第1108話 どエルフさんと地上への道

【前回のあらすじ】


 何者かの手により人類創世の時代まで時を戻された南の大陸。

 その何者かの正体を曝き、この地に生きる者達の閉じられた目を開くべく、女エルフ達はMM砲を使うことを決意した。


 全ての虚飾を拭い去り、また、人の心の奥底に隠された純粋な欲求を白日の下にさらすMM砲。それは使いようによっては自らの身を滅ぼすような危険な兵器だ。

 けれども今はそんなことを危ぶんでいる状況ではない。


 このまま敵にいいように操られていいのか。

 自分たちの意思も、破壊神の人類に対する愛も、全て姿の見えない敵に奪われたまま、盲目的に生きていくのか。


 それは違う。そんな生き方をこの大陸に生きている者達はしていない。

 そして中央大陸に生きる人類もまた、そんな脆弱な存在ではなかった。


 自分たちの手で世界と未来を切り開くためにも、今は小さなことに躊躇している場合ではない。女エルフたちはリスクを覚悟でMM砲を使うことをここに決意した。

 そう、たとえその砲で、自分の身を焼くことになったとしても。


 三百歳うらぶれドスケベ女エルフがそっとその身体の内に隠している、生ぬるい女としての姿を白日の下にさらすことになっても。


 ――それが耐えがたいほどウワキツでも!!


「隠しとらんわい!! 変なこと言うんじゃないわよ!! もうっ!!」


◇ ◇ ◇ ◇


「だぞだぞ。そうとなったら、後はこの地下水路からの脱出だぞ」


「そうだわすっかり忘れていた。ケティ、これ、大丈夫なの? 脱出できるの?」


「大丈夫なんだぞ。地図情報もちゃんと手に入れたんだぞ。今表示するから、メモするんだぞ」


 銀色の筒に変わって表示されたのは複雑な地下水路の地図。

 広大な範囲にまるで碁盤の目のように張り巡らされたそれに、うっと女エルフが渋い顔をする。ダンジョン攻略に地図は必須。書くのも読むのも経験があるが、ここまで精緻かつ広大なマップは久しぶりだった。


 これはまだちょっと脱出まで時間がかかりそうねと女エルフが白目を剥く。

 そんな前で、ぴょこぴょこと赤い丸が点滅する。どうやら女エルフ達の現在位置のようだ。幸いな事にそれはマップの左端の辺りに表示されている――。


「だぞ、目的地に到着っていうのはあながち嘘じゃなかったんだぞ。これここ、ダイナモ市の東の端に僕たちはいるんだぞ。ここからもう少し進めば、都市の外縁部にある下水道の出口に到着するんだぞ」


「……あ、なんとかなりそうなのね」


「よかったです。これからまたこの広大な迷路を歩かなくちゃいけないと思うと、少し気が重くて」


「だぞ。けど、素直に外に出るとまた敵に見つかるかもしれないんだぞ。そこで、下水道の出入り口からは出ずに、下水道と繋がっている建物を一旦経由して外に出るんだぞ。そこでとりあえずイーグル市に向かうバスがやってくるまで潜伏して、バスが来たら敵に気づかれないように一気に乗り込んでしまうんだぞ」


 なんだかスパイモノらしい展開になってきたなと女エルフが黙る。

 別に文句がある訳ではない。ワンコ教授が言っていることはまっとうだし、敵に見つかるわけにはいかないというのも納得できた。


 文句と言うよりも不安だ。


「そんなに上手くいくかしらね。みすみす、敵も私たちを見逃してくれるとは思わないけれど」


「だぞ。確かに、どこからともなくさっきの敵は現われたんだぞ」


「あれはそもそもティトさんに敵が化けていたからバレたのでは?」


「……けど、ティトさんたちとはまだ合流していませんでしたよね。ホテルの情報なんかも教えていませんでした。なのに、自力で私たちの居場所を見つけたと考えると、あまり侮ることはできないんじゃないですか?」


 女エルフ達を襲った男騎士達は、確かにどこからともなく現われた。

 先に合流した女エルフ達をホテルに誘い、後で男騎士達と合流する予定だった。そもそも登場からしてどうにもおかしかったのだ。


 今こうして刺客が迫っていないことを考えると、常時監視されているというようなことはないだろう。けれども、下手な行動をすればまた補足されて、刺客を送り込まれるとも分からない。ここは慎重な行動が求められた。


「となると、どこに侵入するかや、どうやってバスに乗るか、もう少し丁寧に考えた方が良さそうね」


「だぞ。バスの時刻表も手に入れているんだぞ。この東の地区を通行して、イーグル市に向かうのは、この時間とこの時間。そして、このルートで通る奴だけなんだぞ」


 ホログラムに表示されるバスの停車時刻と通行ルート。

 下水道の経路図の上に階層的に表示された地上の道路。それを縫って、赤や黄色の光が走る。けっこう複雑な走行経路に、女エルフが頭がこんがらがったように首を振る。その横で、なにやら女修道士シスターが意味ありげに自分の顎を触った。


 彼女が見ているのは、表示されている経路の中でもとりわけシンプルなもの。そして、一番早い停車時刻が記載されているもの。


「これ、一つだけやけに朝早く動いているんですね? どうしてでしょう?」


「……だぞ。工場に勤務しているELFを運んでいるバスなんだぞ。夜勤と昼勤のメンバーを入れ替えるために、他と運行時刻が違うみたいだぞ」


「よく見ると、停車している場所も少ないわね」


 停車位置の上に停車時刻が表示される都合上、どこにどれだけバスが停車するかは分かる。進行方向も、停車時刻の増減から理解できる。

 女修道士が指摘したバスのルートは、市外から入って来たと思えば、市内をろくに回らずすぐに市外にまた出て行く。寄る所といえば、繁華街とおぼしき区画や集合住宅とおぼしき場所くらいだ。


 工場に人を運ぶことが目的であり、それ以外の人を運ぶことは眼中にないという感じ。それが逆に女エルフ達、隠密行動をしたい人間には都合がよかった。


 これではないか。

 言葉もなしに女エルフ達は意思を共有する。


「工場に人を運ぶっていうことは、紛れ込むのも楽そうよね」


「乗り込むときも、乗り込んでからも、目立つことはなさそうです」


「だぞ、場所もここから遠くないんだぞ――」


 ワンコ教授の小さな指先がその停留所を指差す。そこに表示されているのは、なんという偶然だろうか。


「イカスミ怪人工場第一製造工場ですか」


 女エルフ達にとっていささか因縁深いイカスミ工場。

 まさしくその製造拠点であった。

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