第1069話 どエルフさんとサ道

【前回のあらすじ】


「いや、エルフ社会も意外と婚期とかうるさいのよ。あそこの住人ほど血縁とかそういうのにうるさい奴はいないんだから。ほんと、人間の方がまだマシ」


 笑いの刺客達が中途半端に婚期ネタを弄っていったのが運の尽き。

 すっかりと、行き遅れの血を騒がされてしまった女エルフ。


 意外に人間社会よりもそういうことに五月蠅いエルフ社会の愚痴をぶちまける彼女に、いつもだったら弄り返す女修道士シスターも手が出せない。

 あわれ、女エルフの舌禍にパーティーメンバーが翻弄される。


 やはり年季の入った三百歳エルフは格が違うということか。

 あっという間に行き遅れ女のエッセイ小説の体に持ち込んだ彼女は、いつもだったらそれを弄り倒す女修道士を見事に黙らせると、クドクドクドクドと独身の身の上の辛さを語り明かすのだった。


 そう、全て男騎士が悪い――。


「そうよ。アイツがこんな風にお人好しで世界を救おうとか言い出さなかったら、私はとっくに家庭に入ってアイツの稼ぎで左うちわよ。中央連邦共和国から騎士団長の要請がくるくらい有能なのよ。もうちょっとしたリプレイ小説だったら、お話おしまいってなってる所じゃないのよ、まったく……」


 しかしながら、この小説はそういう小説じゃないから、終わらないんだなぁ。


◇ ◇ ◇ ◇


「……も、モーラさん。そろそろ上がりませんか? 私、ちょっとさっきからクラクラしてきて」


「なによコーネリアだらしがないわね。せっかくこんな綺麗なお湯に浸かれるのよ。この先何年あるかどうか分からない幸運なんだから、もっと楽しみなさいな」


 ワンコ教授と新女王が出てから四半刻ほどが過ぎた。

 女エルフと女修道士シスターはまだ湯船の中。けっこうな水蒸気が立ちのぼるお湯の中に肩まで浸かっていた。


 女エルフは相変わらず白い顔。

 しかしながら、女修道士シスターは赤ら顔も真っ赤っか、なんというか心配になるくらいにゆだっていた。


 意地の一念というか、出るタイミングを見つけられなかったというか。

 なまじっか女エルフに付き合ったばっかりに、酷い目に会う女修道士シスター。いつも彼女を弄っている報いと言うには少し可哀想。


 とはいえ、汗ばんだその玉のような肌は、大事な部分がギリモザ(光魔法)により隠されているにしてもエロティック。

 なんとも温泉サービス回に持ってこいな状況だった。


 一方で、これだけ入っているのに、少しも身体が汗ばむ素振りもない。いつもと同じけろっとした表情をしている女エルフには、色気もクソもなかったが……。


「というか、モーラさんどうしてそんなけろっとして」


「別にこんなの普通じゃないのよ。もうっ、これだから冒険者と言っても温室育ちの純粋後衛職はダメねぇ。そんなんで炎天下の野外行動とか出来るの?」


「タフすぎますよ……。すみません、私もここで失礼しますね……」


 タオルを絞って頭に乗せると、のっそり湯船から出る女修道士シスター

 ギリモザ発動中とはいえ、無防備に色んな所を晒してふらふらと歩いて行く。よほど余裕がないのだろう。


 女エルフはだらしないとは言ったが、お湯の中にそんな長時間使っていられる方が異常なのである。貧乏性というかなんというか。もったいないの精神で、ここまで長風呂ができる女エルフの方がちょっとおかしかった。

