第1133話 仮面の騎士と山賊の家族

【前回のあらすじ】


 ちょっと話は脱線して仮面の騎士の過去話。


 暗黒大陸の小国の王子であったキャスパルは、政変によってその命を狙われていた。家臣達の奮闘虚しく山中で山賊に囚われた彼は、目の前で母を惨殺される。

 身内と重臣を惨殺され怒り狂う王子。しかし、幼くまだ力のない少年には、自らの手で未来を切り開くことなどできなかった。


 母を殺した山賊を前に今後の去就を迫られた彼――。


「若君、選ばれよ。ここでキャスパルとして死ぬか、名を変えてただの山賊として生きるか」


 その問いを少年は否と拒み続けた。

 ここでキャスパルとして死ぬことを選び続けた。

 しかし、少年の願いは彼の未来を摘んだ山賊の手で無慈悲にも塗り替えられる。


 力なき少年にはこの残酷な暗黒大陸で、自分の意思を持って生きる事など叶わないのだった。


 この日、暗黒大陸ムンゾ王国の幼君キャスパルは死んだ。

 そして、誰とも知らぬ山賊の子、エドワルドがこの世界に生を受けた。


◇ ◇ ◇ ◇


 その後、ムンゾ王国は寵姫トアと皇太子キャスパルが、領内視察の旅の途中に事故死したと公にした。皇太子の死に国民は悲しむかと思われたが――寵姫トアの卑しい出自と宮廷内での醜聞により、意外におあっさりとその事実は受け止められた。


 国王の座には宰相にして前国王の義理の弟であるザビーが座ることになった。

 もちろん、この男が政争のために暗躍し後継者の血筋を根絶やしにしたのは、宮廷内の誰もが知るところであったが、既に大勢の決した継承問題に異を唱える者は少なかった。


 かくして、ムンゾ王国の国主は変わった。


 一方で、山賊に囚われたキャスパルは、エドワルドという名を与えられて、山賊達の集落で生活をすることとなった。

 奴隷の如き扱いを受けるかと思われたが、山賊達はこの行き場を失い肉親も失った少年を、自分たちの仲間として扱った。もちろん、肉親を奪われた彼が山賊達に心を開くことはなかったが――それでも生きるためにお互いを利用する、一種の共闘関係のようなものを彼らは構築することになった。


 ただ二人、少年が心を許した相手が山賊達の中にいた。


 かつて母を殺された日。少年を後ろから抱き留めて守ろうとした山賊の女。

 彼を引き取り自分の子として育てることをした彼女に、少年は少なからず心を開いていた。


 それは、彼女をよりどころにしなければ苛烈な盗賊生活に、理性を保てなかったからかもしれない。あるいは、彼女の姿に亡き母の面影を重ねていたのかもしれない。

 金色の髪の持ち主であった彼の母。女の髪は黒くまた寵姫と違いその身体には山賊として必要な肉があったが――どこかその顔立ちはよく似ていた。


 もう一人は、彼女の息子だ。


「アルフレド。よしよし、良い子だ」


 女には子供がいた。

 いや、生まれたというのが正確だろう。


 エドワルドが山賊の村に住まうようになってから三年の月日が経った頃。

 彼が一人前の男というにはまだ幾らか頼りないが、山賊の一員として仕事を任せられるようになったのを見計らうように、彼女は子供を身ごもった。


 父親は知らぬ。


 ただし、幼子の顔立ちには、少年の母を殺した男――青い衣服の山賊の面影があった。彼は少年と暮らす女山賊の懐妊を喜ぶことはしなかったが、彼女が無事に出産を終えられるように手を尽くした。


 それだけだった。


 生まれてきた子供を、少年は弟として可愛がった。

 それまで、母の仇、重臣達の仇と、山賊達に向けていた殺気はいささか和らぎ、年相応の笑顔や仕草がその姿の中に見られるようになった。三年の月日を経て、ようやく人間らしさを取り戻した少年を、山賊達は気味悪がることも排斥することもなく、ただただ受け入れいた。


 少年と仇の青い衣服の山賊は、度々集落で言葉を交わした。

 青い山賊は頭で、村の者達に細かく差配する立場にあった。

 どのような経緯であれ、村で生きる事を選んだ少年に、彼に逆らう権限はない。

 また、山賊の方でも少年を特別扱いする理由はなかった。


 少年は頭のいいつけをよく守った。

 時に村を守るために献策をし、自らの命を危険にさらすようなことさえした。

 そして――その一方で機を見つけては頭の命を狙った。寝込みを襲い、風呂場で襲いかかり、略奪の余韻に浸る間もなく襲いかかる。

 頭は少年の稚拙な――けれども回を重ねるごとに巧妙になるその襲撃を悉く躱し続けた。少年は躱され続けながらも、何度も何度も復讐を行った。


 山賊の頭が倒れれば、彼に率いられる自分たちが生きていくのが難しくなる。

 理屈の分からない少年ではなかった。けれど、それでもやはり母の仇は許しがたく、それは頭が死ぬその時まで続いた。


 そして――。


「……いつ見てもでかいち○こだ」


 寝込みを襲い、風呂場を襲い、立ちショ○ベンしている所を狙う。

 そういう場面ばかりに挑みかかるモノだから、すっかりと頭のいちもつのでかさを覚えてしまっていた。


 別にそういう趣味などない。

 ないけれども、規格外にでかいのだから、覚えてしまうのはしかたない。


 頭は偉大な男だった。

 そしてその息子も偉大だった。

 人としても男としてもけっして敵わぬという敗北感を抱えて、エドワルドは幼年期から少年期を山賊の村で暮らしたのだった――。


 奇妙な同居はしかし、突然の終焉を迎える。


「ラインバルト!! 山賊の頭ラインバルトよ!! 寵姫トアの事故について、国王ザビーがお前を招喚しておられる!! ただちに出頭せよ!!」


 それは少年の弟が生まれて半月ほど経った日のことだった。

 山の峰には雪が降り積もり、山賊達が暮らす村も冬ごもりの支度を調えた矢先のことである。彼らは雪を溶かさんばかりの軍勢とかがり火に囲まれることになった。


 宰相ザビーが、寵姫トア暗殺の経緯を知る山賊を処分しようと動き出したのだ。

 それは奪うことを生業とする山賊達の頭でも幾らでも予想できる未来であり、遠からず訪れる破滅のようにも思えた。


 ただ一つ、少年に誤算があったとすれば――。


「お前がキャスパルを匿っていることは既に我々も知っている。大人しく奴の身柄を引き渡せ。さもなければ、この村ごと焼き尽くすことになるぞ」


 救われたその日よりずっと親の仇と憎んできた者達が、自分を救うために全てをなげうって野に下った――誠の忠臣たちだった。

 それだけだった。

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