ「ふ~ん そうゆう事…なら…もし即答でそれを断ったら?」



理沙の声色が突然変わった。



理沙「ザザ 逃げ場も勝ち目もあなた達には無いの… その場合…あなた以外をまずは食い殺してあげる…理沙の掛け声1つで…忠実で可愛い幼虫さん達が直ぐにそこを総攻撃出来るんだから ザザ」



それを聞き、目の間を皺めるエレナ



顔色を失う、純や、由美、矢口



怖気立つ高林、山本



理沙「ザザ ただの家畜同然なあなた達にこんなにも対等な取引を持ちかけてあげてるんだから… 理沙に感謝しないと駄目だよ ザザ」



言葉を失う一同



トランシーバーから聞こえる理沙の声だけが部屋へと響いた。



理沙「ザァ いい事…生かすも殺すも全て理沙の手の中にあるの…あなた達の生殺与奪を理沙が掌握してる事をお忘れなく… ザザザ」



エレナ「もし…それに応じるとしたら…私が人身御供になると…その取引に応じるとしたら… 私は一体どうすればいいの?」



純や「え?エレナさん何を…?」



エレナ「シィ」



理沙「ザザ 1階の大きな広場に来なさい… 理沙はそこで待ってるから あなたは理沙のメインディッシュなんだから光栄なのよ じゃあね エレナ また後でね バイバァーイ ザァ」



そして…その頃…ある異変が生じた。



ーーーーーーーーーーーーーーー



1階 エントランス



ビル内全ての奴等が集まり、ひしめき合う中



ある1体の感染者に異変が生じた。



密集にうずくまり、小刻みに痙攣する身体から突如として触手が皮膚をブチ破る。



口から1本、腹から1本、肩から1本の血にまみれ、揺らめく生まれたたての触手だ



そしてまた…



高層ビルの防犯シャッターへしがみつき中へ入ろうと激しく揺する奴等の中にも…



ある一体の感染者が、突然シャッターへしがみつきながら…発作的な痙攣を引き起こし、うずくまりだした。



「ぐぎぁぁぁぁぁぁあぁあああ」



叫び声をあげ、うずくまった身体



すると 尻の穴から… 胸部から…額から…



皮膚を突き破り、血を撒き散らして3本の触手が体内から飛び出してきた。



その200メートル離れた細道でも、1体の感染者が変貌を遂げている。



この異変現象が連鎖



ついに… このビルから外へと伝染が始まった。

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