第30話 特異

若き男は入口付近で人間観察をするかの様にただジッと静観している…



まだ…



誰一人とこの男の存在に気がついていない…



新宿チームvs渋谷組 2時35分



龍谷がデスクに手を掛け、ムクっと起き上がり顎をさすりながらハサウェイを見据えた。



ハサウェイは目の色を変えた。



渾身のハイキックを喰らわした筈…



なのにノーダメージかよ……!?



ハサウェイは驚きの表情を浮かべた…



繰り出したキックの速度、角度、威力 全てが完璧だった筈…



地道な鍛練の賜物で身につけたド素人とは違う、もはや格闘家に限りなく近い鮮やかで、綺麗に繰り出された上段内廻し 



普通の人間なら意識が消し飛ぶノックアウトな衝撃なのに、こいつの表情はまるでケロッとしていた。



何食わぬ面持ちと平然さでデスクを挟みハサウェイの眼前で立ち上がった龍谷



この場にいる者全てが注目する中



ハサウェイをはじめ江藤、純や、葛藤、よしたかは龍谷の再起に…ノーダメージな様子に絶句した。



エレナもこの光景に茫然とし



銃の握りが緩み、力が抜けた



ほんのわずか、エレナが目を反らしたその瞬間



股間へ押し当てた拳銃が微かにズレたその隙に



健太は素早く体を反転させエレナの喉元に果物ナイフを突き据えた。



エレナの喉に触れた冷たく血の臭いが染みつく刃が、自分に突き付けられ



ナイフを直視した。



エレナは健太に視線を向ける…



それから健太はエレナに刃物を突きつけると同時に懐から素早く拳銃を取り出し今度はそれを由美へと向けた。



微かに硝煙の臭いがする銃口に狙われ由美は表情をこわばらせる



そして身体を硬直させた。



またキラーも健太に続き一瞬の隙を見逃さず…



懐に忍ばせていた拳銃を素早く取り出し、それを葛藤の額へと向けた。



カチャ



親指で撃鉄が押され、リボルバーの弾倉が回転する…



それを見た純やは咄嗟にキラーへと弓の狙いを定めた。



江藤は腹部を抑え悶えるデスの背後に回るや羽交い締め、首にナイフを回した。



純やがキラーへ口にする。



純や「やめろよ もし…それを弾いたら、おまえを射るからな」



続いて江藤が健太へ



江藤「おまえもだ! 何度も言わせるなよ その女性を撃ったらこいつの頸動脈をかっ切るぞ」



それぞれがそれぞれに…



双方銃やナイフを突きつけ合い



一瞬にして一触即発の緊迫感に覆われた…



互いの動きが静止され、牽制され、抑制される。



ハサウェイと龍谷も無言の睨み合いを続け



ピリつく事30秒ぐらいだろうか…



各相対の間に短くも長い沈黙が流れるや…



健太がふとエレナの背後に人の気配を感じ、そしておもむろに入口付近へ視線を向けた。



エレナは健太から視線を外せない、まばたき一つ出来ない視戦の最中



健太が急に視線を反らし私の後ろをジッと見ていた…



え…?



するとエレナも背後から妙な気配を感じ取り、恐る恐る振り返った。



入口付近 わずか1メートルたらず真後ろに立つ男の姿がエレナの目に映った。



健太が由美へ向けていた銃口を男に向け



健太「何だおまえ?」



男は健太の問い掛けに答える事無くその場に直立、無言で部屋を眺めている。



その場の誰しもが健太の声で男の存在に気づき全員振り向いた



誰だ!? 



生存者か…?



その場に突っ立っている男に各自疑問を抱いた…



キラー、デスも鋭い視線を向け、男を睨みつける。



感染者…か?



でも感染者ならすぐに襲いかかってくる…筈



まさかこんな所にホントに生存者…!?



何者だ…?



龍谷もハサウェイから視線を外し男を見ている。



でも…この男…



何か様子が変だ…



ハサウェイ、純や、江藤も横目で男を目にする。



スタイル、由美がその男に近づこうとした時だ



ハサウェイ、エレナ、純やの眼が急激に見開いた。



そう…



男の目玉が一瞬ありえない動きをし始めたのだ!



