第103話 自殺

絶対に…殺されてたまるか…



「かぁぉぁ~20円あげる事を…」



生への執着と渇望をまざまざと実感する道は死を拒絶した。



全体重が乗せられる狂人の身体、それを必死に耐え、既に限界に達していた道の腕に少しばかり力がみなぎる



反抗の力で少しばかり押し返すのだが…



暴れる父親が道の肩を掴み、引っ張ると衣服が破かれる



正気を失った背徳の者が荒々しく首を小刻みに振りながら道を食らおうとしており



火の点いた生への執念、懇願は簡単に吹き消され、恐怖と絶望に負かされた。



道の抗いむなしく、拮抗が崩され押されるや、わずか1センチまで近づき歯をガチガチ鳴らせる父親



クソ… やっぱり駄目なのか…



かろうじて耐え忍ぶ両腕から完全に力が抜けかかる寸前



ガシャー



何かが床で割れる音がした。



すると



玲奈「やめてぇー」



物置から再びベランダに戻った玲奈が鉢植えを投げつけていた。



部屋に割れた鉢植えの土が散乱する。 



玲奈「道くんから離れてよ お父さん」



父親の身体がピタッと停止、玲奈の声に振り向かせた。



馬鹿… 来るな… 玲奈… 逃げろ…



道も玲奈を目にした。



涙を流す玲奈と狂った父親が目を合わせ



玲奈「なんで? なんでこんな事するのお父さん… お願いだからもうやめてよ…」



数秒間玲奈を見据えた父親…



だが…



それは決して娘としての認識でなく、娘の声に反応してでは無い…



無頼な気色覚ゆる反社会人の眼に映るは



別の食料が横から現れ、それを発見した目



その程度の認識に過ぎない



そして道へ馬乗りするイカれた暴君が突如



ターゲットを玲奈へと変えた。



たちまち起き上がり、ベランダの手すりへしがみつく玲奈へ父親が襲いかかった。



床に倒れた道と曲折したつっかえ棒を置き去りに、残忍な殺人鬼が玲奈に飛びかかる



向かって来るイカれた父親に玲奈はどうする事も出来なかった。



その場で固まる身体、玲奈はただ父親を目にしていた。



クソ… 玲奈がヤバい…



道が慌てて上体を起こし、叫ぼうとした時



時がスローになり



道の両目が飛び出さんばかりに見開かれた。



玲奈の目も大きく開かれ、道と目を合わせた。



道「あ… あ… れ…れい…な…」



道の目に映る光景…



それは父親がまるで吸血鬼の様に玲奈の喉元へと噛みついていたのだ



顎が動かされ、深々と歯が皮膚へと食い込んだ



その場の空気が凍りつき、一瞬だけ時がスローになる錯覚をおこしていた。



れいな………



そして、通常な時の流れに戻ったと同時に…



道の目の前で



ブシャャー



玲奈の喉が噛み切られた。



道「あ…あ…」



震える顔、玲奈を見詰める目



玲奈の喉から噴水の様に鮮血が飛び散った。



玲奈「みちく…に…げ…て…」



道「れいなああああああああ」



出せるだけの声量で道は叫んだ。



すると 今度は道の声に反応を示した父親が振り向いた。



鮮血に染まった殺人鬼が道へ身体ごと向け、再び襲いかかろうとしていた。



あまりに非現実的な出来事の連続、それに加え、玲奈が襲われたショックで道の頭の中は真っ白となり



対処の術も何も無い



それどころか指1本動かす事もままならなくなっていた。



完璧な絶望に打ちひしがれ、道の形成された心は跡形も無く壊れていた。



目や口を大きく開いた道に父親が飛びかかろうとした



次の瞬間



消え行く命の灯火の玲奈が最後の力を振り絞り、父親の背後からしがみついた。



駄目… あの人は… お父さんは…私と一緒に…



天国に行こう…



喉と口から大量の血を吐き出す玲奈が下を見下ろした。



