第1068話 どエルフさんと行き遅れ

【前回のあらすじ】


「どうして!! どうして私が結婚しないまま完結してしまいましたの!! 厨二病の弟子!! なぜ!! でていけあんたは九尾さんは結婚して終わったのに!!」


「いやだから、百合小説だからだろう。結婚したらダメじゃん」


「三十を越えた女に明るい未来を提示せずに幕を下ろすなんて、そんなの人がやることではありませんわ!!」


 わめく金髪の女魔法使い。

 あれだけ綺麗な大団円を迎えたはずなのに、ここに来て未練たらたら。結婚できなかったことを嘆き出す始末。


 刺客として出て来たのを忘れるほどの彼女の狼狽えぶりに、振り回される女エルフパーティ。ついには、笑わすどころか彼女の愚痴だけで一話が終わってしまうのだった。仕方ない、この作品は、年増行き遅れがテーマのニッチラブコメどエルフさん。


「そんなものになったおぼえはないわい」


 ヒロインもにっこり。後方腕組みおばたんになるんだからしかたないね。

 いや、おばあたんかな。


「すみません、そろそろマジで結婚したいんで、冒険リタイアしてもいいですかね? 私、別に世界の危機とかどうでもいいんですけれど……」


 はい、ちょっとどうでもいい話が過ぎましたね。

 とまぁそんな感じで、金髪の女魔法使いも愚痴をそこそこ言った所で、話はそろそろ本筋へと戻ります――。


◇ ◇ ◇ ◇


「まったく、なんだったのかしらあの魔法使いたちは」


「なんか満を持して出て来たと思ったら、自分から崩れてすぐに退場しちゃいましたね。拍子抜けと言えば、拍子抜けです」


「だぞ。まぁ、これでまた気兼ねなく湯船につかれるんだぞ」


「あぁもう、だからケティさん。泳いじゃダメですって、もうっ!!」


 なんやかんやとまくしたてておいて、あっさりと女エルフたちの前から姿を消した女魔法使いたち。ゲストキャラ、それほど長く場を繋げる要員ではないと思っていたが、ちょっと拍子抜けなくらいの退場だった。


 再び、女エルフ達だけになった湯船。

 平穏を取り戻した大浴場で、うんと彼女達は伸びをしてくつろぐ。

 まさかこんな場所でも刺客に襲われるとは思っていなかった。そんな驚きを再び湯に溶かして、女エルフ達は一日の終わりの時間をしばし楽しむのだった。


「……いやけど、追い返しはしたけれど、ちょっとかわいそうだったわね。あの人」


「やっぱり、行き遅れとして親近感を感じますか、モーラさん」


「誰が親近感か。行き遅れてもおらんわ。優良物件にひっついて、西へ東へフラフラしているだけじゃい。ほっとけや」


 男騎士が腰を据えていないので、自分もそういうことになっていないだけ。

 苦しくはあるが、一応筋は通っている説明ではあった。


 ただ、そんなムキになって反論したら、気にしていると言っているようなもの。やはりこんなニッチな小説のヒロインをずっと続けているだけあって、ニッチな悩みに彼女も苛まれているのだった。


 はたして、女エルフが結婚する未来は来るのだろうか――。


「まぁ、それはそれとして行き遅れは大変よね。エルフもいい歳して独身しているといろいろと五月蠅いのよ」


「……え? そういう話に繋がるんですか?」


 思いもよらない所に話が展開する。

 行き遅れを気にしている女エルフ。てっきり、人間の文化圏の知識でそんなことを言っているのかと思いきや、そうではなかった。


 どうやら、エルフ社会にも行き遅れという概念はあるらしい。


「まぁ、私はほら、小さい頃に誘拐されて、それからお養母かあさんの下で暮らしてたんだけれどもね。それでもやっぱり頻繁に来るわけよ。お養母さんの古い知り合いが……」


 語り出したのは彼女自身ではなくその養母。

 かつて世界を救いし英雄の一人。エルフの大魔法使いについてだった。


 つい最近まで、魔法のアイテムによってその肉体を縛られていた大魔女。歴史に名を残す人物とはいっても、危機が去ってしまえばただの人。

 いや、ただのエルフ。


 決まった伴侶もおらず、そこに加えて女エルフを養っているとなれば、それは親族も気が気でないだろう。それとなくそういうことを薦めるのは仕方なかった。


「いやもうほんとしつこくてね。未婚のまま四百歳を迎えるつもりか。人間でもいいから婿を取れ。お前ほどのエルフが、その血を残さないのは罪だって。そんなのどうでもいいわよね。軽く頭にきたわよ」


