第93話 気焔

3階 建設業オフィス



ハサウェイvs特異感染者元江藤



少々速度を上げ律動するハサウェイの心臓



掎角(きかく)に流れるひとときのしじまに…



眼光人を射るハサウェイは順手で握る寸鉄を構えながら、江藤の足間へ転がるサバイバルナイフに一瞬目を向け、江藤を熟視した。



「シス…しすゅてま…じんやくん…シすてマインてグレーたぁ…あーはっはっはぁ…」



涎を撒き散らし高らかに笑う江藤



明らかに自己では不可能な眼球運動をしている。



そして…



一見、肩が落ちただ緩やかに躰を揺らしている様に見えるのだが…

   


密かに向けられる2つの刃はしっかりと照準され、静かに窺ゆしている。



ある主磐石な構えでハサウェイへ狙いを定めている。



恐らく踏み込んだと同時にカウンターで急所を突いてくるだろう…



ジリジリと近寄るハサウェイ



それを考えた途端、ハサウェイの脳裏に江藤によって経穴を貫かれ、首を切り裂かれるイメージが押し流れて来た。



次第に下腿に震えが生じ、背中に鳥肌がたったが…



駄目だ… 駄目だ… 嫌な事は考えるな…



今はこいつとの勝負に集中するんだ…



ハサウェイは無理やり嫌なイメージを払拭し慎重に詰め寄った。



更に高まる心臓の鼓動と可聴音



片秀(かたほ)なナイフ捌きは即、命取りになる…



緊張感も含め全神経をこの搗合いに注いだハサウェイがナイフの握りを強め、間合いへと足を踏み入れた。その瞬間



江藤が先に動作した。



まるでエリアに足を踏み入れた進入者に対して発動したかの様に江藤の眦が変化し、眼が全開に見開かれ、黒目の不気味運動と共に両刃を繰り出してきた。



右手に握られた包丁を、振りかぶる事無く、ノーモーションからの突きが成される。



心臓を一串しようとするポイント(切っ先、先端部分)を、ハサウェイは素早くポケットナイフで弾き刃道をそらした。



戛然(かつぜん)し、ぶつかる刃の共振が肌理に伝わるや、幾許も無く撫でる様にコンパクトに振るわれた中華包丁がハサウェイの眉間目掛け飛んで来た。



ハサウェイはすかさず素早き右の掌底で左手の甲を弾き、中華包丁の焦点をずらした。 それと同時に自らの体幹をシフトしながら左のストレートを顔面へと放った。



バキッ



鼻筋へヒットさせるも1ダメージ与えたかどうか…



これみよがしに江藤の息もつかせぬ連続攻撃が続く



左の甲を弾かれた江藤の身体がクルッと回転するや今度はバックスピンブローの要領でハサウェイの脇腹を刃物で狙ってきた。



洗練された身体運びから遠心と反動を加味し、繰り出される刃渡り15センチの和包丁



この角度からのスピード…



常人ならそのまま脇腹へ刺し込まれ、そのまま切腹の様に掻っ捌かれている事だろう…



だが 達観したハサウェイはそれを見事に見抜き、この突きを対処していた。



またも手の甲を掌で叩きながら、軽快な身のこなしで避け、いなした。



宙で泳がされた刃先が瞬時に停止、素早く逆手から順手へ器用に持ち手のスイッチが成されるや、今度は和包丁がハサウェイの心臓目掛け放たれた。



だが クイック動作で包丁が飛ぶ寸時に



ハサウェイは右の手刀で包丁を繰り出すその手首を撃墜、バランスの崩れた手首に今度は右の太腿を強打し和包丁を手から弾いた。



江藤の手から包丁が放れ、床を回転する。



ハサウェイは間髪入れず反撃とばかりに右の肘を頬へ打ち込み反動でそのまま身体を回転



後ろの上段回し蹴りを頬へと打ち込んだ。



バコン



だが 当てた感触が無い…



接触無き空を蹴る靴底



絶好なあの蹴りを…



避けられた…



ハサウェイの顔気色が一瞬にして曇ると同時に懐へ飛び込む江藤が中華包丁を喉へと振るってきた。



ガチーン



大きな刃物の接触音が鳴りハサウェイの身体が後ろに飛ばされた。



喉への到達寸前に何とかポケットナイフでブロック、首チョンパは回避されたのだが…



よろけつつも転倒を免れたハサウェイがポケットナイフを目にした。



ポケットナイフのセレーションからブレード全域にかけ亀裂が走り、エッジ、切っ先は完全に刃が欠けて武器としてはもう使い物にならなくなっていた。



その間に落ちた和包丁を拾う江藤



「ゲヘ…へへへ… しステま…ししてま…歯磨き粉…?」



ハサウェイはポケットナイフを投げ捨て、ゆっくりとファイティングポーズをとった。



再び拾われ、両手に握られた両刃



それに引き換え丸腰となるハサウェイの顔色は赫焉とは程遠い闇に近い曇りが生じていた。



一瞬でも拮抗し、若干上回った感があったがそれら全てが振り出しに戻ってしまった…



しかも…手にする武器が何も無い状態に…



むしろ悪化した形成



期し難い現況に… 



ハサウェイは元江藤の後方に落ちるサバイバルナイフを目にし、次にある物へとチラ見した。



1つだけ… 確実にこいつに勝れる物



それは歩射の腕だ…



床に落ちた愛用のコンパウンドボウを目にしたハサウェイ



動きを封じるにはこいつを使うしかない…



でもその前に… あの2つの刃物をどうにかしなければならない…



やはり…



ハサウェイは再度サバイバルナイフへ視線を向けた。



白兵戦第3ラウンド行ってみるか…



ハサウェイがボクシングフォームで歩を進めた時



廊下から物音が聞こえて来た。



そして扉が開かれ、2人の男が姿を現した。



ハサウェイの前に突然現れたガスマスクを装着する2人組



誰だ…?



ハサウェイの目に映る1人は、小口径の自動小銃を持ち、もう1人は、散弾銃を手にしている。



1人の男がガスマスクを剥いだ



矢口「ハサウェイさんですね?」



素顔を晒した男は矢口だ



誰…?



見知らぬ男に名を呼ばれたハサウェイ



矢口「自分運搬係でこの作戦に参加した矢口です」



矢口…? あぁ…矢口さん…



作戦会議の時に一度だけ顔を合わせた程度 そんな矢口と対面を果たした。



もう1人の男もガスマスクを剥ぎ取り、床に投げ捨てる。



ベネリショットガンを手にする高林の姿だ



思わぬ登場人物にハサウェイの気が完全にそれた時



ハサウェイが2人を目にし、目をそらしている寸刻に



今は油断禁物な幾何級的危険をはらんでいる時…



邂逅に気を取られている場合じゃない…



今は… 少しも気をそらしてはならない状況なのだ…



全く状況が呑み込めていない矢口、高林の眼前で…



特異感染者



江藤が凶刃を光らせ、ハサウェイに襲いかかってきた。

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