第23話 集結

真弓の痙攣は激しさを増していた。



「ゲホォ ガホォ ゴホゲホ カホァ」



そして咳と共に嗚咽し勢いよく唾液を嘔吐した。



警備員「何言ってる?真弓さんをここから落とすだと?冗談だろ…」



短髪「冗談など言ってる暇は無いですよ。私は大真面目です さあ早くそこをどいて下さい」



すると1人の同僚女性が真弓へ覆い被さり



同僚の女性「真弓さんを落とすなんて止めて」



短髪「その女性がゾンビになったら…対処出来ない…それを未然に防ぐ為なんです。ここにいる皆さんを守る為なんです…さあ あなた達もそこをどいて下さい!」



同僚の女性「嫌!絶対にどかない」



真弓の痙攣は続き意識が混濁している



周りにいる男達が被さる女性に詰め寄り剥がそうとした時



警備員の男が暴れるように男達を引き払った。



警備員「止めろ おまえ等正気かよ」



短髪「頭は潰せない…外にも放り出せない…なら残すは屋上から外に出て貰うしか無いんです 何故それを邪魔するんです?」



そして警備員は短髪男の前に立ちはだかり



警備員「本気で言ってる? イカれてる…とても正気の沙汰とは思えない…こっから人を投げるだと? させねぇーよ」



短髪「何度も言わせないで欲しい…ゾンビになってしまったらあなたにどうにか出来ますか?皆の前でこの人がゾンビになったら俺が何とかすると言えますか?」



警備員「う… それは…」



警備員は真弓を目にしながらその答えに詰まった。



短髪男の口調が徐々に荒々しく変化していく



短髪「私達は運良く生き長らえ…これから救出に来て貰えるチャンスを頂いた。それが今この女性の死で危険な目に遭おうとしているんです…ここにいる皆をあなた達の同情心なんかで潰してなるものか 勿論私達も含めて… みんな命が惜しいんです 分かったのなら いいからそこをどけ」



警備員が少し間を空け口を開いた。



警備員「う… くっ… じゃあせめて…せめて真弓さんが息をひきとってからにしてくれ…彼女はまだ生きてるんだ 生きたままの人間をこの高さから放り投げるなんて…」



短髪「いや 駄目です…ゾンビになってからでは手遅れだ それに…見て下さい ホントに彼女は辛そうだぁ… 凄く苦しんでる。意識も遠のいてる…この高さなら痛みさえも無い…早く楽にさせてあげた方がいい…実際意思の疎通もままならない今…彼女もそれを望んでいるかもしれない」



警備員は後ろを振り返り真弓を見下ろした。



確かに苦しんでいる…



意識も薄れている…



喋る事も出来なければ 語りかけても頷く事さえ出来ない…



今、楽にしてあげる方が真弓さんの為なのか…



警備員に迷いが生じた。



短髪「そこの女性は死ねば確実にゾンビ化します。それを食い止める事は100%無理です… あなたが真弓さんを庇う気持ちはよく分かります ですが今決断を誤れば皆下にいる化け物の仲間入りになる…早急に対処します」