「そんなこと言われるんですね、エルフって」


「言うわよ。ほら、人間と違って、エルフは寿命が長いでしょ。子孫もそんなに残さないから、めちゃくちゃ血縁関係が濃いのよ。なんていうか、十代前の先祖までそらんじて普通みたいな所があってね」


「……それはなんだか大変そうですね」


「しかもそれがまた身分証明にもなったりするのよね。だから切っても切れない関係でさ。完全に人間社会に埋没したエルフなんかはそうでもないんだけれど、私たちみたいにその日ぐらしの金を稼ぎに、冒険者ギルドに顔出しているようなのからしたら、人間社会に染まりきることも出来ないし、エルフ社会との関わりも断つことができないしで、割と地獄なのよ」


 止まらない女エルフの愚痴。

 彼女の母親の話かと思いきや、そのまま女エルフの話に挿げ替えられる。

 どうやら、エルフ社会の構造というのは、それくらいにややっこしいものらしい。


 同時に、顔がいっきにしかめ面になる。

 さきほどまでの、ぽかぽか幸せまったりオーラはどこへやら、土気色の顔をした女エルフは、割と本気で婚期が逃げそうな重いため息を吐き出すのだった。


 やさぐれエルフである。


「それでもって数が少ないから結婚相手にも困ってさ。すぐに親戚とかにぶちあたっちゃうのよね。まぁ、そういうのをなくすために、ちゃんと先祖のことを覚えていたりするんだけれど。気になった人が、百歳違いの従兄弟とかよくある話なのよ」


「それはなんというか、すごくスケールが大きすぎて想像できないですね」


「なのに親エルフとかは早く結婚しろってうるさいし。ほっとけってーの。今はそんな、エルフだって未婚でも許される時代なんだから。結婚していなくても子供がいるのもそんなに珍しくないし。本当にもう、古い感覚でモノを言って貰ったら困るわよ。これだから保守的な種族って嫌になるわよね」


 普段あれだけ、エルフの恥がイメージがと言っている割には溜まっている。

 同族嫌悪だろうか。同じ種族だからこそ、分かる嫌な所というのがあるのだろう。なんにしても、女エルフの口ぶりには、なんとも無視できぬ鋭さがあるのだった。


 苦笑いをこぼす女修道士シスター

 今すぐにでも知らぬ顔をして逃げ出したい所だが、ここは大浴場とは言うけれども狭い密室。逃げられるものではなかった。


「……だぞ。ちょっとくらくらしてきたんだぞ」


「ケティさん、湯あたりしちゃったんじゃないですか。もう、そんな湯船で泳いだりするから。すみません、お義姉ねえさま、コーネリアさん。ケティさんと一緒に先に上がらせてもらいますね」


 そして、湯船を出る機会さえも奪われる。

 これはもうどうしようもないなと、女修道士が落胆する。そんな彼女の素振りも気づかず、いよいよ女エルフは気炎を上げ出す。


「だいたいね、人間でもいいから結婚しろって言うけれどね、その人間側が結婚に及び腰なのよ。君とは生きている時間が違うから……って、そんなもんこっちはとっくの昔に覚悟完了の上じゃい!! お前はさっさと種残して死んでまうんやから、悩むなや!! ワシらがええ言うとるんじゃ、さっさと籍入れて子供こさえさせろ!!」


「……うぅ、これ、知ってます。どエルフなのに笑えないパターン。ちょっと生々し過ぎて、軽々しくジョークにできないパターン」


 思いがけない長風呂。

 肩に湯気以外の水気を帯びながら、女修道士シスターはとほほと肩を落とすのだった……。

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