第1132話 仮面の騎士と山賊

【前回のあらすじ】


 仮面の騎士と少年勇者。一緒に風呂に入る。

 もうすっかりと裸のお付き合い。打ち解けてしまった二人。仮面の騎士も油断してその仮面を脱いじゃうくらい。


 ふと露わになった素顔に驚く少年騎士。

 BLの空気とかではなく、なんというか――気の良い兄ちゃんみたいに思っていた男が、素顔がまるっきり美形だったのでびっくりしてしまった感じ。

 なんにしても、ちぐはぐなそのルックスに、彼はドギマギと胸を高鳴らせた。


 そんな少年勇者をからかう仮面の騎士。

 しかし、物憂げに自分の仮面を覗くその瞳の奥には、追憶の色が浮かんでいた。


 それは彼がまだ暗黒大陸の将になる前の物語。

 暗黒大陸に覇を唱える王国の王子として過ごしていた頃の物語――。


「いや、ちょっと、ここでこいつの過去編って必要かしら!?」


 赤くて仮面の元敵キャラですよ!? 人気出るに決まってるんだから、そんな風に言っちゃダメでしょモーラサン!!

 時にヒロインよりも敵役って大事じゃないですか。

 作品の根幹に関わるライバル様に、ヒロイン如きが何を申していらっしゃる。


 謝れ!! エドワルドくんに謝れ!! セイソさんに謝れ!!


「むしろヒロインなのにこの扱いを謝って欲しいわよ……」


 という訳で、物語は仮面の騎士――エドワルドの過去へとしばし移ります。


◇ ◇ ◇ ◇


 老騎士の胸から斧を回収した青い山賊。

 革鎧を貫通して胸にめり込んだそれを手に取った瞬間、彼は眼下の老人と目が合った。まだ絶命していない。か細い息を吐き出して手を伸ばした彼に、山賊は冷たい瞳を向けた。


「……あとは任せろ。万事うまくやる」


 赤毛の山賊は屈むと老騎士の首元に斧の刃を当てる。

 柄に脚を乗せて体重をかけると、老騎士に乱暴なトドメを刺した。


 時を同じくして、坂道の上に人影が昇る。向かってくる馬車の一団に向かって弓を構えた彼らは、青い衣服の山賊が腕を上げると一斉にそれを斉射した。弧を描いて飛んだ弓矢は、雨あられと馬車の一団に降り注ぎ、彼らは瞬く間に射殺された。


 御者を失った馬車が暴れ狂って道から外れる。

 横転して肉塊に変わった馬。坂の斜面に乗り上げた馬車は、あわやもう少しで横転かという所でなんとか止まった。


 王家の縁者が乗るにはいささか簡素な造りのその馬車。

 しかしながらその側面には金彩で王家の紋章が刻まれている。


 そんな馬車にゆっくりと近づく青い山賊。

 中にまだ護衛の人間がいるのではないかと勘ぐったのだろう、彼は肩から提げたホルダーに斧を結わえると、ゆっくりと側面の扉へと近づいた。

 片手をかけ、そっと半身になってその扉を開けば――。


「うわぁああああっ!!」


 中から飛び出してきたのは金髪の少年だった。

 上等な絹の上着に緑色のズボンを穿いたその少年は、馴れぬ手つきで小さなレイピアを山賊に向かって繰り出した。それは遮二無二の一撃で、たとえ人の身体に当たろうとも疵一つ与えられないひ弱なものだった。


 青い衣服の山賊はそれを躱す。すぐに彼は少年の手を捻り挙げると、その手から彼には不相応な武器を取り上げた。


 少年が「うぅっ!」と唸って掴まれた肩を揺らす。


「離せ!! 私は暗黒大陸ムンゾ王国国王ダイクンが遺児キャスパルだぞ!! このような無体、どのような理由があっても許されると思うてか!!」


「……勇ましい若君だ。このような窮地に落ちいってそのように吼えるとは」


「黙れザビーに組みする奸賊!! 母上、ここは私に任せてお逃げください!!」


 口だけは勇ましいが、彼は既に山賊に組み敷かれている。任せるも何も、既に勝敗は決していた。けれども少年は諦めていない。今すぐにでも男の指でも腕でも食いちぎって脱出してみせるという、狂気染みた顔をしていた。


