第1203話 ど仮面の騎士さんとピンク髪の同僚

【前回のあらすじ】


 神聖遺物【ダブルオーの衣】を奪うために、教員用の更衣室に忍び込んだ仮面の騎士と少年勇者。

 更衣室に至るまで、女性モノのスクール水着を着たり、ゴリラ顔の体育教師に怒られたり、JKたちと同じ水の中に入っていいのかと、それはもういろいろな葛藤があった。

 しかしこれもおしまい。


 グッバイトンチキ水着回。

 どこに需要があるんだ野郎の女物スクール水着姿。


 ここに誰特ハイスクール編の幕が下りる――と思われたまさにその時、ロッカーの中の【ダブルオーの衣】に手を伸ばす、仮面の騎士が固まった。


「ダメだやっぱり俺にはできない。こんな汗臭いおっさんの服に触れるなんて」


「いまさらそんなしょーもない葛藤しないでくださいよ」


「するだろお前!! だったらお前がとれよアレックス!!」


「いやですよ!! セイソさんがやってくださいよ!!」


 あと一歩、いや、あと一手という所でまさかの仲間割れ。

 ジャージ男の汗が染みついた服など触れないと、二人がごねだしてしまった。


 仕方なし、誰だって人が着た服なんて触りたいもんじゃない。


 しかしこの時ばかりはそんなことをしている場合ではない。

 なぜならば――。


「……先生、いらっしゃいますか?」


 教員用更衣室の前に、何者かの影が迫っていたからだ。


◇ ◇ ◇ ◇


「どうします、セイソさん?」


「……俺が応対する。お前は黙ってろ。念のために姿も隠しとけ。いいな?」


「了解です」


 こそこそと声を忍ばせてやり取りをする仮面の騎士たち。

 すっかりとシリアスモード、緊張感の戻った顔立ち彼は部屋の入り口を見据えるとゆっくりと歩き出した。

 その背後で、ゆっくりと少年勇者が物陰に身を隠す。


 先生というのは、もしかしなくてもジャージ男のことだろうか。勘違いされているのなら、適当に話しを合わせて追い返した方がいいかもしれない。いや、話なんて合わせられるだろうか――。

 さまざまな思惑が仮面の騎士の頭を過る。


 首を大きく振って気合いを入れる仮面の騎士。応答を待っている扉の向こうの人影に、彼は野太い声を作って話しかけた。


「あぁ、すまない。ちょっと今立て込んでいてね。悪いけれど、何か話があるなら後にしてくれないか」


「……え、そうなんですか? もしかして、何か授業でトラブルでもありましたか?」


「まぁ、そんな所だ」


「大変!! 待ってください、すぐにお手伝いします!!」


「わーっ、ちょっとちょっと!!」


 追い返そうと忙しそうに振る舞ったのに逆にそこにつけ込まれて中に入られそうになる。慌てて仮面の騎士が扉に飛びついて開くのを止めたが、あと少しでも遅れていたら大惨事だった。


 暗い教員用更衣室で、女性向けのスクール水着を着たおっさんと出会うだなんて、事案以外のなにものでもない。どういう相手かは分からないが、中を見られるのだけは避けなければならなかった。


 大丈夫だからと連呼しつつ扉に鍵を閉める仮面の騎士。


「ほら、そんなたいしたことじゃないから。ちょっとゴタついてるだけらからそう心配しないで」


「水くさいですよ先生!! 同じ教師なんですから、困っていたら頼ってくださいよ!!」


「……え、あぁ、うん。そう言ってくれるのは嬉しいけれど、ほら、まだちょっと着替えられてなくって」


 その言葉を言うや否や激しく扉が前後に揺れはじめる。

 ドアノブはガチャガチャと高速回転し、まるでドアではなくピストン運動する工作機械のようだった。

 いったいなんでそんな風に動き出したのか。


「だったら尚のこと中に入れてください!! お手伝いします!! トラブルも、お着替えも!!」


「なんなのこの人!! 怖い!! いったいなんの人なの!?」


 どうやらまたしても、遠ざけようとして放った仮面の騎士の言葉が、扉の向こうの人物の心に火をつけたらしい。いよいよ何者なのだろうか。


 なんて考えている暇もないくらいに激しく扉が揺れる。

 蝶番がきしみ始め、ドアノブから煙が立ちのぼる。

 ドアが壊れるのは時間の問題――そう察した仮面の騎士が辺りを見渡す。


 なにか誤魔化すことができるものはないか。いや、そもそも何を誤魔化すというのか。顔を見れば中にいるのがジャージ男でないことは一発でばれてしまう。

 できることなんて何もないんじゃないのか。


 仮面の下できょろきょろとその瞳が蠢く。果たして、その視線の先に映り込んだのは先ほど彼がその前に立っていたロッカー。

 その奥に眠っている赤色をした衣。


「……えぇい、背に腹は代えられない!!」


 スク水を着たまま彼はその中身に手を伸ばした。

 身に纏うのはあれほど毛嫌いしていた【ダブルオーの衣】こと赤ジャージ。特徴的なジャージ教師のトレードマーク。彼になりすますのならば、これを身につけるより他になかった。


 そして――。


「セイソさん!! 仮面をつけたままだと流石にバレますって!!」


「分かってらい。けれど、顔を直接見られても」


「これを使ってください!! 【マジックアイテム 変装メガネ】です!!」


【マジックアイテム 変装メガネ: サングラスだよ。普通に顔を隠すよ。ほんのちょぴりだけれど、人に与える印象を変えるよ。ほぼ、気分くらいの効果だよ】


 赤いジャージを着込み、仮面を外してサングラスをかけ直す。さらに、無駄に髪の毛をモジャつかせると、仮面の騎士は入り口の方に視線を向けた。

 ガキンという音共に部屋の中に入ってきたのは小柄な女性――。


「もう水くさいですよ先生。困ったときはお互い様っていつも言っているじゃないですか。こんな時くらい、私にお世話させてくださいよ」


「え、あぁ、うん、そうだね……。すまない、なんというか頼るのが申し訳なくなってね……」


「ぜんぜんそんなことないですよ!! 先生のお役に立てるなら、私は喩え火の中水の中更衣室の中トイレの中です」


「なにそれ、怖いんだけれど」


 ふんふんと鼻を鳴らす乙女。仮面の騎士より頭一個分小さいくらい。肩幅は小さく少女っぽい。黒いドレスを身に纏い、色白く艶のある肌からまだまだ年若いことが感じられる。乙女と少女の中間のような、青さの感じられる女性だった。


 しかしなぜだろうか――。


「そのピンク色の髪に、妙に心がざわつく」


「あれ!! どうしたんですか先生!! なんだか今日はやけにほっそりしていますね!! もしかして、水泳ダイエットでもしているんですか!!」


 ピンクのおかっぱ髪。

 そんな、一昔前のアニメヒロインなら、割とよく見た髪型に仮面の騎士の胸の中がかき乱されるのだった。


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