 いや、だいぶおかしかった。


 やはりエルフ。人間とは身体のつくりからして違うということか――。


「はぁもう、皆さっさと上がりすぎでしょう。もうちょっと楽しみなさいよね」


 そう言って誰もいない湯船の中に頭の先まで浸かる女エルフ。

 水面から顔を出してぷはぁと息を吐くと、彼女は今度は仰向けになってお湯の上に浮かびだすのだった。


 ワンコ教授のことをとやかく言うことができないはしゃぎぶりである。

 仕方ない。自然と共に暮らすエルフである。川辺の水浴びのことを思えば、こういうムーブをしてしまうのもしかたなかった。


「ババンバ、バンバンバン♪」


 いや、完全におっさんの入浴の楽しみ方だった。

 温泉つかってそんなこと言うおっさんも最近いないよと、ツッコミを入れたくなるようなたいそうな満喫ぶりであった。


 流石だなどエルフさん、さすがだ。


「……うーん、それにしても。ほんとこの入浴技術だけはなんとか向こうに持ち帰りたいわよね。どうやってるのかしら。魔法、それとも、ELFと同じような仕組みでできているのかしら」


 お湯を手でくみ上げてじっと目をこらす女エルフ。この大陸での冒険をはじめてからというもの、毎夜入浴できることがよほど嬉しいらしい。

 どうなってるのかしらと、長風呂にもかかわらず元気に浴槽の中を歩き回る。


 排水孔、給水孔と確認し、泡の出る孔も確認すると、うんと彼女は唸る。

 こりゃ分からないやと諦めて伸びをしたその時、ふと大浴場の端に、自分たちがやってきた脱衣室とはまた違う、扉があることに気がついた。


「……なんだあれ?」


 木の扉というのがまた彼女の気を引く。

 森で生まれ、森で育ち、誘拐されて故郷を離れてからも、比較的に自然の多い場所で暮らしてきた女エルフである。そういうのはどうしても気になる。


 それでなくても、これだけの密林の中にあって、自然の息吹を感じない科学都市のただ中である。そんな中に、忽然と現われた木の温もりが感じられる場所に、自然とその目が惹かれてしまうのは必然と言ってよかった。


 女エルフが、ひょいと湯船から出る。

 さきほど脱衣室へと逃げ出した女修道士シスターとは打って変わって、その足取りは確かなものだ。踏みしめるくらいにしっかりとタイル張りの床を歩いた彼女は、樫の木で作られた扉の前まで移動する。


 中に鋼の糸が埋め込まれたガラスがはめ込まれたその扉。ガラスから部屋の中を覗き込めば、そこには壁に沿ってしつらえられた長椅子と、その真ん中でこうこうと燃えるストーブが見えた。


 これはいかにと女エルフが首を傾げる。


 もちろん、こちらの世界で言うところのこれはサウナ室なのだが、残念ながらこの世界にはサウナは存在しない。いや、しないことはないのだが、サウナという文化も概念も、女エルフ達の生活圏では一般的ではなかった。


 なので当然ながら誤解する。


「……なるほど。ここでお湯を温めているっていうことね」


 サウナ室をボイラー室と勘違いした女エルフ。

 ならば、ここにこの大浴場の運用システムの秘密があるかもしれない。


 こうしてはいられないと、彼女は部屋の中へと続く扉を引いた――。


「うわっ、暑っ!! なにこれ、すごく蒸し暑い……」


 なにも知らない女エルフの顔を湿り気を帯びた熱風が襲う。

 サウナ初心者の誰もが浴びる洗礼にうわっぷと女エルフが後ずさる。


 そして――。


「おう姉ちゃん!! 熱気が逃げるけぇ、さっさと扉しめんかい!!」


「……はい!?」


「君!! サウナはもっと静かに入るものだよ!!」


「まぁまぁ、そんな熱くならなくてもいいじゃないか。彼女はサウナ初心者のようだし……」


「……フッ。郷には入りては郷に従え。とはいえ、郷に居着いてもらうには、郷の者の配慮が必要ということだな」


「ハヤク閉メテクダササーイ!!」 


 厄介なサウナの住人たちによる、注意という名の洗礼も飛んだ。

 待ち構えていたのは、どこかで見たかわいそうな魔法少女の身内のみなさん。三十歳以上の男性、しかも微妙にメタボリックが並ぶと、なるほどサウナという感じがこれでもなく伝わって来た。


 どうやら女エルフは、大変な所に迷い込んでしまったようだ。


 男ばかりのサウナの中に紛れ込んできた女エルフをどうするか……。


 はたして、次週レーティングは大丈夫か!!

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