警備員は真弓を見ながら次第に目を瞑り奥歯を噛み締めはじめた。



短髪「いいですね?分かってくれますね? 非情に見えますがここは素直に身を引くべきです」



警備員の肩を叩くと警備員はゆっくり短髪男から体をどけた。



短髪「そうです とても賢明な判断ですよ」



すると



短髪「早くやるぞ」



周りの男達が強引に引き離し、2人の男が真弓を担ぎ上げた。



同僚「止めてぇ~」



1人の同僚はその場に泣き崩れ



もう1人の同僚は真弓の足にしがみつき必死に抵抗を続けた。



だが数人の男達にはかなわず剥がされた真弓の身体



屋上のフェンスに向かって担がれ、数人の男達がフェンスをよじ登り、越えた。



同僚の女達は泣きじゃくりながら共にフェンスを越えるや真弓に詰め寄り必死にそれを拒んだ。



同僚「お願いだから止めてぇ~」



「しつこいぞ!」



1人の男が強引に女を引き剥がし、突き飛ばした。



ガシャー



金網フェンスに激突し地面に倒れ込む



「あんた達は人殺しよ 警備員さん!何とか言ってよ この人殺し達を止めさせてよ」



警備員「う……」



警備員は何も言えずただその場に立ち尽くす事しか出来なかった。



持ち上がった真弓の身体



その直後…真弓の心音が停止した…



男「やばい 心臓が止まった…この人死んだぞ」



短髪「マズいぞ 早く落とせ」



男達がいっせ~のせぇの掛け声をあげ放り投げようとした時だ



倒れた同僚の女性が突進してきた。



怒り、半狂乱が入り混じった凄い形相で2人の男へしがみつき、真弓を奪い返そうと手首を掴んだ



「邪魔するな」



短髪「いいから早く投げろ」



男達が真弓を屋上から放り投げた。



だが



同僚の女性がギリギリ真弓の襟元を掴み何とか落下を阻止した



その瞬間 真弓の眼がカッ!と見開かれ同僚と視線を合わせる間もなく、いきなり同僚の口元へ食らいついた。



同僚「ん?」



同僚の唇が噛みちぎられたのだ



同僚女性の唇は根刮ぎ引きちぎられ、突然の出来事に何が起きたのか分かっていない様子だった。



真弓は食いちぎった唇や周囲の肉をムシャムシャと食べている。



その時だ 同僚女性の背中に衝撃が走りゾンビ化した真弓と共に屋上から落下した。



同僚女性が落ち際に見上げた先には2人の男から蹴落とされたのを目にした。



2人の女性は重力に引き寄せられ真っ逆様に落ちていった…



短髪の男は手すりに手をかけ落ちゆく2人を無表情で眺めていた。



雨雲は完全に過ぎ去り、日の光が差し込んで短髪の男が眩しさから目を細めた。



もう1人の同僚が慌てて手すりにしがみつき下を見下ろした。



そして短髪の男がその同僚の耳元でそっと呟いた。



短髪「私達のやった事は正しい… 不服ならあなたも2人の元へ行きますか?手伝いますよ」



同僚の女性が振り向くと短髪の男はある種 歪んだ笑みを浮かべていた…



同僚女性の背筋に悪寒が走りまた下を見下ろすや、落下する女性達の姿が豆粒のように小さく映っていった。



短髪の男が空虚な瞳で晴れた空を見上げた時



静寂な街から数発もの乾いた銃声が響き渡ってきた。



ーーーーーーーーーーーーーーーー



同時刻  新宿御苑マンション屋上



大きな銃音が鳴り響くと実入りのジュース缶が弾け飛んだ。



耳を防ぐおおます、江藤、純や、ハサウェイの前でエレナは屋上の端から端約20~30メートル先からモノホンの拳銃を試射していた。



純やが拍手しながら



「エレナさん すごーい 1発で当てたね」



江藤「確かに凄い 屋上のこの空気抵抗があるのにね ハサウェイさんから聞いたけどあの夜一人でゾンビを全部撃ち落としたんだってね」



おおますがハサウェイを指差しながら「こいつがこんな怪我を負って生きて帰れたのはエレナさんのおかげって訳だな」



エレナ「いえ…そんな事は…あん時は私も無我夢中だったもので」



おおます「まあ何にせよ腕は確かなようだから遠距離として今回のあの作戦 ハサウェイを手助けしてやってくれな」



それからおおますはそびえる超高層ビルを指差しエレナへ言った。



4人も屋上から超高層ビルへ視線を向ける…



ハサウェイ「結局何グループ集まったんですか?」



おおますが少し間を空け



おおます「……お前等入れて6グループだ 総員19名…若干少ないな…」



ハサウェイ「それだけでもいてくれればです 今すぐ集結させて乗り込みましょう」



おおます「まぁそう焦るな 集まった人達はみんな一般人なんだぞ お前らだってそうだろ しかも半分はゾンビとの戦闘未経験らしい そのまま無闇に突っ込んでもミイラ取りがミイラになるだけだ」



ハサウェイ「それはそうですが…」



おおます「本音を言うとお前らをあそこに行かせるのだって反対なんだぞ… 恵美子が猛反対しとる だけど見殺しにも出来んからな だから今は準備を整えつつグッと堪えろ その前にお前は早くその怪我を治せ」


ハサウェイ「はい…」



おおます「俺はあのビルの構造やらなんやらといろいろ調べもんがあるから先に下へ降りるからな」



おおますがタバコに火を点け、煙りを吐き出しながら下へと降りて行った。



屋上からビルを眺めるエレナ、純や、江藤の3人



エレナ「静か…」



純や「うん… これぞ嵐の前の何ちゃらだよね」



エレナ「ホントにあそこに行くんですよね…?私達」



純や「うん… ゾンビの巣窟にね」



その後 言葉を発する者はおらず



ただただ3人は無言でビルを眺めていた。



それから月日は流れ…



作戦決行2日前の深夜2時



新宿のとある雑居ビルに続々と人が集まりつつあった。



これから作戦会議が開かれようとしているのだ



葛藤、よしたかをはじめ見慣れぬ面々がこのビルに集結していた。



女子高生らしきあどけなさの残る少女から、見るからにオタク風の太った男、他どこからどう見ても分かるニューハーフ、無口そうな青年、今風なイケメンから綺麗な女性、筋骨隆々な男、普通な男と



皆、一室に置かれた椅子へ静かに腰掛け、特に挨拶を交わす者はいなかった。



それから数分後



ガラガラ



ドアが開かれエレナ、ハサウェイ、純や、江藤等も部屋に入ってきた。



元は塾の教室だったであろう部屋の中央にはプロジェクターが置かれ、4人は最前列の席に着いた。



エレナが後ろを振り返り面々の様子をうかがうと葛藤、よしたかの姿を発見、2人と目が合い軽い会釈をする。



葛藤は教室を見渡しながら明らかにけだるそうな表情でぼやいた。



葛藤「つ~か なんでこんな真夜中? 眠ぃ~し かったる過ぎ これ何分くらいやんだ?」



よしたか「さぁ 知らないっす でも寝ないでちゃんと説明聞いて下さいよ」



葛藤「わぁーてるよ」



葛藤が大きなあくびをついた時



ガラガラ



おおますとおおますと同い年くらいの男が部屋へ入ってきた。



長テーブルに頬杖をつくイケメン、髪の毛をいじる制服姿の女子高生の間を通り過ぎる2人に視線が注がれ、2人は正面の黒板の前に立った。



おおます「全員揃いましたかね?」



すると



ガラガラ



遅れてやってきた危険な香りを放つ5人組が中に入ってきた。



ノートパソコンの男「いたいた ここだよ お邪魔しまーす 遅刻してすいません」



エレナ、ハサウェイ、純や、江藤、葛藤、よしたかが振り返りその5人組に視線を向けた。



なんだかガラの悪そうな連中が来た。



第一印象はそんな感じだ



おおますは人数を数えると「よし これでみんな揃ったようだな」



5人組は最後尾の椅子に品性の欠片も無い座り方で席につき、物色するかの様に、舐め回すかの様に辺りを見渡している。



おおます「勇敢な諸君 集まって頂き大変感謝致します 早速これより2日後に行われる救出作戦の作戦会議を始めたいと思います」

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