 そんな少年を哀れむように見下ろした青い山賊。彼は手下に声をかけると、少年の身柄を彼らに預けた。山賊団の一員にしては、随分と身なりのいい女が出て来たかと思うと、少年の身体を抱き留める。黒いドレスを纏ったその女山賊は、すぐに彼を自分の腕の中に抱え込むと、負ぶさるようにしてその視界を奪った。


 何をすると叫ぶ少年。

 その耳に聞こえてくるのは、自分たちを襲った山賊たちの声――。


「……姦婦トア。ダイクン亡き後の宮廷を悪戯に乱したその罪は許しがたい。正統なるムンゾ王国の後継と民の平和のためにもここで貴殿には死んで貰う」


「……私のことはかまいません。ですがどうか。どうかキャスパルだけは」


「心配せずとも若君は殺しはせぬさ。王族に伝わる鬼族の呪い――それをみすみす引き受けるつもりはないからな」


「……キャスパル」


「……あとはお任せくだされ」


 母上と叫ぼうとした少年の身体はしかし、女盗賊に万力のように締め付けられて動かせない。彼女の胸の中で身じろぐうちに肉を裂く音が彼の耳に届いた。

 どんなに強く抱きしめられても、決して覆い隠すことはできない血の臭い――。


「うっ、うわぁああああああっ!!」


 女盗賊の腕に噛みつく少年。加減もなく女盗賊の柔な腕を襲ったそれは、赤い歯形を彼女の腕に残しただけだったが、しかしその戒めを解くのには充分だった。

 あっと叫んで腕の力がゆるだかと思えば、少年はその中から逃げ出す。

 そして、女を振りほどいた先にそれを見た――。


「……母上!!」


 青い山賊の斧により脳天を打ち割られた寵姫は、馬車の車輪に絡まるように絶命していた。赤い血潮が生々しく吹き出て、眼球がこぼれ落ち、弛緩した身体から水分が漏れ出る。人の尊厳も保たぬその惨状に、少年の身体を絶望と怒りが駆け巡った。


 振り返った青い山賊が少年を睨み据える。

 赤毛の髪を血風に揺らした男は、血に濡れた斧を地面に投げ捨てると少年に向かった。まるで今度は彼の番だとでも言いたげに。


 少年は逃げない。

 母を殺した男を睨み据え、路傍に転がった石を握りしめると、雄叫びと共に山賊に躍りかかった。構えも何もない。人を殺めるにはあまりにも非力な殺意。

 けれども、今の少年に出せる全ての力を込めて、彼は悲しみの拳をふるった。


 それは青い山賊の股間を直撃した。

 人体の急所。男ならば誰でも殴られれば痛いそこを、したたかに石で殴りつけられたというのに、山賊は意に介さぬ様子であった。

 少年の握りしめた石を股間で受け止め、強引に奪った彼は――少年の頬を一度したたかに打ち据えた。非力な少年はそれで体勢を崩してその場に尻餅をつく。


「若君、選ばれよ。ここでキャスパルとして死ぬか、名を変えてただの山賊として生きるか」


「ここで死ぬ!! 私は、誇り高きムンゾの――!!」


 また男が少年の頬を叩いた。

 選べといいながら、その瞳は少年の選択を一顧だにしない。

 何か違うものを見据えていた。


「若君。もう一度問います。選ばれよ――」


 この日、暗黒大陸ムンゾ王国の幼君キャスパルは死んだ。

 そして、誰とも知らぬ山賊の子、エドワルドがこの世界に生を受けた。

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