第72話 明断

警備室



唐辛子成分が配合されたガスをまともに浴びピリピリとこびり付く皮膚の痛み、焼け付く様な口内、目の粘膜が異常に刺激され止めどない涙で一時的身体が不能に陥っていた。



そしてフラついた純やが床に倒れ



由美は慌てて純やの頭部を支えながら身をあんじた。



由美「純やさん… 純やさんしっかりして」



葛藤が死に… 江藤が倒れ…



純やまでこんな目に…



由美は純やを見詰めながら涕泣し、涙を流した。



もっと早く私が出て行くべきだった…



私が決断を誤ったせいだ…



私の手には部屋に滑り込んできた拳銃があった… 弾だって入ってた…



武器があったにも関わらず部屋を出るタイミングを誤ってしまった…



足を引っ張って逆にみんなを危ない目に遭わせるんじゃないか?



そんな余計な事を考えたばかりに…



扉の先から聞こえてきた時点で…



あの時… あの瞬間に…



すぐに行かなければならなかった…



私が拳銃を持って加勢していれば…



助けにいっていれば…



こんな事には…



やっぱり大事な場面で私が判断を誤ったせいだ…



全部私のせいだ…



由美は自分を責め、悔やみ、止めどない涙をポタポタと床に滴り落とした。



すると



純や「ゆ…み…ちゃ…」



舌、口内の焼ける様な感覚の中、純やが力を振り絞り、掠れる様な声で口を開いた。



由美は膝枕で純やの頭部を乗せ



由美「純やさん! 純やさん!」



涙ぐむ しわがれた声で由美が叫んだ。



純や「か…つと…うは……ん…とに……し…ん…だ?」



純やの口元に耳を近づける由美



かつとうはほんとにしんだ?



それを聞いた途端由美は両手で顔を覆い更に込み上げる悲しみに、感情のタガが外れた。



そして嗚咽を含んだ号泣で答えた。



由美「わ~~~ん 死んじゃったよ~ うわーん」



純やさんに言われた… 全ての悲しみは…



泣くのはここを出るまで後回しにしようと



でも… 無理…



今まで我慢していた感情を抑えきれず、由美は慟哭した。



そして、純やの胸でうずくまり泣きじゃくった。



純やの手が由美の頭にそっと添えられた。



純や「…」



負のオーラに包まれ…悲しみに覆われた空間



由美の泣き叫ぶ声が室内へ響かせていると…



悲しみに追い討ちをかける様に…また…



あの現象が起きた



通路で大の字に仰向ける葛藤の死体



頸動脈が裂かれ、全ての血液が放出されたかの様に血の海が広がる上で目を見開いたまま絶命する葛藤



その葛藤の開かれた目玉が横に動いた。



早くも筋肉が硬化し、腕を曲げるのも、脚を曲げるのもぎこちない葛藤の上体がのっそりと起きあがる…



葛藤が元葛藤として、邪悪な化物の生をうけ活動し始めた。



泣き声を聞き取り、元葛藤が後ろへ振り返ると、開かれた扉、その警備室で泣き声を上げる由美の後ろ姿を目にした。



感情も生気もない、絶無な濁った瞳で見据える



まだ17の少女に連続的仲間の死を目の当たりに、堪えろと言うのも酷な話しなのかもしれない…



由美の涙で純やの服は濡れ



純やは自分の胸にうずくまって泣く由美の頭に触れながら思った。



でも… やっぱり今は悲しんでる場合じゃないよ由美ちゃん…



泣いてる暇は無いんだ…



何故なら何も終わってないんだから…



まだ何も解決されてないのだから…



純や「ゆ…み…」



純やの声に反応し、真っ赤に目を腫らした由美が顔を上げた時だ



ドサッ 背後で物音がした。



由美はドキッとさせ、後ろへ振り返ると、そこには羽月の死体に足をつまづかせ、転倒する葛藤の姿



純や「な…のお…と?」



由美は咄嗟に立ち上がり、拳銃を拾うと元葛藤へ拳銃を向けた。



涙を手で拭い、両手でしっかり拳銃を握る由美



あと2発残ってる…



由美は引き金に指をかけた。



元葛藤「うぅぅぅぅぅぅ」



先程まで仲間だった人…



ついさっきまで笑って話していた人も…



血の繋がった親子も愛する恋人も…



死ねば敵となって襲いかかってくる非情な現実



顔も名前も忘れ… ゾンビとなりただの食糧としか映らなくなる



由美の前でその悪夢の様な現象がまた起こっている。



目の前の葛藤さんはもうゾンビだと



それは分かっているのだが…



引けない…



由美に迷いが生じていた。



元葛藤「ぅううぅぅ~」



由美に向かって遅い足取りで迫るゾンビ



葛藤さん… 撃てない…



少し前まで一緒にいた仲間を簡単には撃てないよ…



元葛藤「うぅぅぅぅ」



元葛藤がのっそのっそと引きずる様に接近



両手を前に出し、由美を捕まえようとしている。



拳銃を握る指が震え出した。



由美「駄目…やっぱり私には撃てない…」



だが… 同時に由美の脳裏をよぎる言葉



ねえ… また…判断を誤るつもり…?



あんたまた判断を誤って今度は純やさんまでゾンビにするつもり…?



またその判断ミスで悲しみを1つ増やしたいわけ…?



後悔したいわけ…?



目の前の葛藤さんはもう葛藤さんじゃないのよ…



その躊躇は更に悲劇を生むだけなんだよ…



それに、葛藤さんなら多分こう言うと思うの…



いや 絶対に言うと思うの…



早く俺を撃てと ためらわずに早く撃つんだ由美…ってね



今この場であんたがやる事は1つしかない…



その引き金をひく事よ



決断しなさい 私…



駆け巡る脳内の自問自答の末、説得され、導かれる様に自ら弾き出した決断



やらなきゃいけない…



純やを守る為にも、まずはゾンビとなってしまった葛藤を倒す事



やるしかない…



由美が決断



元葛藤「うぅぅうう」



2メートル手前まで近づく元葛藤に



葛藤さん… 約束するね 私…もう泣かない…



もう泣かないから…



由美が元葛藤に銃口向け、狙いをつけた。



まだ赤らむ目で目つきを変え照準を元葛藤の頭部へと合わせた。



それから… もう一つ約束します



葛藤さん… あなたの分まで、この世界を生き抜きます そして生きてここから脱出します…



凝縮された一瞬の誓いと思いを込め



由美が引き金を引いた。



パァン



超至近距離から弾がはじかれ、元葛藤の眉間に銃穴が開いた。



元葛藤は両膝を崩し、そのまま前に倒れた。 そして沈黙された。



その直後



ドアノブの捻られる音が鳴り



扉には鍵が掛けられている為開かない…



ガチャガチャ何度も回された。



誰…? まさか…渋谷組の…芹沢…?



由美が息を呑むや



ドンドン ドンドン 扉が叩かれ



よく知る声が聞こえてきた。



ハサウェイ「俺だ ハサウェイだ ここを開けてくれ」



由美の目が大きく開かれる。



エレナ「純やさん 江藤さん ここを開けて頂戴」



絶望する由美に



扉の先にいる2人



そこには心強い味方、ハサウェイとエレナがいる。

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