たかが2階の高さ



この高さじゃ普通に落ちても死ぬ事は出来ない



落ちるなら頭部から…



玲奈は最後の思考を終え、もう一度道へ振り向くと



声には出さず口だけを動かした。



道「え?」



そして、手すり越しからしがみつくや、父親を道連れに飛び降りた。



しがみつかれた父親の身体はまるでバックドロップの様な型で引き寄せられ玲奈と共に落下



道の目の前から忽然と2人の姿が消えた。



え? え? 玲奈…嘘だろ…



道は震える身体、震える手を必死に動かし床を四つん這いで這いながら移動



そしてベランダに飛び出し恐る恐る下を見下ろすや



頭部から直撃し、脳みそを半分地面にぶちまけた父親の死体と目を開けたまま仰向けで横たわる女性の死体を目にした。



玲奈の開かれた目から血と混ざった一筋の涙が垂れ落ちていた。



なんでだ…? なんでおまえが死ななきゃ…



なんで逃げなかったんだ?



なんで俺は… 構わず逃げろと言わなかったんだ…



なんで… なんで…



俺を助けたが為に… 玲奈が…



おまえが死ぬくらいなら… 俺が死んでた方がましだった



愛する女性の突然の死に、ピクリとも動かぬ玲奈の亡骸を前に道の眼から一筋の涙が流れ落ちた。



玲奈… 玲奈……



道「れいなああああああああ~」



深夜の街に再び大声量な叫び声が上がった。



血塗られた床、折れ曲がったつっかえ棒、そして、警棒を握る警官の切断された腕が無残に転がる部屋を



玲奈の部屋をヨロヨロと虚脱した足取りで歩む道



生きる気力を欠いた廃人の様な眼差しで階段を下りていった。



リビングには1体の死体、キッチンにも2体の冷めた遺体が転がっている。



それを目にする道にもはや動揺や驚きは見られなかった。



それらが目に入っているのかも怪しい程に心身に異常をきたしている様子だ…



突然な愛する人の死を目の当たりにした道は、それが受け止め切れず、完全に精神に異常をきたしていた。



今は受け答えもままならない程だろう



まさに廃人と言う言葉がピッタリな道は遅い足取りでヨロヨロと歩を進めた。



足を運ぶその先に…



冷たい地面の上に横たわる玲奈がいる



リビングの明かりに照らされた玲奈の死体を見下ろした道



ただ立ち尽くし玲奈の死に顔を見るも



悲しみや憤怒といった感情が一切込み上げてこなかった



玲奈と過ごした記憶もまるで思い浮かばない



今は精神が壊れ、頭が蒼白で何も考える事が出来ないでいた。



道は両膝を地面へ、右手で玲奈の頬を撫で、前髪を軽く掻き上げながら開いた目を優しい手つきで閉ざした。



そして、目を閉じた玲奈の寝顔をジッと見下ろした 時だ



突如2つの明かりに照らされた。



「そこで何してる?」



深夜の静まり返る住宅街に何度も上がった叫び声



近隣から新たな通報でもあったのだろう



停車するパトカーの前に2台の自転車が止められ、2名の警察官が道の前に現れた。



不審な道に近づいてきた2名の警官



そして警官が横たわる2体の死体に気付いた。



照らされた1体は頭部が潰れ地面に脳みそが散乱…



2名の警官はそれを目にし青ざめた。



道は虚ろな目で警官に振り返り、ゆっくりと立ち上がった。



すると 1名の警官が道を取り押さえ、1名が家の中へと入っていった。



再び両膝を地面へ付けた道を目にする警官



家の中から慌てて警官が飛び出してきた。



「おい 中にも3名の死体があるぞ…しかも内2人は同じPM(ポリスマン)のだ…」



道を取り押さえる警官が胸部へ取り付けられた無線トランシーバーを手に取った。

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