第1134話 仮面の騎士と二度目の流浪
【お断り】
今週は筆者多忙につき、未推敲バージョンでお送りします。
ちょっと粗くてもどうか許してください……。
【前回のあらすじ】
仮面の騎士ことムンゾ王国の皇太子キャスパルは、政争に敗れて国を追われた。
そしてその途上で盗賊に襲われ、肉親・重臣の悉くを殺し尽くされた。
ただ一人、生きながらえた少年は、皇太子という身分も、キャスパルという名前も捨てて、盗賊の少年エドワルドとして生きることを強いられた。
親の仇の盗賊たちとの生活は仮面の騎士にとって屈辱――ということもなかった。
幼い少年は彼らとの間に決して埋まることのない壁を抱えつつも、徐々にその環境に適応していった。
育ての母を得て。
義理の弟を得て。
盗賊団の中で役目を得て。
そして、頭領の男としての大きさを知った。
「最後のだけ違うでしょ」
流れ着いた地で自分の生き方を見出しかけた仮面の騎士。
しかし、そこは彼の本当の居場所ではなかった。まるで戦乱が彼を呼ぶように、謀略の魔の手は幼き少年へと忍び寄る。
彼が山賊になって数年の月日が経った。王国は新たな王によって納められ、皇太子キャスパルの存在など民衆から忘れ去られていた。
しかし、そんな平穏を突然破って、山賊達は王国軍に包囲された。
「山賊の頭ラインバルトよ。お前がキャスパルを匿っていることは既に我々も知っている。大人しく奴の身柄を引き渡せ」
皇太子の身柄を引き渡せという要求。
しかし、それよりも――仮面の騎士には盗賊団の真実が胸に迫った。
◇ ◇ ◇ ◇
「どういうことだ頭領!! 俺を匿っているだと!! どうなってる!! アンタは母さんを殺し、じいやを殺した男ではなかったのか!! なんでお前が俺を匿ったことになっている!!」
国王軍に取り囲まれた山賊達。
投降まで一昼夜の時間を与えられた彼らは、期日の明朝を前に頭の家で車座になって会議を行っていた。居並ぶのは盗賊団でも部隊を預かるような身の上の者達。そんな彼らに交じって、仮面の騎士もまたそこに参加していた。
まだ使いっ走りがせいぜいの彼が呼ばれたのは、騒動の当時者だからに他ならない。そして、そういう立場だからこそ物言いも自由になる。明朝、投降するか徹底抗戦するかという議論の中にあって、彼だけが自分の身の上の話を息巻いていた。
放り出せ――とならないのは、彼が山賊達にとって大事な賓客だからだろう。
これまでのどこかよそよそしさも、どこか微妙なその身の扱いも、全て彼らの態度で説明できた。最初から、仮面の騎士は彼らに守られていたのだ。
そんなことも察することができないほど、仮面の騎士とて幼くはない。
山賊団がどういう性質のものかはうすうすと理解していた。けれども、今は彼らにちゃんと語って欲しかったのだ。いや、彼の母を手にかけ、家臣団を葬った頭領に、その口から真実を伝えて欲しかった――。
「答えてくれ頭領!! アンタは、アンタ達はいったい――!!」
「語ることは何もない。エドワルド、お前をこの場に呼んだのは間違いだった。すぐに家に戻りなさい」
「そうやって、またアンタは俺に何も説明しないつもりか!!」
頭領の言葉を待っていたのだろう、何人かの山賊達が少年の肩を押さえると無理矢理家から追い出した。名を捨てた日のようになりふりかまわず暴れる彼を、山賊達はどこか悲しい目で眺める。
けれども頭領が語らぬと決めたことだ。
彼らは何も少年に語ることはなかった。
頭領の家の前で待っていたのは山賊の女だった。背中に息子を背負った彼女は、少年の身を案じて家の前で待っていたらしい。あるいは、今生の別れとなるかもしれない男の顔を、ひと目見ようと思っていたのかもしれぬ。
なんにしても女は少年を引き受けると、彼を伴って自分たちの住み家へと戻った。少年も、彼女と弟が出て来たことで肝を抜かれ、それっきり大人しくなった。
女に手を引かれて家路につく少年。
夜更けの山には、星空に紛れて粉雪が舞っていた。
「……エドワルド。きっとあの人は真実を貴方に語ることはないでしょう。ですから、私から説明します」
道すがら、女が少年に盗賊団が隠し通してきた真実を語った。
それは仲間達への裏切りであると同時に手向けだったのだろう。目の前の少年に、せめて彼らのまごころを知ってもらおうという。そして、それを言外に感じつつも素直に受け止めることができない少年の心を、なんとか救いたかったのだ。
山賊の頭領――ラインバルトは仮面の騎士のじいやの私生児であった。
元は領内でも辺境の地で百姓をしていた彼は、ほぼほぼ音信不通だった父親から文字通り命を賭して少年を守る謀略への参加を請われた。付き従う家臣を皆殺しにし、少年の母さえも殺すことで、さも山賊たちによって皇太子が無惨に殺されたように偽装する。そんな狂気とも言える作戦に、彼は王家への忠誠心より身を投じた。
盗賊団も、じいやの縁者と頭領の信任の厚い者達により組織されたもの。
彼らはそもそも盗賊でもなんでもなく、ただ少年――正統なる王の血脈を守らんと立ち上がった、王家に深い忠誠を誓う無辜の民達であった。
彼らは少年をなんとしても守りたかった。
機を見て、彼を立てて新王朝を打倒することも、もちろん夢想した。しかし、それよりも運命に見放された少年を救ってやりたかった。生きるために母も肉親も奪われた少年から、これ以上、何も奪わせたくなかった。
だから彼らは今日という日まで、真相を伏せて皇太子をただの山賊の子として育てた。飛翔の時が来ないならば、そのまま彼を一人の山賊として死なせてもいい。それくらいに思っていた――。
「だから、きっとラインバルトは投降します。その隙に、私たちは貴方のことを今度こそ宰相の手の届かぬ場所へと逃がすでしょう」
「手の届かぬ場所って」
「……暗黒の海を越えたその先に、ここより豊かで栄えた大陸があると聞きます。そこで、貴方は王族であったことも、山賊であったことも忘れて生きなさい。一人の男として、自由に生きるのです」
みな、それを望んでいる。
歩みを止めると女は少年を見た。初めて会ったときより彼の身長は随分と伸びた。背の高い彼女にはまだまだ追いつかないが――。
「もう貴方は立派な男です。エドワルド。母も私たちも宿命も全て忘れて、貴方の思うままに生きなさい。そのためなら、私たちはどうなったって構わないの」
少年の背中を抱いて女は優しく抱擁する。
母とも思った彼女の真心、そして山賊たちの愛を受け止めれば、それまで荒んでいた少年の心に、はじめて温かい風が吹いた。ならば彼らの望むままにしよう。少年はようやく落ち着きを取り戻すと、「もう大丈夫」と養母の耳に囁いた。
女の背中で彼の義弟が何も知らぬ泣き声を上げる。
山賊エドワルドとしての最後の夜は、悲しくも温かい夜だった。
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