3人はそれを見てすぐに奴等が感染者だと察した。



間違い無くこいつは感染者だ…



感染者の定義は人間を見ると見境無く襲いかかってくるもの…



だが こいつは違う…



異質なタイプ…



そして三人は直感した。



こいつはスタンダードな感染者などでは無く、あの時見たあの特異なタイプの感染者だと



エレナ「駄目 その男に近づかないで…離れて下さい」



スタイル「え?」



スタイルと由美を制止させるエレナ



エレナは健太の股間へ押し当てた拳銃を外し、その感染者へ向けた。



健太もエレナからナイフを外すと男へ向け近寄って行く



その際エレナは摺り足でゆっくりと後退し始める。



ハサウェイは純やと目を合わせるや何やら頷き、無言でコンタクトを図っている。



またハサウェイは仲間の位置、距離、他の出口がないか、辺りを見渡した。



振り返ると自分から斜め後ろの奥にある扉を見つけた…



そして後ろ足で自分に近づいて来るエレナを見るとハサウェイは再度純やとアイコンタクトを交わした。



健太が感染者の胸に銃を押し当てた。



当てた途端感染者の目玉が異様な動きをし始め、ボソボソと呟き出した。



「人は死ね、人こそ死ね、人が死ね」



健太「あ? 何?」



そして、感染者は急に銃を持つ健太の手を握るや人外とも言える驚異的握力で一瞬にして握り潰した。



万力で押しつぶされるが如くゴキバキと骨に亀裂が走り、へし折れ、潰される音と共に



健太「ガァァ」



健太の苦痛な声が叫ばれた。



健太の左手は拳銃を握りながら5指全てが不自然な方向へとへし折られ折れ曲がった。



そして…



拳銃を落とし、健太が膝から崩れ落ちた。



「人も死ね、人から死ね、人よ死ね」

 


スタイル、由美はその場で凍りつかせた…



葛藤「…」 



よしたか「な…」 



江藤「…」



パァン パァン パン



キラーがいきなし感染者に向け3発の実弾を発射した。



感染者の右肩、右胸部の2箇所へ被弾、身体が後ろに吹き飛ばされるが踏みとどまった。



感染者はよろけた体勢をすぐに直し再び仁王立ちすると、また部屋を見渡し始める。



そして感染者は天井から部屋を照らす電灯に目を止めた。



「人は死ね 人は死ね 人は死ね人は死ね人は死ね人は死ね人は死ね死ね死ね死ね死ね死死死死死死死死死死死死死死死死死…」



徐々に早口で発しながら更に辺りを観察すると



感染者は次いで壁に設置された部屋のスイッチに目を止めた。



ギョロギョロと視点の合わない目玉で電球とスイッチを交互に目にしている。



思考能力など皆無な筈の感染者…



脳を支配したウイルスが人間の高度な知能を引き出そうとしているのか…!?



スイッチと灯りが連動してるなど通常の感染者に分かる筈が無い…



こいつを押せば明かりが消える…



暗くすれば目が見え無くなる…



通常の感染者ならそんな高度な判断下せる訳が無い…



そんな知識ある訳無い…



だが こいつは通常では無かった…



感染者がいきなりスイッチを全部押し、部屋の電気を切ったのだ



馬鹿な…!?



皆、同じ言葉が頭をよぎると共に



部屋の明かりが消され、突然暗闇に包まれる室内…



視界が遮蔽された。



感染者は動物的な単純動作しか行えない筈なのに… 



意図的なのか偶然なのか…?



この場の誰しもが仰天…



部屋が真っ暗にされた



明かりが消され、エレナは焦った。



パァン パアン パン パン



今度は発砲音が鳴り出した。



エレナは瞬時に床に伏せる



部屋の奥に張られたガラスの割れる音、デスクの上に置かれた何かに直撃し弾け飛ぶ音が混ざり



暗黒の世界で銃音がけたたましく鳴り響いた。



またキラーの大声が暗闇に響いた。



キラー「健太ぁ~ おまえが発砲してんのか?」



誰が発砲してるのか?



何が起きているのか?



奴等もいる… 感染者もいる… みんなは?エレナは訳も分からずパニック状態で身を低くしながらゆっくり後退を始めた。



健太「ぐぅ… 違ぇ~ し、してねぇ 銃を奪われた… こいつだ… この野郎がやってんだよ」



パン パァン   



また2発の銃音が鳴り響いた。



手探りしないと前へ進めない真っ暗闇の中



混乱したエレナは腹這いでその場から動けなくなってしまった。



健太「キラー 撃ってるのはこいつだ 撃て こいつを撃ち殺せ」 



渋谷班の怒声に近い大声と共にパン パァ パァン



キラーの放った銃口から火花が散り、一瞬室内が光に照らされる



パン  パン



標的にヒットしたかも分からず、もう2発が撃ち込まれた時だ



突如うずくまるエレナの腕が掴まれ引き寄せられた。



そしてエレナの耳元でハサウェイの小声が聞こえてきた。



ハサウェイ「エレナさん 無事か?」



エレナはおもわずハサウェイに抱き付いた。



エレナ「ハサウェイさん…」



ハサウェイ「危険過ぎる…ここは一旦 退くよ」



エレナがハサウェイに頬を合わせながら



エレナ「え?…でも…皆さんは…?」



ハサウェイ「この状況… みんなでは無理だ」



エレナはハサウェイの首に回す腕を解きながら



エレナ「え…で…でも…」



ハサウェイ「こんな所で全滅する訳にはいかない 行くよ」



ハサウェイはエレナの手を強く握り、暗闇の中、混乱の中、身を屈めながらエレナを連れ、奥の扉から脱出を図った。



みんな…



暗闇の中、エレナが後ろを振り返ると健太、キラーの怒鳴り声と銃声だけが暗闇に響き渡っていた。



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